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2033年 6月 作戦決行(中)
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「さてと、これで部屋が綺麗になったわね」
佐夜の掃除を始めて一時間。部屋の隅まで綺麗にした私は気分がスッキリしていた。
散らかっていたゴミを片付け、脱ぎ捨てられた服は丁寧にたたみ、大太刀以外の埃被った置物は塵一つなく取り除いた。
この部屋に来るまでに様々なストレスがあったためか、普段よりも調子が良かった。そのおかげもあってか今まで一番掃除したという快感を感じていた。
「あのー。一応質問したいんですけど…。
みんななんでここにいるの?」
「『なんで』ね。心当たりはあるはずだけど?」
「ごめんなさい。色々心当たりありすぎてわからないです」
アハハと佐夜は誤魔化す。いや、彼女の表情を見る限り、本当に色々何かやっていたのだろう。私のストレスゲージが再び蓄積するのかと頭を抱える。その心当たりについて言おうとした時、嘉祥寺が前に出る。
「小林よ。
我は正直に言って激怒している。
そしてそれは皆も同意見だ。
何故、沈黙のまま風のように去った。
まず我から問うべきことはそれだ」
普段なら意味不明だが、今だけは分かる。何故私たちに相談もなく何も言わずに立ち去ったのか。そのことについて怒っていると。
すると佐夜は小声で呟いた。
「だって、強制とはいえ、わたしは…いわゆるヤクザになるんだよ。
それに…FRにだって関わっている。そんな危険な人物が会社に入れると思う?
流石に今まで通り接することなんてできないよ…」
「フン、それがどうした?」
「それがって。それがじゃないでしょ!?
FRに関わっているっていうことは裏切り者に近いってことだよ!?そんなのわたしが耐えられない。みんなを…HOMEのメンバーを敵に回すことなんてできない…」
「それは小林の考えだろう?
皆に聞いたのか?『わたしはFRに関わっています』と。
少なくとも我はそれを今初めて聞いたがな?」
嘉祥寺は佐夜の言葉を聞いてなお反論する。佐夜の意見も確かに納得できる部分はある。だが、肝心なことを聞いていない。
「佐夜。私はストレートに聞くことしかできないからたった一つの単純なことを聞くわ。
あなたは会社にみんなのところにいたいの?」
「そんなのいたいに決まってる。でも…ヤクザとつるむ会社って世間的にも…それにFRの敵だし…」
「細かいこと抜きに考えて。そのうえで答えて。
あなたは、小林佐夜は会社にいたいの?」
すると小林が沈黙する。一気に言われ考えが纏まっていないのだろう。すると今まで話を聞いてたアカネが溜息を吐き、頭を掻く。
「なあ、小林はなんだ?何をしたいんだ?
他人に迷惑かけたくないのかかけたいのかどっちなんだよ?」
「そんなの…迷惑かけたくないに決まってる」
「じゃあ、なんだこのざまは。もう迷惑かけてんじゃねぇか。
というかな、嘉祥寺や白橋が思って聞いてないのかわからないけど、はっきり言うわ。
無断で出ていくっていう考えがあたいには理解できない。
てか、何で無断なんだ?わけを言えよ。わけを」
アカネの言葉が強いのか佐夜は徐々に泣きそうな表情になる。これ以上はまずいと感じた私はアカネの口をふさごうとする。しかし、その前に佐夜が口を開く
「ヤクザになるっていえば納得すると思う?」
「知らねえよ。納得するかどうかなんて。
だけどさ。あんなまともじゃないメンツがヤクザになるっていう程度で距離を置くと思うのか?」
「FRに組している組織は距離をとった方がいいんじゃないの?」
「じゃあ、さっさと当主になってFRとの関係を切れよ。それくらい当主なら容易いだろ」
「でも…わたしは…」
