Another Dystopia

PIERO

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2033年6月 進む運命(上)

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 次の日、俺と白橋はとある喫茶点にて昼食を食べていた。いや、正確には待ち伏せしているというべきだろう。
 昨日、寺田から受けとったファイルから情報を読み取り、裏切り者の名前を特定した。その人物について雪花伊吹に伝える必要がある。
 個人的にも聞きたいことは山ほどあるが、全て彼を見つけてからあろう。長丁場になることを覚悟して、朝から店の中で張り込みしている。オープンしてから二時間。未だに彼が現れる気配すらなかった。

「弁田君。薄々感づいていたけどもしかして、昨日言ってたデートってこういうこと?」

「まあな。かなりすまないと思ってる。
何よりテレポーターの研究をしたかっただろう」

「それは…そうだけど。
はあ、弁田君ってたまに鈍いというか、馬鹿というか…」

「どうした?何か言ったのか?」

「別に。そういえば、雪花伊吹さんってどんな人なの?
私は名前しか知らないからどんな人物なのかよく知らないんだけど」

「身長は百八十ぐらい。顔の説明は省かせてもらう。
説明したところでわかるわけないからな」

「それもそうね」

 そういって白橋は本日何杯目かのコーヒーを再度注文する。既に二人で金額が恐ろしいことになっていそうだが、あまり考えないようにする。
 ふと、よく考えてみればこうして白橋と一緒にご飯を食べるのは久しぶりのように感じる。ニューマンを開発する前では嘉祥寺と一緒に話し合いをしたことがある。だがそれ以降は俺がニューマンの開発をしていたことやFRに拉致されたりとかなり波乱な日々を過ごしてきたからそういう機会はなかった。それ以前に純粋に彼女と予定が合わなかったということも大きな要因だろう。

「どうしたの?いきなり私を見て」

「いや、可愛いなって」

「褒めたところで何も出ないわよ。ていうか、いきなり可愛いとか弁田君らしくない。
あなたってそんなに人を褒めるっけ?」

「褒めている時は褒めているさ。アダムとかアカネとかに」

「それ以外の人に対してはあまり興味なさそうだもんね。
そういえば雑談になるんだけど、聖さんについてどう思ってるの?」

 突然の質問に俺はふと考える。聖先輩は先輩だろう。それ以外に何もない。そう答えるのは簡単だが、白橋が求めている答えはこれじゃないことくらいわかっている。俺はゆっくりと整理しながら話し始めた。

「そうだな…。聖先輩は可愛げがある妹分?って思ってしまう。
何だろう。時折可愛らしい仕草をしているように見えるが、ぶっちゃけ、先輩っていう尊敬の念が強いな。
いや、少し違うな。何だろう…好きなキャラクターを推している。そんな感じか?」

「弁田君ってたまに意味不明なこと言うわね。
まあ、大体わかったわ」

 何故か満足そうにしている白橋を見て俺は解せなかった。一体何を考えて質問したのか、いや企んでというべきなのか?コーヒーを飲み干し、俺は追加のおかわりを注文する。その際に自然に店内を見渡すが今のところ姿どころかそれらしい人物も見つからない。
 心配になった白橋は大きく溜息をつく。

「まだ来ないわね。ねえ弁田君。情報は本当なのかしら?」

「寺田はむかつく奴だが、情報だけは絶対に嘘は売る奴じゃない。そんなことして損するのは寺田だけだからな。退屈で申し訳ないが、ここでじっくり待つしかないか。
あ、そうだ」

 ふと、頭の中でよぎったことを思い出す。白橋にとって重要だが、この退屈な時間を過ごすのに適した雑談になるだろう。

「テレポーターの研究についてだが…」

「もう発表されているってこと?それならニュースで聞いたわ」

「やっぱり知っていたか。耳が早いな」

「弁田君が遅すぎるだけよ。毎朝ニュース見ているからね。だけど腑に落ちないわ。あの発表されたテレポーターは間違いなく私が考えていた物なのに。
そう考えるといつか捨てた設計図を誰か拾って実際に作ったっていう感じよね」

「そうだな。だが問題は誰がその設計図を拾ったのかということだ。
白橋はあの設計図をどこに置いていたんだ?」

「落書きだったとはいえ、あまり見せたくなかったから私の机の上に置いてあったファイルの中に入れてたはずなのよね。あと、学生の時にニューマンについて話し合ったあの時にはもうなかったっていうのは分かっているわ」

