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2033年2月 情報蒐集家の惨状(下)
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「何故ざんす!?何故某の理想のAIが搭載されていないざんすか!?」
「いや、まだ性格プログラムは搭載してないって」
完成したプロトタイプにニューマンのAIを搭載した結果、堀田の思っていたニューマンとは異なる返答、初期のアダムの返答のように淡々とした回答しかしていないことに声を荒げていた。
「何故性格プログラムを搭載してくれなかったざんすか!?」
「完成してないからだよ。
文句は小林に言ってくれ」
「嘘ざんす!!」
「いや、断言すんなよ!?」
既に堀田はこの通り暴走気味である。アダムも必死に声をかけているが、一切耳に入らない。こうなった堀田を冷静に止められるのは嘉祥寺だけだろう。だが運がいいことにこの場には一人、彼を止められる人物がいた。
その人物は堀田の背後に回って首を締め上げる。すると先ほどまで暴れていた堀田がスッと大人しくなってその場で気絶する。それを確認した後、首を締め上げた人物、白橋は一息つく。
「よし。これで大丈夫よね?」
「よしじゃない。まあ、助かったけどさ。
一応確認だが、大丈夫なのか?」
「心配ないわ。軽く頸動脈を抑えて気絶させただけだし。
顔を叩けばすぐにでも起きるわ」
そういって白橋は遠慮なく堀田の顔をはたく。バシンっと明らかに強すぎる音に周囲の人たちは唖然としていた。
「なあ、弁田。俺様はあまり白橋のことを知らないが、もしかして怒らせるとやばいタイプか?」
「やばい。かなりやばい。
普段はともかく、怒ったときは口より先に手を出すからな」
「そうか…。うん、気をつけるとしよう」
普段から傲慢な中田も、彼女の迫力には恐怖を感じたらしく、メモ帳に白橋は怒らせないと記入していた。
アダムも白橋の行動に若干引いている。俺としては見慣れた光景だが、やはり初めて見る人は白橋のことをやばい人だと感じてしまう。
「…はっ!?そ、某は何を…」
「ようやく起きたわね。それじゃあ、後は頼むわ」
用が終わって白橋は溜息をつき、近くに椅子に座る。堀田は何が起きたのか理解できていなかった。ここでもう一度状況を説明すると再び堀田が暴走する可能性があるため、俺は詳細を若干省いて説明する。
「堀田。とりあえず、話を戻すが性格プログラムは完成したら伝えるからそれまでの間、このプロトタイプに学習をしておいてくれ」
「了解ざんす。
ところで、弁田氏。某は先ほどまでの記憶がないざんす。某は今まで何をやっていたざんすか?」
「普段通りはしゃいでたよ。厚くなりすぎて記憶がないんだろう」
「そうざんすか?…それもそうざんすね」
堀田が気にしないタイプでよかったと心の底から安堵し、俺はそそくさと堀田から離れる。また、同じような騒動になったら短気な白橋はきっと堀田の息の根を止めるだろう。
そうならないように現状、興奮剤になりえる俺はアダムと共に距離をとる。幸いなことに堀田はもう集中して声が届いていない。
「それじゃあ、俺は帰るからプロトタイプの調整が終わったらまた連絡してくれ」
「そんなこと、言われなくてもわかっている。
俺様達の作品。期待して待ってろ」
中田は嫌味を含んで返答するが、その返事は明らかに後は任せろと言っているに等しい発言だった。その言葉を信頼して、俺とアダムは研究室を後にした。
帰り道、俺は周囲を警戒して自宅に向かっていた。しかし、何かが物足りないと感じている。一体何が足りないのかと考えている時、ふと隣にいたアダムが話しかける。
「マスター。新しいニューマンってあたしにとって何だろう?」
「何だろうって…どういう意味だ?」
「あたしはマスターのことを父親っていう感じに思っているけど、新しく誕生するニューマンはあたしをなんておもうんだろうなぁーって」