佐夜が言葉を濁らすとアカネは舌打ちをして部屋から去ろうとする。部屋から出ようとした直後、アカネは最後に言った。
「当主になろうっていう奴が、たった一言言うのを躊躇うかよ。
腰抜けが」
その一言を言い残し、アカネは部屋を去る。後でアカネを叱る必要があると思ったが、何故か悲しそうに感じたのは気のせいだろうか。
嘉祥寺も何か悟ったのかこれ以上佐夜に問いかけず最後に呟いた。
「小林よ。
貴様の部屋は残しておく。
帰還すべき時が来たらいつでも帰還するがよい。
その時まで、我は悠然と待つとしよう」
嘉祥寺はそれ以上何も言わず、袋だけ部屋の隅に置き小林の部屋を後にする。私も今の小林に何を言っても無駄だと悟り、部屋を後にする。
きっかけは与えた。佐夜の考えも理解した。後は佐夜自身の考えで動かなければ変えられない。これ以上何もできないことに無力感を感じつつも私は部屋を去っていく。
「すまないな。代わりに佐夜を叱ってくれて」
「叱ったのは私じゃないわ。お礼はアカネに言って。
って言っても本人は当然のことを言っただけっていうかもしれないけど。
というか、あなたもちゃんと叱りなさいよ」
「叱ったさ。だけど、俺の言葉には重みがない。何もわからないのに勝手に言わないでって言われてそれ以降部屋に入ることができなくなっちまった」
「そうなの。大変ねあなたも」
「白橋さんの苦労に比べたらなんともないさ。
それで、もう要件は済んだだろう。悪いが、また今度来てくれ。それとも他に用事があるのか?」
あると答えようとした時、廊下から足音が響く。私たちは振り返るとそこには醜悪という言葉が相応しい男が付き人と共に歩いていた。
「ぎゅしゅぎゅしゅ。
これはこれは当主もどきの狗の雪花様。久方ぶりだなあ」
「…相変わらず不敬なだな。赤沢」
赤沢という言葉を聞き、私はその人物を観察する。事前に雪花から悪代官のような男と聞いていたが、確かに的を得ている例えだろう。
身長は百九十近く。体格も雪花さんより一回りどころか二回りの巨体だ。年齢は五十近くだろうか。目つきは蛙のようにぎょろっと丸く、唇も大きい。そして目立つのは彼の体中に装飾されている貴金属のアクセサリーの数だ。
指輪、ピアス、ベルト。その全てが金属性である。煌びやかを通し越して重苦しそうに感じる。
ふと雪花の方を見ると、先ほどのような和らげな表情から一変し、鋭い刀のような殺意を飛ばしながら赤沢に対面している。しかし、赤沢はそよ風のように殺気を受け流している。
「そうかっかするな若造。ちょっとした言葉のあやだ。
それに、珍しくお客もいる。まあ、やんちゃしたいならわしはいつでも構わんが?」
瞬間彼の付き人が赤沢の前に出る。雪花は舌打ちをしつつも殺気を抑える。その様子が赤沢は愉快だったのかより醜悪な笑みに変化する。
「それでいい。明日は大事な日だ。前日に流血沙汰なぞ、亡き当主も快くは思わんだろう。
では、わしも来客がある故失礼する」
ぎゅしゅぎゅしゅと不気味な笑いを上げながら赤沢は立ち去っていく。その姿を見るだけしかできない雪花は奥歯を嚙みしめ悔しそうな表情でうつむいていた。
「雪花さん。あれが赤沢ですか」
「…ああ。事前に弁田君が知らせてくれたFRに繋がっている人物。
正直に言ってこの組織の癌と言っても過言じゃない。だが、見ての通り長年勤めてきただけあって影響力が高い」
そういいつつも警戒を一切解いていない雪花は未だ姿が見えている赤沢を警戒している。廊下の曲がり角に入り、姿が完全に消えたところで雪花は警戒を解き、先ほど会話していたような柔和な表情に戻る。
「気をつけてね。きっと赤沢は君たちにちょっかいを出してくる。
佐夜の立場にとって弱みともいえる親しい友人なら尚更だ」
「ありがとうございます。ですが、自分の身は自分で守れますので。
まあ、嘉祥寺は知りませんが…」
