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2033年 6月 秘めたる思い(上)
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嘉祥寺たちが小林組の家に入った時から俺、弁田聡はFBIの隊員と共に研究室で皆の動向を探っていた。嘉祥寺たちは既に小林の家に入っている。鮫島さんはいつでも突入できるように近くの建物で小林組の様子を伺っている。しかも念をいれば数カ所の地点に分かれて様子を伺っている。
何か想定外の事態が起こらないかと心の底で心配をしていた。だが、その心配は予定通りというか想定通りだった。そう堀田が案の定、暴走したのだ。
大きな騒ぎになったが白橋の的確な処置のおかげで堀田だけ追い出されるという形で済んだ。やはり実行部隊に加えるべきではなかったかと後悔したが、起こってしまったことは仕方ないと割り切る。
しばらくして、嘉祥寺たちが白橋の部屋に辿り着いた。ここから作戦が始まる。そう決意していたが、この気持ちも裏切られる。佐夜の部屋が汚いなどお説教した後、部屋の掃除が始まってしまったのだ。
「まあ、作戦の始めるタイミングは小林の部屋に到着してからっていう話だしな…。
全く仕方ないが、待つとするか。
それに、俺も用事があるしな」
俺は席を立ち、FBIの人たちに挨拶を済ませると、アダムにとある人物に用があると伝えてくれと伝言を残す。
俺は先に下に降り、その人物を待つ。気軽に会話できるようにコーヒーを用意するべきかと悩んだが、俺の作るコーヒーは嘉祥寺しか飲めないだろうと判断し、今回は紅茶にすることにする。
ポットに水を入れ、沸かそうとした時、その人物が現れた。
「作戦中なのに突然呼び出して申し訳ありません。聖先輩」
「いやいや、まだ作戦は本格的に始まっていないからね。
なら全然大丈夫だね」
相変わらず元気な表情で彼女、聖先輩は笑顔で答える。普段なら明るくて素敵だと感じてしまうが、今はそうは言ってられない状態である。
時間を無駄にしないため、本題に入った。
「なんで呼び出されたのか理解はできていますか?」
「え!?わたし何かしたかね!?
まさか…こっそり仕事をさぼってちょっと秋葉で遊んでいたことがばれたのかな?
いや…中田君もアダムちゃんも言わないはずだし…」
「…それは初耳だ。後で説教しておこうか」
ボロが出る辺り、彼女はやはり善性だろうと考えてしまう。しかし、だからこそ俺のこの考えは、事前に判明したこの情報は嘘ではないかと。
疑心暗鬼に陥りながらこの言葉を言うべきか、伝えるべきか悩む。
「弁田くん。悩む必要は何もないんだよ」
しかし、意外にも話題を切り出したのは聖先輩だった。その目を見てああ、と悟った。いや、悟ってしまった。
全てを把握しているような瞳。そして何を伝えたいのか、何を言われるのか覚悟している瞳。彼女も全て理解している。
認めたくないと思ってしまう。しかし、彼女の覚悟を無駄にするわけにはいかない。俺も覚悟を決め、ただ一言伝える。
「聖先輩は…いや、七瀬聖。
お前は裏切り者。FRの内通者だな」
「…そうだよ。わたしはFRの内通者。そして君たちの敵だ」
軽い衝撃、そして絶望。今まで信頼していた仲間に内通者がいると思いたくなかった。しかし、事実存在した。しかもよりによって尊敬している先輩がだ。
「理由は聞かないかね?」
「聞くと思ったのか。いや、聞きたい気持ちはある。だが、今は作戦が優先だ。
お前の処遇は後で決める」
「そうか…。一つ聞きたいんだけど、いつから気が付いたのかね?」
「アスクレピオスから聞いた。それだけで満足か?」
「ああ、未来からきたロボットからかね。それは迂闊だったね。未来の出来事を知っているとなると流石に言い逃れもできなさそうだね」
「いつからだ…っていうのも馬鹿らしいか。
PSに所属している頃から内通者だったのか?」
