Another Dystopia

PIERO

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2033年6月 それぞれの未来(中)

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「まあ、コードネームとかは後で聞く。
それよりも気になることがある。話を聞く限り、俺の未来とアスクレピオスの未来とではかなり異なっている。俺の未来は話したからアスクレピオスの未来について聞きたい」

 コードネームではしゃいでいた二人の興奮を沈めた俺は、質問を続ける。未来が異なっていることは既に把握している。だが、このままいけばどんな未来になるのかまではまだ何も知らないのだ。
 アスクレピオスは真剣なまなざしで俺と嘉祥寺を見つめて未来がどうなっているのか語り始めた。

「そうですね。全てを語るにはかなり長くなりますが、よろしいでしょうか」

「構わない。この世界の末路を知ることはFRに対して大きなアドバンテージになる」

「わかりました。
では最初に未来の人間について説明しましょう。
まず、結論から述べると、地球上から人類はいなくなりました」

 初めから衝撃的な発言を聞き、俺は驚愕する。その表情にアスクレピオスは「ああ、」と付け足す。

「言葉が足りなかったですね。正確には、人類と呼ばれるべき生物が一部を除き、地球上から消え去ったというべきでしょうか。
わたしの未来では、FRに所属していた人間が、人間として存続し、それ以外が家畜、その他の生物が畜生として生きることを許されていました。
無論、反抗する意思を見せればその末路は死のみ。ある意味人間にとって都合がいい世界が誕生したのです」

 アスクレピオスの話を聞く限り、それは生き地獄に等しいだろう。人間という尊厳を失い、ただ支配されるだけの運命。ディストピアという概念そのものが当てはまっている。

「人間についてはよくわかった。
だが、良くも悪くも人間がいたおかげで世界が回っていたんだ。
個人的な興味だが、経済とか、エネルギーとかはどうなっているんだ?」

「全て、人間からなり下がった家畜に仕事をさせています。
しかし、現代に存在する発電方法や企業といったものを全て取り壊し、人力だけで全て賄っているそうです」

「まじか…」

 絶句である。隣を見ると嘉祥寺も複雑な心境で考えていた。俺が経験した未来も相当だが、アスクレピオスが体験した未来も相当である。大きな違いは人類、正確には人間がいるかいないか。だが、その定義も意味も異なる。地球上の殆どの人間が奴隷として成り立っている世界は人によっては全人類がいなくなった世界よりもひどい。生き地獄とはまさにその世界を指すだろう。

「では、次の質疑だ。
我の予想では、そのワールドにおいて、我のような危険分子がいるだろう。
その危険分子たちについて問いたい」

「わかりました。では、何を聞きますか?」

「時間の都合故、問うのは三つ。
危険分子の誕生した経緯、目的、そして構成員。
この三つについて聞かせてもらう」

 アスクレピオスは一息つき、再び語り始める。

「最初に目的から伝えましょう。とは言ってもシンプルです。
あの世界が気に食わなかった。間違った世界だから。
誕生経緯も至ってシンプルで、今の世界を変え、人類の尊厳を取り戻すこと。少なくとも嘉祥寺様はそう言ってました。
最後に構成員ですが、わたしだけです」

「…何?
どういうことだ?」

「言葉の通りです。私が最後の構成員です。あの世界では奴隷になり下がった人類は皆FRの支配下にありました。
加えてそんな世界で誕生し育った子供には反抗するという考えすら存在しませんでした。
最後の反抗として抗っているのが、嘉祥寺様数百名です。
ですが、同士が一人、また一人と消え、残り数人となった時に嘉祥寺様はこの世界では勝てないと結論を出しました。
ですが、今勝てなくても過去を変えることですべてをなかったことにする。だからわたしは過去に来たのです」