そこで俺が何が物足りないか理解した。アダムが普段以上にテンションが低かったため、明るい雰囲気ではなかったのだ。
しかし、今のアダムの状態は悪いことではない。アダム自ら疑問を見つけ考えている。それはニューマンの最大の特徴を表していると言っても過言ではない。
アダムは必死に考えているが、俺の視点から言えば結構悩ましい問題だ。俺の視点から見れば、アダムや二号機以降に作製されるニューマンは兄弟機の一言で済ませることが可能だが、アダムの視点ではそうではない。
自分とほぼ同じ存在を子供と呼ぶべきか、あるいは兄弟姉妹と呼ぶべきか。些細なことだが、非常に興味深い悩みである。
「そうだな…。アダムはどう思っているんだ?」
「正直わからないかな。あたしの次に誕生するニューマンはあたしにとっては下の子っていう感じだけど、その子から見れば、あたしはマスターと同じ立場になるのかな…」
「あまり複雑に考えない方がいいと思うぞ。
これは俺がこうしてアダムと接しているからわかることだが、親と判断するか、子供として判断するかは開発者の対応によって変化すると思うぞ」
「ん?どういう意味?」
「アダムの対応次第ってことだ。
アダムは二号機をどう思っているかが重要ということだ。
逆に聞くが、アダムはどうしたいんだ?」
その質問にアダムは考えるために再び黙り込む。おそらくまだ答えが出ていないのだろう。俺もすぐに答えが出る問題ではないことは承知だ。
「今すぐ答えを出す必要はないさ。二号機が完成するまで時間がまだあるから、充分に考えな」
「うん。もう少し考えてから判断するねマスター」
未だ答えが見つかっていないアダムだったが、何も掴めず悩んでいた表情と違い、何かを掴んで悩んでいる表情は先ほどと違って晴れやかに感じた。
その後俺たちは普段通り、雑談をしながら帰るべき場所へと歩みを進めた。
プロトタイプを稼働させてから一週間後、とある人物の進捗が気になり、扉の前でノックをしていた。しかし、一向に返事が返ってこない。俺は溜息をつき、近くにいるアダムに声をかけた。
「どうしたのマスター?」
「何かあったのかね?」
「聖先輩は呼んだつもりはなかったのですが…。
丁度いいです。実は小林に性格の設定について進捗を聞きたいと思っていたのですが、ノックしても返事しないので困っていたところだったんです」
すると、聖先輩が小林の部屋の前でノックをする。しかし、うんともすんとも言わないこの出来事に不思議そうに首を傾けた。
「おかしいね。普段ならすぐに出てもおかしくないのにね。
アダムちゃん、何か知ってるかね?」
「あたしも小林さんから何も連絡をもらってないからわからないよ?
多分、作業に集中してるのかな?」
そうであってほしいと願っているが、万が一あいつらFRが何かしてきたのかと考えるだけで背筋が凍る。
しかし、そう簡単に侵入できるはずがない。セキュリティーは嘉祥寺が自信満々に万全だと言っていた。もしかしてこんな時間まで寝ているのかと思った直後、気の抜けた声が響き渡った。
「あれ?弁田君どうしたの?」
廊下から現れたのは髪の毛が濡れ、水滴が滴る小林だった。
パーカーを羽織り、水着に着替えていた彼女はどうやら今まで屋上のプールで泳いでいたようだ。
白藍色のビキニ水着は彼女のプロポーションを完全に活かしている。贅肉のない美しい四肢は雪のように透き通っている。聖先輩や白橋と比べて若干劣っているバストも彼女のスタイルを活かすために調整されたように感じる。
加えて、時折滴る水滴は彼女の胸元の隙間に滑り込み、自然とその谷間に注目せざる得なかった。
直後、俺の頬に痛みが走る。隣でアダムがムッとこちらを睨んでいる。どうやらあまりの美しさに見とれてしまったらしい。
「マスターってそういう人が好きなの?」
「ち、違う。ただ見惚れていただけだ」
「本当かね?怪しいね」
「聖先輩まで…。あまりからかわないでください。
それよりも、本題です。本題。
小林、性格の進捗はどうなんだ?そろそろ二号機が完成しそうなんだが…」