「そうだね。わたしの派閥に必要そうな人材を育てて、最終的には派閥に引き入れる。それが当初のわたしの役目だったんだけど、まあ、半分解散したからまいったよね。
実際、職場もなくなって困っていたのは事実だからね」
正体がばれたにも関わらず普段通りに接する聖に俺は違和感を感じる。いや、彼女自身、正体がばれることは想定内だったのかと考えてしまう。しかしその考えを裏切るかのように彼女は口を開く。
「ああ、そういえば言ってなかったけど、わたしは確かに内通者だけど、仕事はちゃんとやる主義だからね。弁田君が頼まれたものはちゃんとやっていたし、アダムちゃんの教育もそういうの抜きにちゃんと指導してたから安心してね。
あと、お前はちょっと傷つくよ?」
「…理解できない。敵同士の筈だろう?なら、妨害でも何でもしてくるはずだろう。
後、お前呼ばわりは俺なりのけじめだ」
「けじめね。まあいいや。その呼び方でいいならそれでもいいね。
正直、わたしだってやりたくてやっていたわけじゃないからね」
さて、と聖は一礼する。瞬間、俺はあの日の出来事を思い出す。そう、今の聖は木野田部長と同じような感じた。
「では、改めて自己紹介するね。
わたしは七瀬聖。FR改革派の一員であり、内通者である。そしてわたしの正体がばれた時、とある指令が伝わっている」
嫌な予感がする。そしてその予感は正しかった。聖は胸元に隠し持っていた拳銃を取り出して、聖は自身のこめかみにあてる。
「情・報・を・渡・し・て・自・害・せ・よ・。それが改革派の共通の任務。
さようなら弁田くん。情報はわたしの部屋に置いてあるからね」
その言葉を最後に部屋から銃声が響き渡った。
「マスター大丈夫かな…」
あれは何かを問い詰めるときの表情だった。そうアダムは解釈している。正直、心当たりはある。本来の職務を放棄してさぼり、秋葉に行っていたことや、地下の個室に趣味として集めていたゲームをちょくちょく遊んでいたこと。数え切れないほど思いつくことがある。
「あ、もしかして後であたしも怒られるパターン?」
そう思い、あたしは一緒にさぼっていたであろう中田に話しかける。中田はあたしの顔色がおかしかったことに気が付いたのかすぐに何があったのか問い詰める。
「どうした?アダムがそんな表情なのは見たことがないぞ」
「中田さん…多分あたしたちがさぼったのばれたかもしれない…」
「はあ!?そんな馬鹿な。俺様はちゃんとそういう痕跡は消したはずだが…」
「ううん。さっき聖さんを呼んで来いって言われて…」
「まじか…。俺様が弁田に叱られる日が来るとは思わなかった。
だが、俺はちゃんと仕事はしていた。そしてそれはアダムも同様にだ。ならば怒られる理由はないだろう」
「そう…だね。うん!そう考えると別に怒られることはない…あれ?ちょっとおかしいかな?」
疑問に感じたが、とりあえず今は聖さんに言伝を伝えようと話しかけようとする。しかし、聖さんの様子が少しおかしかった。
作戦中だからというのもあるが、普段と比べてかなり真剣な表情だ。しかし、少し真剣過ぎるというか何かが違う。そう思えた。
しかし、マスターの命令は絶対だ。あたしはマスターの伝言を伝える。
「…そうかね。わかった。すぐに向かうからちょっと待っててね」
そういって聖さんは上着を着る。胸元が若干膨れ上がっているように見えたが、きっとスマホを入れているのだろう。こんな状況だ。何かあった時にすぐに連絡を受けられるように準備したほういいという判断だろう。
聖さんはそのまま階段を降りる。その姿を見送った後、あたしは持ち場に戻る。周囲を見渡すとかなり厳重な状態であると考えてしまう。
FBIの司令官一人とオペレーターが三人。機材は全てこの研究室に持ち込まれている。これらの機材はマスターと鮫島さんが作戦の打ち合わせしている間にこの機材を運んでいた。余談だが、運ぶのは少々骨が折れたが、色んな機材を見れて満足していた。