二人に視線を向ける。アカネは元々戦闘を前提として作られている。であれば余程の手練れに遭遇しない限りは大丈夫だろう。嘉祥寺はよくわからないが、そもそもそういう事態に遭遇しないように立ち回るだろう。
最後に一礼してこの場から去ろうとした時、嘉祥寺が私の肩を掴む。どうしたのかと思い、振り向くとふざけているような表情ではなく、割と真剣な眼差しだった。
「キョウカンよ。ミスターシャークに連絡するな。
我の予感ではこれから少々やばいになりそうだ。
我は雪花に問いたいことができた」
そういった後、嘉祥寺は雪花と話を始める。小声だったためか耳を澄ませても聞こえなかった。
しばらくして嘉祥寺は雪花との話を済ませたのか、すぐに振り返り帰る気満々になっていた。
雪花は道案内を呼ぶから少し待ってくれと伝え、佐夜の部屋の前から離れる。三人だけになったところで私は何を聞いたのか嘉祥寺に問いかける。
「嘉祥寺。雪花さんに何を聞いたの?」
すると嘉祥寺は瞼を閉じる。瞬間、嘉祥寺の周りの空気が切り替わる。普段のふざけている状態ではなく、本当に真面目になっているモードだ。
瞼を開け、嘉祥寺は口を開く。
「赤沢の件についてだ。
雪花は赤沢は影響力が高いと言っていたが、具体的にどんな影響力なのかまでは具体的に聞かれなかったのでな」
「フーン。で?その影響力ってなんだと?」
「そう焦るな。結論だけ言っても理解できないだろう。案内人が来るまで多少の時間がある。
それまでにできるだけ説明をしておく」
アカネも少し興味を持ったのか嘉祥寺の言葉に耳を貸す。嘉祥寺は私たちが聞く準備ができたことを確認すると淡々と説明を始めた。
「雪花の話曰く、赤沢はこの組織の汚れ役を全て仕切っている。だからこそ組内の印象は最悪だし敵も多い。だが同時に汚れ仕事を行ってきた同士からの印象はかなり高い。でなければあそこまでの地位に立つことは不可能に近い」
「確かに一理あるわ。でもそれは当主の座を狙うためにわざわざそういう印象を与えているだけじゃないかしら」
「そう、問題はそこだ。組内の印象こそ最悪だが、信頼も実力もある。にもかかわらず今まで当主の座を狙わなかったのか。一面では現当主がいなくなるまでひっそりと潜んでいたと考えることができる。
だが一方でこう考えることができる。赤沢は真に小林組に忠誠を誓っていたのではないかと」
その言葉に今一つイメージが追い付かなかった。赤沢が小林組に忠誠を誓っている?正直に言ってそうとは思えなかった。
理解が追い付かない状態のまま嘉祥寺は続けて言葉を発する。
「その状態でFBIとやりあって仮に赤沢が死んだ場合、どうなるか。
今まで赤沢を慕ってい汚れ仕事専門の部下が敵討ちをするために暴れ始める。それこそ、自身がどうなってもだ。
つまり、佐夜を当主にするために赤沢を組織から排除するという考えは間違っているということだ」
その考えは確かに一理ある。しかし、その作戦を考えたのは弁田とFBIの人だ。私たちが赤沢という人物を知ったのはつい最近だが、FBIの組織が事前に赤沢という人物を調べていないはずがない。いや、小林組の幹部であるならば必ず調べているに決まっている。
そのうえで、情報が見つからなかった。つまり…。
「FBIはあえて赤沢の情報を集めなかったってことか?」
「そうだ。アカネの言う通り、FBIは赤沢の情報を集めなかった。いや、集めなかったというよりは知らせなかった。ここまで言えばもうわかるだろう。
敵の内通者、チープハッカーの正体は…FBIの潜入捜査官だ」
パチパチと廊下の奥から拍手が聞こえる。瞬間、私の背筋が凍りつく。圧倒的な殺意の塊。そう思わざる得ない程の怪物がいる。アカネも同じように感じ取ったのか既に臨戦態勢に入っている。嘉祥寺は余裕そうに見つめているが、額から冷や汗を流している。