 となると、テレポーターの設計図は意図的に盗まれたと考えるべきだろう。やっぱり盗られたのは痛かったかと思ったが、白橋は未だに微妙そうな表情でいた。

「やっぱり盗られたことを不満に思っているのか?」

「それは正直、どうでもいいの。ただ、未完成の設計図をそのまま実行したものがあのテレポーターだったらちょっと納得いかないなって」

「…ちなみに、未完成だとどうなるんだ?」

「私の計算だと…多分原型が保てなくなる。テレポーターを雑に説明すると、一度体を分子レベルに分解して、他の端末から分解した分子を再構築するみたいな感じだから、実際に物質をすごい速さで移動してるわけじゃないのよ。
最も、そんな速度出したら肉体がGに耐えられずに崩壊するけど。
それで、私が考えた未完成だと、受け取るための端末がないから適当なところに飛ばされて、よくて原型が崩れる。最悪の場合はそもそもこの世から消える」

 改めてテレポーターの話を聞いたが未来の世界ではなんて危ないものに手を出したのだろうと冷や汗を流す。未来の世界では実際に使われた時期が半年しかなかったため、幸いにも大きな問題が発生しなかったが、万が一、不具合で肉体が消えてしまったなんてことがあればきっと洒落にならないだろう。
 そして俺はどうしても確認したいことがあった。

「白橋、些細な疑問だが…。
いや、答えたくなかったら答えなくてもいい。
白橋の話を聞く限り、テレポーターで送った人間は人間と呼べるのか?」

「結構はっきりというわね。それが今抱えている私の課題よ。
確かに、一度肉体を崩壊…いや誤魔化すのは辞めましょう。人を殺め、そしてそれに似た何かを再構築する。それが同一人物なのかということに当然の疑問はあるわ。
私の所感だけど、同一の情報を持っているなら、それは同一人物であるって考えているわ」

 すると注文したコーヒーが届き、俺と白橋は軽くウェイトレスに会釈する。会話が気まずいところで切られ、俺は頭を掻く。

「まあ、課題を抱えていることはいいことだ。まだ改良や考える余裕がある。
それが結論だったら流石に使いたくなかったからな」

「私だって、課題まみれの欠陥品を使ってほしいなんて思ってもいないわよ。
いつかこの課題を解決してみせるから期待して待っていてね」

 穏やかな表情でその意気込みを白橋は返す。刹那、俺の心臓が少し跳ね上がったかのように感じた。若干戸惑うが、それを表情に出さないように俺はコーヒーを飲む。だが、飲む勢いが少し強かったのか、むせてしまう。
 その様子が面白かったのか、白橋は笑う。すると今度は胸の鼓動がさらに高まった。これ以上白橋と視線を合わせることが難しいと感じた俺は周囲を見渡す。

「…いた」

 見つけた。そう確信した時には俺は席を立っていた。白橋は突然の行動に驚いていたが今機会を逃すと話し合いができなくなりそうな気がする。その直感を信じ、現れた人物に話しかける。

「すみません。ちょっとお話いいですか?」

「はい。少々お待ち…」

 ウェイター服を着た雪花伊吹は一瞬固まっていた。正直、俺も予想外だった。まさか、客ではなく、従業員として働いているとは思いもよらなかった。
 しかし、長い間仕事をこなしてきたのか雪花はすぐに切り替える。

「お客様、出口はあちらですよ?」

「まだコーヒーを楽しんでいる途中だ。っていうかここまで来て白を切るな。
小林とあなたにとって大事なことだ。話したいことがある」

「…では、お席に座ってお食事をお楽しみください。
私は仕事がありますので…」

 そういって雪花は厨房に戻っていった。俺は席に戻り残っているコーヒーを飲む。すると白橋はちょっとそわそわした感じで話かけてくる。

「弁田君。ひょっとしてさっきの人が?」

「雪花伊吹。小林の従者にして婚約者。詳しい詳細は省くけど、まあ危険な奴だ」

「そんな人がなんで働いているのかしら?…シノギ?」

「かもな。まあ、じっくり待つとしよう。来なかったら追いかけるしかないがな」

 ゆっくりとコーヒーを飲んで待つこと数十分後、スタッフルームから大きな影が現れる。ちゃんとした服装なのか、藍色のスーツを着こなしている雪花は俺たちが座っている席に近寄る。俺は白橋の隣に移動し、席を空けると雪花はゆっくりと腰を下ろす。
 姿勢正しく座った雪花は水を注ぎ、溜息をつく。