他のメンバーはあたしを含めて中田さんと地下にいるマスターと聖さん、そしてあたしたちを守るための戦闘員が研究室の前に二人、このフロアに二人しかいない。この階に至っては知り合いが中田さんしかない。
正直、気まずくて話すことがないこの状況であたしは自然と中田さんの後ろにそそくさと移動していた。
「どうした?」
「いやー。この雰囲気になれなくって…。ほら、あたしが知ってる人いないから…」
「まあな。オペレーターも含めて皆が冗談が通じない人間だからな。そういう仕事って割り切れ」
「そうか…」
「まあ、作戦さえ終わればすぐにこの空気が変わるさ。
何なら、終わった時には全員で飯でも食いに行くのもありだと思うが」
「…中田さん。
そのフラグっぽい言葉はやめませんか?いやな予感がしてきて…」
なんか起こりそうです。そう言いかけた直後、銃声が響き渡った。FBIの司令官も何があったのかと思い、フロアの戦闘員を引き連れて下の階に降りようとする。このままでは何かいけないような気がする。そう思いあたしは声を上げた。
「あたしも一緒に行ってもいいでしょうか!?」
「君は協力者か。…ふむ。願ってもない。下の階に詳しいなら一人ぐらいは連れていく必要があったからな。よし、ならば彼らと一緒に行ってほしい」
司令官は冷静に判断を下し、あたしは戦闘員と一緒に下の階に移動する。地下三階に到着すると戦闘員が手際よく廊下を進んでいく。万が一敵と遭遇した場合、すぐに迎撃できるような体制で廊下を進んでいくと、再び銃声が響き渡る。
「こっちだ!」
戦闘員が場所を特定すると速やかにあたしたちは銃声が鳴った場所へ進んでいく。すると廊下の奥から何かうめき声が聞こえる。ただ事ではないと判断して戦闘員は突入して銃口を部屋にいる相手に向ける。
あたしもその部屋を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ちょうどいいところに来た!頼む!こいつを取り押さえてくれ!ガチで冷静じゃない!」
「そこをどいてくれないかね!弁田くんを殺してわたしも死んでやるね!」
「さっきからこんな調子だ!頼む!取り押さえてくれ!」
こめかみ付近から流血しているマスターは必死に駆けつけた戦闘員に助けを求めている。マスターの表情を見れば命の危機であることはすぐに理解できる。
その証拠に聖さんの右手には拳銃が握ってある。部屋の壁を確認すると小さな穴が二つほど痕跡が残っている。聖さんが撃ったのは間違いないだろう。しかし…。
「マスター。
こんな状況なのにその…イチャイチャしてる場合じゃないと思うんだけど…。
というか、ね。マスターが悪者のように見えるのは気のせいかな…」
そういってあたしは今のマスターと聖さんの態勢を観察する。聖さんは床に押し倒され、マスターによって手首を抑えられている。そこまではまだわかる。右手に拳銃が握っているから下手したら撃たれる可能性があるからだ。
だが、問題はマスターだ。マスターのその態勢は聖さんの上に多い被り、密着している。よく観察してみれば左手は確かに拳銃を抑えているが、右手は聖さんの胸辺りにあるのは気のせいだろうか。流石に今の態勢にマスターも何か思い当たる節があったのか、すぐに焦り始める。
「ちょっと待て誤解だ。このままだと聖さんが自殺しそうになったから止めただけだ」
「その割には心中する覚悟のように見えますが?」
「とりあえず、聖さんの拳銃を取り上げてくれ。話を進めるにもそこからだ」
しばらくして聖さんも観念したのか、素直に拳銃を没収される。また暴れることがないように聖さんは手錠を掛けられる。ようやく落ち着いたことを確認したマスターはホッと胸をなでおろし、頭を触る。そこで今更流血していることに気が付いたのか、大きく溜息を出す。
「聖さんを止めるためとはいえ、全く仕方ないことになった」
するとその発言に気に食わなかったのか、聖さんはむっとマスターに振り返り、手錠をはめたまま、大声で叫ぶ。
「この人痴漢です。わたしの唇を奪いました!」