すると小林が少し悩んだような表情をする。まだ完成していないのかと不安に感じたが、その考えはすぐに小林の返答によって切り替わる。
「弁田君、一つ聞きたいんだけど…。二号機は堀田君がもらう予定なんだよね?」
「ああ、約束だから」
「なら、弁田君が答えてほしんだけど、
不思議ちゃんとちょっとヤンキーぽい子どっちがいい?」
「どっちがって、二つ作ったのか?」
「性格を考えている時につい、どんな子がいいかなって考えてたら…
って、そうじゃなくって!どっちの性格がいい?」
小林の美しい顔が若干崩れてたが、すぐにきりっとした表情に変化しながらも問い詰める。
ヤンキーか不思議ちゃんか。正直、どちらもよくわからない。俺は即座に直感的に判断する。
「ヤンキー?で。よくわからないがきっと堀田が喜びそうだ」
「オッケー。それじゃあ、持ってくるからちょっと待ってて。
あ、でもお風呂入ってからでもいい?」
「まあ、そこまで切羽詰まってないからな。
その性格を渡してくれることを忘れていなければいつでもいい」
すると小林は部屋に入って何かをもってそのまま下の階に向かって行った。先の発言通り、風呂に入りに行ったのだろう。このマンションの唯一の欠点は恐らく嘉祥寺自慢の大浴場が一階にあるということだ。
個人的には個室に用意すればいいのではと思ったが、建物は嘉祥寺が自由に決めてくれと言ったため文句はない。
余談だが、アダムは風呂に入れないことはないが、長時間の入浴はハードに大きなダメージを与えるから避けてほしいと中田が言っていた。
「さてと、何をしようか」
小林が色々している間に、俺も色んな準備をしなければならない。
アダムの学習レベルの確認テストの作成やプログラムのメンテナンス。この前中田と堀田に見せたニューマンコアプログラムの調整とアップデート、FRのレポート解析といった具合にやらなければいけないことが多々ある。
「たまには、あれも見ておくか」
アスクレピオスから託されたあのプログラムはここ最近音沙汰がなかった。最後に見た数値はマイナス値を出していたが、今はどうだろうか。そう思って俺はプログラムを起動しようとした。
「あれ?プログラムはどこだ?」
厳重なフォルダの中に保管してあったプログラムの存在が欠片もなかった。加えて、アスクレピオスの動画もない。誤って削除してしまったのかと思い、ごみ箱やコマンドプロンプトでそのデータを探すが見つからなかった。
同時に薄気味悪いとも感じた。
「どういうことだ?
何故、The・LostWorldが消えている?アスクレピオスの動画も存在そのものが消えている?
何が起きているんだ?」
ふと、俺は数年前PSに所属していた時、そのデータが保管されていたあのハードを思い出す。
それを探すためにアダムの制御部屋もとい俺の自室に入った。俺の自室はアダムが完成して以降、アダムのアップデートや新たなプログラムを更新するための場所となっている。
とはいえ、最近は自動で必要なプログラムやアップデートをしているため、それを目的として利用されることはない。
部屋の隅にはかつてアダムを開発していたサーバーが置いてある。このサーバーをラボに移動しようかと考えたが、アダムの頼み事としてこのサーバーだけはここに置いてある。
そしてPSに所属していた時に荷物も保管している。
「確かこれだ」
厳重に固定された箱はかつてアスクレピオスが何らかの手段を用いて送ってきたものだ。
丁寧にその箱を開け、俺は中身を確認する。
「どういうことだ?開けられた形跡やこの部屋に侵入したような痕跡はなかった。
なのに何故、デバイスが消えているんだ?」
唐突に未来を観測する手段を失った俺は予想外の事態に困惑を隠せなかった。
情報集め終え、調査地から離れていた寺田はスキップしながら帰っていった。
「いやー。いい情報と交換できたよ。
ぼくちんとしては情報さえ手に入れればあとはどうでもいいからね」
「それはよかった。俺としてもあんたとはトモダチとして付き合いたいからね。
教授も君の情報はかなり信頼してる。これからも、ヨロシクたのむよ」