拍手しながら廊下から現れたのは喪服のように黒いスーツを着た男だった。身長は嘉祥寺と同じくらいだろうか。しかし、肌は恐ろしく白い。金色の髪は海外の人のように見えるが、一目見て感じる。
「あなた?人間?」
「ん?心外だな。これでも人間のつもりだが?」
飄々と言葉を返すこの男の言葉は信用できない。私は手袋をつけ、戦闘態勢に入る。大きな物音さえ起こせばきっと誰かが駆けつけるだろう。
だが、そんな思惑が読まれたかのように目の前の男はにやりと笑う。
「言っておくが、人が来るなんて期待しない方がいい。
周囲の人間はあらかた片付けた。まあ、人間は証拠を見ないと信用しないそうだからね」
そういって目の前の男は何かを投げつける。床にぼとっと何かが落ちる。それを見てはいけない。そう思ったが、私は見てしまった。
眼が開かれた生首を。
「!!!!!!!」
咄嗟に吐き気が遅いかかる。人間の死というものを間近に直視してしまったからか。あるいは別の要因か。私の意識が酩酊する。
しかし、目の前の男はその反応に意外だったのか驚きの表情で話を続ける。
「驚いたな。先頭の少女のようになるのが普通だが?」
否、驚いたのは私の反応ではない。生首を放り投げられても一切反応しなかった嘉祥寺とアカネに対してだった。
嘉祥寺は平然と驚いている男に対して話を続ける。
「顔見知りならともかく、どうでもいい死体なら動じる理由がどこにある?」
「確かに、一理ある。これは俺のミスだな。
まあ、こんなものは挨拶に入らないか」
そういって男はゆっくりとお辞儀をする。嘉祥寺は元から常人と比べて感性や考え方が異常だからと割り切っているからと納得しているからまだ理解が追い付く。
しかし、目の前の男は理解できない。一体何を考えているのか。そんな纏まらない思考の中で目の前の男は挨拶をする。
「では、改めて称賛を。よくぞ気が付いた。弁田聡の友人たちよ。
次に挨拶を。まさしく、この俺がチープハッカーこと、『ノア』だ。
そして鎮魂歌を。サヨウナラ。君たちは知りすぎた」
そしてノアは一歩また一歩と歩みを始める。死神のカウントダウンが徐々に近づくさまを見て私はただ恐怖するしかなかった。
佐夜の掃除を始めて一時間。部屋の隅まで綺麗にした私は気分がスッキリしていた。
散らかっていたゴミを片付け、脱ぎ捨てられた服は丁寧にたたみ、大太刀以外の埃被った置物は塵一つなく取り除いた。
この部屋に来るまでに様々なストレスがあったためか、普段よりも調子が良かった。そのおかげもあってか今まで一番掃除したという快感を感じていた。
「あのー。一応質問したいんですけど…。
みんななんでここにいるの?」
「『なんで』ね。心当たりはあるはずだけど?」
「ごめんなさい。色々心当たりありすぎてわからないです」
アハハと佐夜は誤魔化す。いや、彼女の表情を見る限り、本当に色々何かやっていたのだろう。私のストレスゲージが再び蓄積するのかと頭を抱える。その心当たりについて言おうとした時、嘉祥寺が前に出る。
「小林よ。
我は正直に言って激怒している。
そしてそれは皆も同意見だ。
何故、沈黙のまま風のように去った。
まず我から問うべきことはそれだ」
普段なら意味不明だが、今だけは分かる。何故私たちに相談もなく何も言わずに立ち去ったのか。そのことについて怒っていると。
すると佐夜は小声で呟いた。
「だって、強制とはいえ、わたしは…いわゆるヤクザになるんだよ。
それに…FRにだって関わっている。そんな危険な人物が会社に入れると思う?
流石に今まで通り接することなんてできないよ…」
「フン、それがどうした?」
「それがって。それがじゃないでしょ!?
FRに関わっているっていうことは裏切り者に近いってことだよ!?そんなのわたしが耐えられない。みんなを…HOMEのメンバーを敵に回すことなんてできない…」
「それは小林の考えだろう?