直後、マスターが焦り、言い訳しようとしたがそれもかなわず、聖さんと同じ素敵なブレスレットをはめることになってしまった。その際、マスターはあたしに助けを求めたが、流石にかばうことができず、聖さんと一緒に仲良く二階へと連れていかれてしまった。
何か想定外の事態が起こらないかと心の底で心配をしていた。だが、その心配は予定通りというか想定通りだった。そう堀田が案の定、暴走したのだ。
大きな騒ぎになったが白橋の的確な処置のおかげで堀田だけ追い出されるという形で済んだ。やはり実行部隊に加えるべきではなかったかと後悔したが、起こってしまったことは仕方ないと割り切る。
しばらくして、嘉祥寺たちが白橋の部屋に辿り着いた。ここから作戦が始まる。そう決意していたが、この気持ちも裏切られる。佐夜の部屋が汚いなどお説教した後、部屋の掃除が始まってしまったのだ。
「まあ、作戦の始めるタイミングは小林の部屋に到着してからっていう話だしな…。
全く仕方ないが、待つとするか。
それに、俺も用事があるしな」
俺は席を立ち、FBIの人たちに挨拶を済ませると、アダムにとある人物に用があると伝えてくれと伝言を残す。
俺は先に下に降り、その人物を待つ。気軽に会話できるようにコーヒーを用意するべきかと悩んだが、俺の作るコーヒーは嘉祥寺しか飲めないだろうと判断し、今回は紅茶にすることにする。
ポットに水を入れ、沸かそうとした時、その人物が現れた。
「作戦中なのに突然呼び出して申し訳ありません。聖先輩」
「いやいや、まだ作戦は本格的に始まっていないからね。
なら全然大丈夫だね」
相変わらず元気な表情で彼女、聖先輩は笑顔で答える。普段なら明るくて素敵だと感じてしまうが、今はそうは言ってられない状態である。
時間を無駄にしないため、本題に入った。
「なんで呼び出されたのか理解はできていますか?」
「え!?わたし何かしたかね!?
まさか…こっそり仕事をさぼってちょっと秋葉で遊んでいたことがばれたのかな?
いや…中田君もアダムちゃんも言わないはずだし…」
「…それは初耳だ。後で説教しておこうか」
ボロが出る辺り、彼女はやはり善性だろうと考えてしまう。しかし、だからこそ俺のこの考えは、事前に判明したこの情報は嘘ではないかと。
疑心暗鬼に陥りながらこの言葉を言うべきか、伝えるべきか悩む。
「弁田くん。悩む必要は何もないんだよ」
しかし、意外にも話題を切り出したのは聖先輩だった。その目を見てああ、と悟った。いや、悟ってしまった。
全てを把握しているような瞳。そして何を伝えたいのか、何を言われるのか覚悟している瞳。彼女も全て理解している。
認めたくないと思ってしまう。しかし、彼女の覚悟を無駄にするわけにはいかない。俺も覚悟を決め、ただ一言伝える。
「聖先輩は…いや、七瀬聖。
お前は裏切り者。FRの内通者だな」
「…そうだよ。わたしはFRの内通者。そして君たちの敵だ」
軽い衝撃、そして絶望。今まで信頼していた仲間に内通者がいると思いたくなかった。しかし、事実存在した。しかもよりによって尊敬している先輩がだ。
「理由は聞かないかね?」
「聞くと思ったのか。いや、聞きたい気持ちはある。だが、今は作戦が優先だ。
お前の処遇は後で決める」
「そうか…。一つ聞きたいんだけど、いつから気が付いたのかね?」
「アスクレピオスから聞いた。それだけで満足か?」
「ああ、未来からきたロボットからかね。それは迂闊だったね。未来の出来事を知っているとなると流石に言い逃れもできなさそうだね」
「いつからだ…っていうのも馬鹿らしいか。
PSに所属している頃から内通者だったのか?」
「そうだね。わたしの派閥に必要そうな人材を育てて、最終的には派閥に引き入れる。それが当初のわたしの役目だったんだけど、まあ、半分解散したからまいったよね。
実際、職場もなくなって困っていたのは事実だからね」
正体がばれたにも関わらず普段通りに接する聖に俺は違和感を感じる。いや、彼女自身、正体がばれることは想定内だったのかと考えてしまう。しかしその考えを裏切るかのように彼女は口を開く。