 嘉祥寺はどこか腑に落ちたのか、これ以上質問はしなかった。ふと、俺の思考回路に疑問がよぎる」

「なあ、アスクレピオス。タイムマシーンがあるならFRの連中もこの世界に来る可能性があるんじゃないか?実際にさっき俺を襲っていたのもそれが原因か?」

「いえ。あれは普通にこの世界のFRだと思いました。
ですが、嘉祥寺様の考察ですとおそらく未来のFRは過去に来ることができないようです」

「何を根拠に言えるんだ?」

「さっきも言った通り、FRの世界では必要以上の技術は全て廃棄しています。そのおかげで技術者という概念が薄まりつつあります。
加えて、タイムマシーンなんて作ればいつ自分の天下が崩れるかもしれないというリスクを考えて作らなかったそうです。
それに、タイムマシーンには大きな欠点があります」

「欠点?」

「生き物は送ることができない。わたしの世界で開発したタイムマシーンは生身の人間では到底耐えることができません。もし無理に送ろうとしたなら…きっと、分子レベルで分解されてしまうでしょう」

「あーなるほどな。確かに乗りたくないな」

 俺は横目に嘉祥寺を見る。もしアスクレピオスがその説明をしなければきっと無断で乗っていたに違いない。
 とりあえず、嘉祥寺の質問に答えた終えたことを確認した嘉祥寺は大きく溜息を吐く。俺は近くに置いてあったブドウ糖飴を嘉祥寺の前に置く。俺の予感が正しければ必ず切り替えるだろう。

「では、ここからは真面目な話しとしよう。
アスクレピオス。貴様はどうやって過去を変えるつもりだ?いや、愚問だな。その方法を知っているからこそ、消滅する危険のリスクを冒して過去に来たのだろう」

 その言葉に俺とアスクレピオスは驚愕する。しかし、俺の驚愕は消滅することに対して、アスクレピオスは別の意味で驚愕しているようだ。

「嘉祥寺。詳しく説明してくれ。アスクレピオスが消滅するとはどういうことだ?」

「言葉通りだ。
過去を変えるということは同時に未来を消滅させることに等しい。正確にはその未来はあるだろうが、それは認識できるものではない。
そして認識できない未来はなかったことになる。その経験は弁田、貴様もあっただろう」

「…The・LostWorldか」

「そうだ。確証がなかったがこれではっきりした。アスクレピオスもいつまでも驚いた表情になるな。それとも、知らないとでも思っていたか」

「…驚愕しました。まさしくその通りです。この世界の分岐点を変えればわたしは消滅…正確にはこの世界からはじき出されてしまう。
ですが同時に安心しました。この秘密を知っているなら躊躇はありませんから」

 アスクレピオスは納得する。しかし、俺は同時に心の奥住にその仮説について否定したい例があった。それは俺が経験したあの未来の記憶を持っているということだ。
 もし、その仮説があっていれば俺がこの記憶を未だ持ち続けている理由がわからない。何か別の理由があるのか…そう考えている間に話が進もうとしていた。

「では、早速ですが本題に入りましょう。
わたしがどうやって未来を変えようとしているのか。それは小林一家皆殺し事件の黒幕と内通者を取り押さえることです」

 小林一家皆殺し事件。その言葉を聞き俺はゾッとする。念のためその事件の確認をする。

「その事件はFBIの捜査官によって小林一家とFRを取り押さえることが目的でしたが、とある二人の人物によってその作戦が瓦解してしまい、突入したFBIは全滅、協力者は一人を除き、全滅という悲惨な結果になってしまいました。
そしてそこからFRの活動は大きく進行し、数年後には世界を全て征服したそうです」

「一人除いて?…ちょっと待てまさか…」

「察しの通りです。生き残った協力者は嘉祥寺様だけです。そしてあの世界に到達してしまった」



 話が長くなったため、昼食がてら俺と嘉祥寺は一緒に行動している。夏が近い今の時期に外になど出たくなかったが、あの場の空気は少しの間だけでも吸いたくない。

「我が戦友。
随分と顔色が悪いぞ」

「あの話を聞けば誰だってそうなるさ。
俺としては顔色一つ変わっていない嘉祥寺の方が不思議なくらいだ」

「何、我のブレインではそういうこともあり得ると計算が出ている。
だが、確証がなかったためあの場にはあまり強く進言することができなかったがな」

 一切怯まず、普段の調子で話している嘉祥寺を見て流石だと思う。そういう胆力があったからこそ、小林一家皆殺し事件という物騒な事件から生き延びることができたのだろうと思ってしまう。