「信頼だって?当然のことをいわないでよ。ぼくちんを挑発しているのかい?」
「おっと失言だった。
まあともかく、これからもよろしく。おいお前ら。お客様のお帰りだ。丁重に護送しろ」
寺田と話していたもの、ノアは部下を数名寺田の護衛につかせ、この場を後にした。
寺田の姿が見えなくなってからノアはスマホを取り出し、とある人物に電話を繋げる。
「もしもし?詐欺じゃないよ。え?進捗?まあそれなりと伝えておこう。
さて、早速本題だが、観察者はようやく探りに入ったようだ。その証拠に寺田を使って情報を探ってきた。まあ、関係を悪化するわけにはいかないから、それなりの情報を出しちまったが…。
ええ?後で始末書?全く、短期だなあんたも。
説教は後で聞くさ。それじゃあ、俺はまだやることがあるんでね」
煩わしい怒鳴り声が電話越しに響き渡ったがすぐに切る。その直後、別の電話が鳴り響いた。
ノアは着信相手の名前を確認すると口元が緩み、すぐに電話に出た。
「やあ、ごきげんよう。あんたから連絡とは、ずいぶん珍しいじゃないか?
何?指令?…はあ、あのさ、ここ最近俺を労わってくれない?北に行ったりして俺、疲労で死んじゃうって。あ?冗談はよせ?悲しんでるのに、それはないでしょう。
…まあ、冗談だけど。
それで、指令って何?」
電話から伝えられた指令に俺は大きく溜息を零す。ミッションの難易度はそこまで高くない。
だが、厄介であることは確かだ。だが、イエスしか返答はない。
「了解した。それじゃ任務を遂行する。だけど、一ついいかい?何故こんな意味不明な…って、もう切ってやがる。
全く部下の話を聞いてくれないかね?
だが、面白そうだな。さて、弁田君。君はどう動くかな?」
ノアはこの後の任務とその結果何が起こるのかを期待を胸に暗闇の街へと消えていった。
「いや、まだ性格プログラムは搭載してないって」
完成したプロトタイプにニューマンのAIを搭載した結果、堀田の思っていたニューマンとは異なる返答、初期のアダムの返答のように淡々とした回答しかしていないことに声を荒げていた。
「何故性格プログラムを搭載してくれなかったざんすか!?」
「完成してないからだよ。
文句は小林に言ってくれ」
「嘘ざんす!!」
「いや、断言すんなよ!?」
既に堀田はこの通り暴走気味である。アダムも必死に声をかけているが、一切耳に入らない。こうなった堀田を冷静に止められるのは嘉祥寺だけだろう。だが運がいいことにこの場には一人、彼を止められる人物がいた。
その人物は堀田の背後に回って首を締め上げる。すると先ほどまで暴れていた堀田がスッと大人しくなってその場で気絶する。それを確認した後、首を締め上げた人物、白橋は一息つく。
「よし。これで大丈夫よね?」
「よしじゃない。まあ、助かったけどさ。
一応確認だが、大丈夫なのか?」
「心配ないわ。軽く頸動脈を抑えて気絶させただけだし。
顔を叩けばすぐにでも起きるわ」
そういって白橋は遠慮なく堀田の顔をはたく。バシンっと明らかに強すぎる音に周囲の人たちは唖然としていた。
「なあ、弁田。俺様はあまり白橋のことを知らないが、もしかして怒らせるとやばいタイプか?」
「やばい。かなりやばい。
普段はともかく、怒ったときは口より先に手を出すからな」
「そうか…。うん、気をつけるとしよう」
普段から傲慢な中田も、彼女の迫力には恐怖を感じたらしく、メモ帳に白橋は怒らせないと記入していた。
アダムも白橋の行動に若干引いている。俺としては見慣れた光景だが、やはり初めて見る人は白橋のことをやばい人だと感じてしまう。
「…はっ!?そ、某は何を…」
「ようやく起きたわね。それじゃあ、後は頼むわ」
用が終わって白橋は溜息をつき、近くに椅子に座る。堀田は何が起きたのか理解できていなかった。ここでもう一度状況を説明すると再び堀田が暴走する可能性があるため、俺は詳細を若干省いて説明する。
「堀田。とりあえず、話を戻すが性格プログラムは完成したら伝えるからそれまでの間、このプロトタイプに学習をしておいてくれ」
「了解ざんす。