皆に聞いたのか?『わたしはFRに関わっています』と。
少なくとも我はそれを今初めて聞いたがな?」
嘉祥寺は佐夜の言葉を聞いてなお反論する。佐夜の意見も確かに納得できる部分はある。だが、肝心なことを聞いていない。
「佐夜。私はストレートに聞くことしかできないからたった一つの単純なことを聞くわ。
あなたは会社にみんなのところにいたいの?」
「そんなのいたいに決まってる。でも…ヤクザとつるむ会社って世間的にも…それにFRの敵だし…」
「細かいこと抜きに考えて。そのうえで答えて。
あなたは、小林佐夜は会社にいたいの?」
すると小林が沈黙する。一気に言われ考えが纏まっていないのだろう。すると今まで話を聞いてたアカネが溜息を吐き、頭を掻く。
「なあ、小林はなんだ?何をしたいんだ?
他人に迷惑かけたくないのかかけたいのかどっちなんだよ?」
「そんなの…迷惑かけたくないに決まってる」
「じゃあ、なんだこのざまは。もう迷惑かけてんじゃねぇか。
というかな、嘉祥寺や白橋が思って聞いてないのかわからないけど、はっきり言うわ。
無断で出ていくっていう考えがあたいには理解できない。
てか、何で無断なんだ?わけを言えよ。わけを」
アカネの言葉が強いのか佐夜は徐々に泣きそうな表情になる。これ以上はまずいと感じた私はアカネの口をふさごうとする。しかし、その前に佐夜が口を開く
「ヤクザになるっていえば納得すると思う?」
「知らねえよ。納得するかどうかなんて。
だけどさ。あんなまともじゃないメンツがヤクザになるっていう程度で距離を置くと思うのか?」
「FRに組している組織は距離をとった方がいいんじゃないの?」
「じゃあ、さっさと当主になってFRとの関係を切れよ。それくらい当主なら容易いだろ」
「でも…わたしは…」
佐夜が言葉を濁らすとアカネは舌打ちをして部屋から去ろうとする。部屋から出ようとした直後、アカネは最後に言った。
「当主になろうっていう奴が、たった一言言うのを躊躇うかよ。
腰抜けが」
その一言を言い残し、アカネは部屋を去る。後でアカネを叱る必要があると思ったが、何故か悲しそうに感じたのは気のせいだろうか。
嘉祥寺も何か悟ったのかこれ以上佐夜に問いかけず最後に呟いた。
「小林よ。
貴様の部屋は残しておく。
帰還すべき時が来たらいつでも帰還するがよい。
その時まで、我は悠然と待つとしよう」
嘉祥寺はそれ以上何も言わず、袋だけ部屋の隅に置き小林の部屋を後にする。私も今の小林に何を言っても無駄だと悟り、部屋を後にする。
きっかけは与えた。佐夜の考えも理解した。後は佐夜自身の考えで動かなければ変えられない。これ以上何もできないことに無力感を感じつつも私は部屋を去っていく。
「すまないな。代わりに佐夜を叱ってくれて」
「叱ったのは私じゃないわ。お礼はアカネに言って。
って言っても本人は当然のことを言っただけっていうかもしれないけど。
というか、あなたもちゃんと叱りなさいよ」
「叱ったさ。だけど、俺の言葉には重みがない。何もわからないのに勝手に言わないでって言われてそれ以降部屋に入ることができなくなっちまった」
「そうなの。大変ねあなたも」
「白橋さんの苦労に比べたらなんともないさ。
それで、もう要件は済んだだろう。悪いが、また今度来てくれ。それとも他に用事があるのか?」
あると答えようとした時、廊下から足音が響く。私たちは振り返るとそこには醜悪という言葉が相応しい男が付き人と共に歩いていた。
「ぎゅしゅぎゅしゅ。
これはこれは当主もどきの狗の雪花様。久方ぶりだなあ」
「…相変わらず不敬なだな。赤沢」
赤沢という言葉を聞き、私はその人物を観察する。事前に雪花から悪代官のような男と聞いていたが、確かに的を得ている例えだろう。
身長は百九十近く。体格も雪花さんより一回りどころか二回りの巨体だ。年齢は五十近くだろうか。目つきは蛙のようにぎょろっと丸く、唇も大きい。そして目立つのは彼の体中に装飾されている貴金属のアクセサリーの数だ。