「嘉祥寺。この話をみんなに伝えるか?」

「無論だ。
だが、ベクターよ。
貴様の手間は必要ない。
既に我が必要な人数だけ送信している」

「仕事が速いな。それでなんて送ったんだ?」

「今すぐ城に来い。
それだけだ」

「俺の家だろ。…まあ、みんなの家ともいえるか」

 コンビニに入り、弁当を買った後特に雑談をしないでマンションに戻る。玄関まで入ると座って待っていたアスクレピオスが気が付く。

「いいものは見つかりましたか?」

「ただの昼食だろ。ってそういえばそっちの世界の食文化とかはどうなっているんだ?」

「あまり伝えない方がいいと思います。きっといい気分にならないと思いますので」

「そうか。あと、話の続きだが後数人こっちに来るからしばらく待っていてくれ」

 十数分後、ガチャリと扉が開かれる。現れたのは白橋、アカネ、そして堀田の三人だけだった。全員呼ぶつもりだったのかと思っていたが、どうやら呼んだのは実行班のメンバーだけらしい。

「話すことがあるって聞いてきたけど、まず彼は誰かしら?」

「アスクレピオス。最も、俺が知っている世界のアスクレピオスじゃないがな」

 その言葉に白橋とアカネは驚愕する。堀田も少し興味を持ったのかアスクレピオスに視線を向ける。アスクレピオスは手短に自己紹介を済ませると、早速呼び出した理由について語りは始める。
最も、嘉祥寺以外が死ぬという結末を伏せてだが。

「なるほどね。でも、それって私たちに伝えても大丈夫なのかしら?私たちの中に裏切りものがいる可能性があるんじゃないの?」

「それはない。理由は伏せるが俺が断言する」

「…変わるなら変わるって言ってよね嘉祥寺。ついびっくりしちゃうじゃない。
まあ、いいわ。それで私たちは何をすればいいのかしら?」

「その説明はアスクレピオスがしてくれる。まあ、大体は予想できるがな」

 嘉祥寺はアスクレピオスに視線を向ける。するとアスクレピオスはその意思に答え、何をするべきか説明し始める。

「最初にやって欲しいことは何としても雪花伊吹に話をする機会を見つけること。彼がおそらくこの騒動の鍵を握っていること。
二つ目に裏切り者を見つけること。
この二つの条件を満たしてから次の話に進みます」

「おい、弟号。ずいぶんと簡単に言ってくれるな。
残り三日足らずで二つのことができるわけないだろ」

「お、弟号?」

「何だ文句あるのか?
あたいの視点からすれば、てめぇはあたいの弟だ。それは変わらねぇ。
でだ、さっさとあたいの文句に対してどう思っているんだ?まさか、全く情報がないわけじゃないだろうな?」

 怖い。そう呟きたかったが、アカネはあれでも脅しには入っていないだろう。その証拠にアカネは一切手を出していない。しかし、アスクレピオスはアカネの迫力に負けずに言い返す。

「無論、情報がないわけではありません。というか、情報の伝手に関してわたし以上に嘉祥寺様や弁田さんが一番理解しているでしょう」

「…もう会いたくない。嘉祥寺、おそらくあいつとまともに話せるのはお前だけだ。頼む」

「その必要はない。この後会いに行く予定だ。それと、裏切り者に関しても大方予想がついている。弁田、一緒に来てくれ。ついでに堀田も一緒だと空気がよくなる」

 嘉祥寺の言葉の意味が理解できなかった。おそらく何かしらの意図はあるのだろう。だが、あいつに会うということだけはできるだけ避けたかった。
 感情論だが、俺はあの情報屋寺田が嫌いだ。それを知った上で呼ばれるならきっと嘉祥寺にも何か考えがあるのだろう。

「…貸しだからな嘉祥寺」

「では、行くぞ。アスクレピオスよ。話の続きは俺たちが帰ってからにしよう」

 そういって俺と堀田と嘉祥寺はいけ好かない情報屋に会うためだけに部屋を後にする。俺の心境は最悪だが、きっと何かが変わる。そう信じて嘉祥寺の後をついていくのであった。
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