「ああ、そういえば言ってなかったけど、わたしは確かに内通者だけど、仕事はちゃんとやる主義だからね。弁田君が頼まれたものはちゃんとやっていたし、アダムちゃんの教育もそういうの抜きにちゃんと指導してたから安心してね。
あと、お前はちょっと傷つくよ?」
「…理解できない。敵同士の筈だろう?なら、妨害でも何でもしてくるはずだろう。
後、お前呼ばわりは俺なりのけじめだ」
「けじめね。まあいいや。その呼び方でいいならそれでもいいね。
正直、わたしだってやりたくてやっていたわけじゃないからね」
さて、と聖は一礼する。瞬間、俺はあの日の出来事を思い出す。そう、今の聖は木野田部長と同じような感じた。
「では、改めて自己紹介するね。
わたしは七瀬聖。FR改革派の一員であり、内通者である。そしてわたしの正体がばれた時、とある指令が伝わっている」
嫌な予感がする。そしてその予感は正しかった。聖は胸元に隠し持っていた拳銃を取り出して、聖は自身のこめかみにあてる。
「情・報・を・渡・し・て・自・害・せ・よ・。それが改革派の共通の任務。
さようなら弁田くん。情報はわたしの部屋に置いてあるからね」
その言葉を最後に部屋から銃声が響き渡った。
「マスター大丈夫かな…」
あれは何かを問い詰めるときの表情だった。そうアダムは解釈している。正直、心当たりはある。本来の職務を放棄してさぼり、秋葉に行っていたことや、地下の個室に趣味として集めていたゲームをちょくちょく遊んでいたこと。数え切れないほど思いつくことがある。
「あ、もしかして後であたしも怒られるパターン?」
そう思い、あたしは一緒にさぼっていたであろう中田に話しかける。中田はあたしの顔色がおかしかったことに気が付いたのかすぐに何があったのか問い詰める。
「どうした?アダムがそんな表情なのは見たことがないぞ」
「中田さん…多分あたしたちがさぼったのばれたかもしれない…」
「はあ!?そんな馬鹿な。俺様はちゃんとそういう痕跡は消したはずだが…」
「ううん。さっき聖さんを呼んで来いって言われて…」
「まじか…。俺様が弁田に叱られる日が来るとは思わなかった。
だが、俺はちゃんと仕事はしていた。そしてそれはアダムも同様にだ。ならば怒られる理由はないだろう」
「そう…だね。うん!そう考えると別に怒られることはない…あれ?ちょっとおかしいかな?」
疑問に感じたが、とりあえず今は聖さんに言伝を伝えようと話しかけようとする。しかし、聖さんの様子が少しおかしかった。
作戦中だからというのもあるが、普段と比べてかなり真剣な表情だ。しかし、少し真剣過ぎるというか何かが違う。そう思えた。
しかし、マスターの命令は絶対だ。あたしはマスターの伝言を伝える。
「…そうかね。わかった。すぐに向かうからちょっと待っててね」
そういって聖さんは上着を着る。胸元が若干膨れ上がっているように見えたが、きっとスマホを入れているのだろう。こんな状況だ。何かあった時にすぐに連絡を受けられるように準備したほういいという判断だろう。
聖さんはそのまま階段を降りる。その姿を見送った後、あたしは持ち場に戻る。周囲を見渡すとかなり厳重な状態であると考えてしまう。
FBIの司令官一人とオペレーターが三人。機材は全てこの研究室に持ち込まれている。これらの機材はマスターと鮫島さんが作戦の打ち合わせしている間にこの機材を運んでいた。余談だが、運ぶのは少々骨が折れたが、色んな機材を見れて満足していた。
他のメンバーはあたしを含めて中田さんと地下にいるマスターと聖さん、そしてあたしたちを守るための戦闘員が研究室の前に二人、このフロアに二人しかいない。この階に至っては知り合いが中田さんしかない。
正直、気まずくて話すことがないこの状況であたしは自然と中田さんの後ろにそそくさと移動していた。
「どうした?」
「いやー。この雰囲気になれなくって…。ほら、あたしが知ってる人いないから…」