ところで、弁田氏。某は先ほどまでの記憶がないざんす。某は今まで何をやっていたざんすか?」
「普段通りはしゃいでたよ。厚くなりすぎて記憶がないんだろう」
「そうざんすか?…それもそうざんすね」
堀田が気にしないタイプでよかったと心の底から安堵し、俺はそそくさと堀田から離れる。また、同じような騒動になったら短気な白橋はきっと堀田の息の根を止めるだろう。
そうならないように現状、興奮剤になりえる俺はアダムと共に距離をとる。幸いなことに堀田はもう集中して声が届いていない。
「それじゃあ、俺は帰るからプロトタイプの調整が終わったらまた連絡してくれ」
「そんなこと、言われなくてもわかっている。
俺様達の作品。期待して待ってろ」
中田は嫌味を含んで返答するが、その返事は明らかに後は任せろと言っているに等しい発言だった。その言葉を信頼して、俺とアダムは研究室を後にした。
帰り道、俺は周囲を警戒して自宅に向かっていた。しかし、何かが物足りないと感じている。一体何が足りないのかと考えている時、ふと隣にいたアダムが話しかける。
「マスター。新しいニューマンってあたしにとって何だろう?」
「何だろうって…どういう意味だ?」
「あたしはマスターのことを父親っていう感じに思っているけど、新しく誕生するニューマンはあたしをなんておもうんだろうなぁーって」
そこで俺が何が物足りないか理解した。アダムが普段以上にテンションが低かったため、明るい雰囲気ではなかったのだ。
しかし、今のアダムの状態は悪いことではない。アダム自ら疑問を見つけ考えている。それはニューマンの最大の特徴を表していると言っても過言ではない。
アダムは必死に考えているが、俺の視点から言えば結構悩ましい問題だ。俺の視点から見れば、アダムや二号機以降に作製されるニューマンは兄弟機の一言で済ませることが可能だが、アダムの視点ではそうではない。
自分とほぼ同じ存在を子供と呼ぶべきか、あるいは兄弟姉妹と呼ぶべきか。些細なことだが、非常に興味深い悩みである。
「そうだな…。アダムはどう思っているんだ?」
「正直わからないかな。あたしの次に誕生するニューマンはあたしにとっては下の子っていう感じだけど、その子から見れば、あたしはマスターと同じ立場になるのかな…」
「あまり複雑に考えない方がいいと思うぞ。
これは俺がこうしてアダムと接しているからわかることだが、親と判断するか、子供として判断するかは開発者の対応によって変化すると思うぞ」
「ん?どういう意味?」
「アダムの対応次第ってことだ。
アダムは二号機をどう思っているかが重要ということだ。
逆に聞くが、アダムはどうしたいんだ?」
その質問にアダムは考えるために再び黙り込む。おそらくまだ答えが出ていないのだろう。俺もすぐに答えが出る問題ではないことは承知だ。
「今すぐ答えを出す必要はないさ。二号機が完成するまで時間がまだあるから、充分に考えな」
「うん。もう少し考えてから判断するねマスター」
未だ答えが見つかっていないアダムだったが、何も掴めず悩んでいた表情と違い、何かを掴んで悩んでいる表情は先ほどと違って晴れやかに感じた。
その後俺たちは普段通り、雑談をしながら帰るべき場所へと歩みを進めた。
プロトタイプを稼働させてから一週間後、とある人物の進捗が気になり、扉の前でノックをしていた。しかし、一向に返事が返ってこない。俺は溜息をつき、近くにいるアダムに声をかけた。
「どうしたのマスター?」
「何かあったのかね?」
「聖先輩は呼んだつもりはなかったのですが…。
丁度いいです。実は小林に性格の設定について進捗を聞きたいと思っていたのですが、ノックしても返事しないので困っていたところだったんです」
すると、聖先輩が小林の部屋の前でノックをする。しかし、うんともすんとも言わないこの出来事に不思議そうに首を傾けた。
「おかしいね。普段ならすぐに出てもおかしくないのにね。
アダムちゃん、何か知ってるかね?」
「あたしも小林さんから何も連絡をもらってないからわからないよ?