指輪、ピアス、ベルト。その全てが金属性である。煌びやかを通し越して重苦しそうに感じる。
ふと雪花の方を見ると、先ほどのような和らげな表情から一変し、鋭い刀のような殺意を飛ばしながら赤沢に対面している。しかし、赤沢はそよ風のように殺気を受け流している。
「そうかっかするな若造。ちょっとした言葉のあやだ。
それに、珍しくお客もいる。まあ、やんちゃしたいならわしはいつでも構わんが?」
瞬間彼の付き人が赤沢の前に出る。雪花は舌打ちをしつつも殺気を抑える。その様子が赤沢は愉快だったのかより醜悪な笑みに変化する。
「それでいい。明日は大事な日だ。前日に流血沙汰なぞ、亡き当主も快くは思わんだろう。
では、わしも来客がある故失礼する」
ぎゅしゅぎゅしゅと不気味な笑いを上げながら赤沢は立ち去っていく。その姿を見るだけしかできない雪花は奥歯を嚙みしめ悔しそうな表情でうつむいていた。
「雪花さん。あれが赤沢ですか」
「…ああ。事前に弁田君が知らせてくれたFRに繋がっている人物。
正直に言ってこの組織の癌と言っても過言じゃない。だが、見ての通り長年勤めてきただけあって影響力が高い」
そういいつつも警戒を一切解いていない雪花は未だ姿が見えている赤沢を警戒している。廊下の曲がり角に入り、姿が完全に消えたところで雪花は警戒を解き、先ほど会話していたような柔和な表情に戻る。
「気をつけてね。きっと赤沢は君たちにちょっかいを出してくる。
佐夜の立場にとって弱みともいえる親しい友人なら尚更だ」
「ありがとうございます。ですが、自分の身は自分で守れますので。
まあ、嘉祥寺は知りませんが…」
二人に視線を向ける。アカネは元々戦闘を前提として作られている。であれば余程の手練れに遭遇しない限りは大丈夫だろう。嘉祥寺はよくわからないが、そもそもそういう事態に遭遇しないように立ち回るだろう。
最後に一礼してこの場から去ろうとした時、嘉祥寺が私の肩を掴む。どうしたのかと思い、振り向くとふざけているような表情ではなく、割と真剣な眼差しだった。
「キョウカンよ。ミスターシャークに連絡するな。
我の予感ではこれから少々やばいになりそうだ。
我は雪花に問いたいことができた」
そういった後、嘉祥寺は雪花と話を始める。小声だったためか耳を澄ませても聞こえなかった。
しばらくして嘉祥寺は雪花との話を済ませたのか、すぐに振り返り帰る気満々になっていた。
雪花は道案内を呼ぶから少し待ってくれと伝え、佐夜の部屋の前から離れる。三人だけになったところで私は何を聞いたのか嘉祥寺に問いかける。
「嘉祥寺。雪花さんに何を聞いたの?」
すると嘉祥寺は瞼を閉じる。瞬間、嘉祥寺の周りの空気が切り替わる。普段のふざけている状態ではなく、本当に真面目になっているモードだ。
瞼を開け、嘉祥寺は口を開く。
「赤沢の件についてだ。
雪花は赤沢は影響力が高いと言っていたが、具体的にどんな影響力なのかまでは具体的に聞かれなかったのでな」
「フーン。で?その影響力ってなんだと?」
「そう焦るな。結論だけ言っても理解できないだろう。案内人が来るまで多少の時間がある。
それまでにできるだけ説明をしておく」
アカネも少し興味を持ったのか嘉祥寺の言葉に耳を貸す。嘉祥寺は私たちが聞く準備ができたことを確認すると淡々と説明を始めた。
「雪花の話曰く、赤沢はこの組織の汚れ役を全て仕切っている。だからこそ組内の印象は最悪だし敵も多い。だが同時に汚れ仕事を行ってきた同士からの印象はかなり高い。でなければあそこまでの地位に立つことは不可能に近い」
「確かに一理あるわ。でもそれは当主の座を狙うためにわざわざそういう印象を与えているだけじゃないかしら」
「そう、問題はそこだ。組内の印象こそ最悪だが、信頼も実力もある。にもかかわらず今まで当主の座を狙わなかったのか。一面では現当主がいなくなるまでひっそりと潜んでいたと考えることができる。