「こんなところに来るなんてね。それで、俺になんのようだ」

「意外だな。撒いて逃げると思っていたが、ずいぶんと素直ですね」

「あの時、意識を失わせた詫びだ。
それに、佐夜ではなくわざわざ俺を探しているということは佐夜にとって聞かせたくない話なんだろう。言っておくが、佐夜を連れ戻すというのであれば俺は一切協力しないし、話も聞かない。それを踏まえた上で要件を聞こう」

「わかったまず一つ目だ。
チープハッカーという言葉に心当たりは」

「ある。FRに所属しているメンバーの一人。性別、顔、年齢。あらゆる情報が謎に包まれ存在するかどうかすら怪しい。だが、FRの情報を完全に把握し、漏洩したものと手に入れたものに制裁を与える。俺やお前を抹殺しようとしている者もそいつだろう」

「そのチープハッカーが小林組に潜んでいる可能性はあると思うか?」

 すると雪花は少し考える。だが、すぐに結論を言う。

「ないとは言い切れない。だが、近年FRに関する構成員は問答無用で俺が断罪してきた。事実、断罪したものは全てFRの手先だったからな。
少なくとも内部にはFRの構成員は存在しない」

「FRのレッドリストに載っていたのはそれが原因だったのか」

 おそらくな、とはっきりと断言する雪花。その解答に俺は満足し早速二つ目の質問に入る。

「二つ目だが、結婚式の時に俺たちの仲間で一部の人たちが顔を出したいと言っているんだ。
そっちで融通を利かすことができるか?」

「無理だな。当日は基本的に部外者は入らないようにしている」

「なら前日はどうだ?」

「前日か…。まあ、いいだろう。
幸い、前日は組織の風習の都合上、身内は色んな所にばらけている。知り合いぐらい、敷地に入れても何の問題ないだろう」

 ここからようやく本題に入れる。俺は満を期して本題に入った。

「それじゃあ、前置きはここまでにしてここから本題に入ろう。
三つ目、小林を当主にするためにはどうすればいい」

 その発言に雪花は驚く。隣の白橋も同様に驚きを隠せないのか、今までリアクションをしていなかったが、この時に限って驚きを隠せていなかった。

「弁田君?小林さんを連れ戻すつもりじゃなかったのかしら!?」

「ちょっと計画が変わった。小林を連れ戻すよりも当主に任命させた方が安全だ。
正式な場で任命すれば恨みこそ買われるが表立って行動することは難しいだろうさ」

「…後で詳しく聞かせてね」

 白橋は不満そうにこちらを見つめているが、それは雪花も同じのようだった。明らかに今の一言で警戒心が上がっている。
 だが、俺は本気である。後ろめたいことや計略といったものは一切考えていない。だからこそ俺は本気で雪花の目を見る。

「驚いたな。俺としてはありがたいが、本気か?
確かに佐夜が当主に任命すれば連中は手を出しにくくなる。だが、それでお前のメリットは何がある?」

「友を守れる。これ以上のメリットがあるのか?」

「そうか。なら場所を変えよう。
ここは、よくない」

 そういって雪花は視線をどこかに向ける。すると何かが動いている影が見えたような気がした。白橋も気が付いたようで、あえて気づいていないふりをし続ける。
 俺たちは席を立ち、支払いを済ませると雪花の後についていく。しばらくして人気のない裏路地に辿りついた。
 日光が入りにくいのか、かなり薄暗い。辺りを見渡してもコンクリートの壁と長年手入れしていない換気扇の景色が広がっている。
 空気もかなり悪い。我慢できない程ではないが、鼻で空気を取り込むのがかなり苦しい。白橋も同じ気分らしく眉をひそめている。
 直後、足を止め、雪花は振り向かず小声で俺たちに聞こえるように話す。

「後ろは任せた。前は俺が何とかする」

 直後、ぞろぞろと大勢の人数が現れる。数は前は十、いや二十人ぐらいだろう。退路の後ろには十人ちょっと。囲まれていることはすぐに理解できた。
 この人数は正直に言ってだめじゃないかと思った。しかし、隣にいる彼女は大きな溜息をつく。

「雪花さん。確認ですが、怪我させたらまずいですか?」

「いや、問題ない。むしろ再起不能ぐらいがちょうどいいだろう。
それに、この場所は俺がよく私刑に使っている場所だ。いくら騒いだところで何も問題にはならん」

「え、あ、はい。わかりました。…今のは聞かなかったことにしよう。
あと、弁田君は戦力外だから私の後ろにちゃんといなさいよ。前に出たら一緒に殴るからね」

 こんな状況なのに白橋はポケットから取り出した手袋を装着して、戦闘準備が完了する。
 人目のつかない裏路地で作戦開始前の前哨戦が行われようとしていた。
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