多分、作業に集中してるのかな?」
そうであってほしいと願っているが、万が一あいつらFRが何かしてきたのかと考えるだけで背筋が凍る。
しかし、そう簡単に侵入できるはずがない。セキュリティーは嘉祥寺が自信満々に万全だと言っていた。もしかしてこんな時間まで寝ているのかと思った直後、気の抜けた声が響き渡った。
「あれ?弁田君どうしたの?」
廊下から現れたのは髪の毛が濡れ、水滴が滴る小林だった。
パーカーを羽織り、水着に着替えていた彼女はどうやら今まで屋上のプールで泳いでいたようだ。
白藍色のビキニ水着は彼女のプロポーションを完全に活かしている。贅肉のない美しい四肢は雪のように透き通っている。聖先輩や白橋と比べて若干劣っているバストも彼女のスタイルを活かすために調整されたように感じる。
加えて、時折滴る水滴は彼女の胸元の隙間に滑り込み、自然とその谷間に注目せざる得なかった。
直後、俺の頬に痛みが走る。隣でアダムがムッとこちらを睨んでいる。どうやらあまりの美しさに見とれてしまったらしい。
「マスターってそういう人が好きなの?」
「ち、違う。ただ見惚れていただけだ」
「本当かね?怪しいね」
「聖先輩まで…。あまりからかわないでください。
それよりも、本題です。本題。
小林、性格の進捗はどうなんだ?そろそろ二号機が完成しそうなんだが…」
すると小林が少し悩んだような表情をする。まだ完成していないのかと不安に感じたが、その考えはすぐに小林の返答によって切り替わる。
「弁田君、一つ聞きたいんだけど…。二号機は堀田君がもらう予定なんだよね?」
「ああ、約束だから」
「なら、弁田君が答えてほしんだけど、
不思議ちゃんとちょっとヤンキーぽい子どっちがいい?」
「どっちがって、二つ作ったのか?」
「性格を考えている時につい、どんな子がいいかなって考えてたら…
って、そうじゃなくって!どっちの性格がいい?」
小林の美しい顔が若干崩れてたが、すぐにきりっとした表情に変化しながらも問い詰める。
ヤンキーか不思議ちゃんか。正直、どちらもよくわからない。俺は即座に直感的に判断する。
「ヤンキー?で。よくわからないがきっと堀田が喜びそうだ」
「オッケー。それじゃあ、持ってくるからちょっと待ってて。
あ、でもお風呂入ってからでもいい?」
「まあ、そこまで切羽詰まってないからな。
その性格を渡してくれることを忘れていなければいつでもいい」
すると小林は部屋に入って何かをもってそのまま下の階に向かって行った。先の発言通り、風呂に入りに行ったのだろう。このマンションの唯一の欠点は恐らく嘉祥寺自慢の大浴場が一階にあるということだ。
個人的には個室に用意すればいいのではと思ったが、建物は嘉祥寺が自由に決めてくれと言ったため文句はない。
余談だが、アダムは風呂に入れないことはないが、長時間の入浴はハードに大きなダメージを与えるから避けてほしいと中田が言っていた。
「さてと、何をしようか」
小林が色々している間に、俺も色んな準備をしなければならない。
アダムの学習レベルの確認テストの作成やプログラムのメンテナンス。この前中田と堀田に見せたニューマンコアプログラムの調整とアップデート、FRのレポート解析といった具合にやらなければいけないことが多々ある。
「たまには、あれも見ておくか」
アスクレピオスから託されたあのプログラムはここ最近音沙汰がなかった。最後に見た数値はマイナス値を出していたが、今はどうだろうか。そう思って俺はプログラムを起動しようとした。
「あれ?プログラムはどこだ?」
厳重なフォルダの中に保管してあったプログラムの存在が欠片もなかった。加えて、アスクレピオスの動画もない。誤って削除してしまったのかと思い、ごみ箱やコマンドプロンプトでそのデータを探すが見つからなかった。
同時に薄気味悪いとも感じた。
「どういうことだ?