だが一方でこう考えることができる。赤沢は真に小林組に忠誠を誓っていたのではないかと」
その言葉に今一つイメージが追い付かなかった。赤沢が小林組に忠誠を誓っている?正直に言ってそうとは思えなかった。
理解が追い付かない状態のまま嘉祥寺は続けて言葉を発する。
「その状態でFBIとやりあって仮に赤沢が死んだ場合、どうなるか。
今まで赤沢を慕ってい汚れ仕事専門の部下が敵討ちをするために暴れ始める。それこそ、自身がどうなってもだ。
つまり、佐夜を当主にするために赤沢を組織から排除するという考えは間違っているということだ」
その考えは確かに一理ある。しかし、その作戦を考えたのは弁田とFBIの人だ。私たちが赤沢という人物を知ったのはつい最近だが、FBIの組織が事前に赤沢という人物を調べていないはずがない。いや、小林組の幹部であるならば必ず調べているに決まっている。
そのうえで、情報が見つからなかった。つまり…。
「FBIはあえて赤沢の情報を集めなかったってことか?」
「そうだ。アカネの言う通り、FBIは赤沢の情報を集めなかった。いや、集めなかったというよりは知らせなかった。ここまで言えばもうわかるだろう。
敵の内通者、チープハッカーの正体は…FBIの潜入捜査官だ」
パチパチと廊下の奥から拍手が聞こえる。瞬間、私の背筋が凍りつく。圧倒的な殺意の塊。そう思わざる得ない程の怪物がいる。アカネも同じように感じ取ったのか既に臨戦態勢に入っている。嘉祥寺は余裕そうに見つめているが、額から冷や汗を流している。
拍手しながら廊下から現れたのは喪服のように黒いスーツを着た男だった。身長は嘉祥寺と同じくらいだろうか。しかし、肌は恐ろしく白い。金色の髪は海外の人のように見えるが、一目見て感じる。
「あなた?人間?」
「ん?心外だな。これでも人間のつもりだが?」
飄々と言葉を返すこの男の言葉は信用できない。私は手袋をつけ、戦闘態勢に入る。大きな物音さえ起こせばきっと誰かが駆けつけるだろう。
だが、そんな思惑が読まれたかのように目の前の男はにやりと笑う。
「言っておくが、人が来るなんて期待しない方がいい。
周囲の人間はあらかた片付けた。まあ、人間は証拠を見ないと信用しないそうだからね」
そういって目の前の男は何かを投げつける。床にぼとっと何かが落ちる。それを見てはいけない。そう思ったが、私は見てしまった。
眼が開かれた生首を。
「!!!!!!!」
咄嗟に吐き気が遅いかかる。人間の死というものを間近に直視してしまったからか。あるいは別の要因か。私の意識が酩酊する。
しかし、目の前の男はその反応に意外だったのか驚きの表情で話を続ける。
「驚いたな。先頭の少女のようになるのが普通だが?」
否、驚いたのは私の反応ではない。生首を放り投げられても一切反応しなかった嘉祥寺とアカネに対してだった。
嘉祥寺は平然と驚いている男に対して話を続ける。
「顔見知りならともかく、どうでもいい死体なら動じる理由がどこにある?」
「確かに、一理ある。これは俺のミスだな。
まあ、こんなものは挨拶に入らないか」
そういって男はゆっくりとお辞儀をする。嘉祥寺は元から常人と比べて感性や考え方が異常だからと割り切っているからと納得しているからまだ理解が追い付く。
しかし、目の前の男は理解できない。一体何を考えているのか。そんな纏まらない思考の中で目の前の男は挨拶をする。
「では、改めて称賛を。よくぞ気が付いた。弁田聡の友人たちよ。
次に挨拶を。まさしく、この俺がチープハッカーこと、『ノア』だ。
そして鎮魂歌を。サヨウナラ。君たちは知りすぎた」
そしてノアは一歩また一歩と歩みを始める。死神のカウントダウンが徐々に近づくさまを見て私はただ恐怖するしかなかった。
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