「まあな。オペレーターも含めて皆が冗談が通じない人間だからな。そういう仕事って割り切れ」
「そうか…」
「まあ、作戦さえ終わればすぐにこの空気が変わるさ。
何なら、終わった時には全員で飯でも食いに行くのもありだと思うが」
「…中田さん。
そのフラグっぽい言葉はやめませんか?いやな予感がしてきて…」
なんか起こりそうです。そう言いかけた直後、銃声が響き渡った。FBIの司令官も何があったのかと思い、フロアの戦闘員を引き連れて下の階に降りようとする。このままでは何かいけないような気がする。そう思いあたしは声を上げた。
「あたしも一緒に行ってもいいでしょうか!?」
「君は協力者か。…ふむ。願ってもない。下の階に詳しいなら一人ぐらいは連れていく必要があったからな。よし、ならば彼らと一緒に行ってほしい」
司令官は冷静に判断を下し、あたしは戦闘員と一緒に下の階に移動する。地下三階に到着すると戦闘員が手際よく廊下を進んでいく。万が一敵と遭遇した場合、すぐに迎撃できるような体制で廊下を進んでいくと、再び銃声が響き渡る。
「こっちだ!」
戦闘員が場所を特定すると速やかにあたしたちは銃声が鳴った場所へ進んでいく。すると廊下の奥から何かうめき声が聞こえる。ただ事ではないと判断して戦闘員は突入して銃口を部屋にいる相手に向ける。
あたしもその部屋を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ちょうどいいところに来た!頼む!こいつを取り押さえてくれ!ガチで冷静じゃない!」
「そこをどいてくれないかね!弁田くんを殺してわたしも死んでやるね!」
「さっきからこんな調子だ!頼む!取り押さえてくれ!」
こめかみ付近から流血しているマスターは必死に駆けつけた戦闘員に助けを求めている。マスターの表情を見れば命の危機であることはすぐに理解できる。
その証拠に聖さんの右手には拳銃が握ってある。部屋の壁を確認すると小さな穴が二つほど痕跡が残っている。聖さんが撃ったのは間違いないだろう。しかし…。
「マスター。
こんな状況なのにその…イチャイチャしてる場合じゃないと思うんだけど…。
というか、ね。マスターが悪者のように見えるのは気のせいかな…」
そういってあたしは今のマスターと聖さんの態勢を観察する。聖さんは床に押し倒され、マスターによって手首を抑えられている。そこまではまだわかる。右手に拳銃が握っているから下手したら撃たれる可能性があるからだ。
だが、問題はマスターだ。マスターのその態勢は聖さんの上に多い被り、密着している。よく観察してみれば左手は確かに拳銃を抑えているが、右手は聖さんの胸辺りにあるのは気のせいだろうか。流石に今の態勢にマスターも何か思い当たる節があったのか、すぐに焦り始める。
「ちょっと待て誤解だ。このままだと聖さんが自殺しそうになったから止めただけだ」
「その割には心中する覚悟のように見えますが?」
「とりあえず、聖さんの拳銃を取り上げてくれ。話を進めるにもそこからだ」
しばらくして聖さんも観念したのか、素直に拳銃を没収される。また暴れることがないように聖さんは手錠を掛けられる。ようやく落ち着いたことを確認したマスターはホッと胸をなでおろし、頭を触る。そこで今更流血していることに気が付いたのか、大きく溜息を出す。
「聖さんを止めるためとはいえ、全く仕方ないことになった」
するとその発言に気に食わなかったのか、聖さんはむっとマスターに振り返り、手錠をはめたまま、大声で叫ぶ。
「この人痴漢です。わたしの唇を奪いました!」
直後、マスターが焦り、言い訳しようとしたがそれもかなわず、聖さんと同じ素敵なブレスレットをはめることになってしまった。その際、マスターはあたしに助けを求めたが、流石にかばうことができず、聖さんと一緒に仲良く二階へと連れていかれてしまった。
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