何故、The・LostWorldが消えている?アスクレピオスの動画も存在そのものが消えている?
何が起きているんだ?」
ふと、俺は数年前PSに所属していた時、そのデータが保管されていたあのハードを思い出す。
それを探すためにアダムの制御部屋もとい俺の自室に入った。俺の自室はアダムが完成して以降、アダムのアップデートや新たなプログラムを更新するための場所となっている。
とはいえ、最近は自動で必要なプログラムやアップデートをしているため、それを目的として利用されることはない。
部屋の隅にはかつてアダムを開発していたサーバーが置いてある。このサーバーをラボに移動しようかと考えたが、アダムの頼み事としてこのサーバーだけはここに置いてある。
そしてPSに所属していた時に荷物も保管している。
「確かこれだ」
厳重に固定された箱はかつてアスクレピオスが何らかの手段を用いて送ってきたものだ。
丁寧にその箱を開け、俺は中身を確認する。
「どういうことだ?開けられた形跡やこの部屋に侵入したような痕跡はなかった。
なのに何故、デバイスが消えているんだ?」
唐突に未来を観測する手段を失った俺は予想外の事態に困惑を隠せなかった。
情報集め終え、調査地から離れていた寺田はスキップしながら帰っていった。
「いやー。いい情報と交換できたよ。
ぼくちんとしては情報さえ手に入れればあとはどうでもいいからね」
「それはよかった。俺としてもあんたとはトモダチとして付き合いたいからね。
教授も君の情報はかなり信頼してる。これからも、ヨロシクたのむよ」
「信頼だって?当然のことをいわないでよ。ぼくちんを挑発しているのかい?」
「おっと失言だった。
まあともかく、これからもよろしく。おいお前ら。お客様のお帰りだ。丁重に護送しろ」
寺田と話していたもの、ノアは部下を数名寺田の護衛につかせ、この場を後にした。
寺田の姿が見えなくなってからノアはスマホを取り出し、とある人物に電話を繋げる。
「もしもし?詐欺じゃないよ。え?進捗?まあそれなりと伝えておこう。
さて、早速本題だが、観察者はようやく探りに入ったようだ。その証拠に寺田を使って情報を探ってきた。まあ、関係を悪化するわけにはいかないから、それなりの情報を出しちまったが…。
ええ?後で始末書?全く、短期だなあんたも。
説教は後で聞くさ。それじゃあ、俺はまだやることがあるんでね」
煩わしい怒鳴り声が電話越しに響き渡ったがすぐに切る。その直後、別の電話が鳴り響いた。
ノアは着信相手の名前を確認すると口元が緩み、すぐに電話に出た。
「やあ、ごきげんよう。あんたから連絡とは、ずいぶん珍しいじゃないか?
何?指令?…はあ、あのさ、ここ最近俺を労わってくれない?北に行ったりして俺、疲労で死んじゃうって。あ?冗談はよせ?悲しんでるのに、それはないでしょう。
…まあ、冗談だけど。
それで、指令って何?」
電話から伝えられた指令に俺は大きく溜息を零す。ミッションの難易度はそこまで高くない。
だが、厄介であることは確かだ。だが、イエスしか返答はない。
「了解した。それじゃ任務を遂行する。だけど、一ついいかい?何故こんな意味不明な…って、もう切ってやがる。
全く部下の話を聞いてくれないかね?
だが、面白そうだな。さて、弁田君。君はどう動くかな?」
ノアはこの後の任務とその結果何が起こるのかを期待を胸に暗闇の街へと消えていった。
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