Another Dystopia

PIERO

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2033年2月 情報蒐集家の惨状(上)

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 人間には必ず気が合わない奴や苦手な奴、極端な例だが敵意殺意を持つ人間がこの世に一人は絶対にいる。俺の場合、寺田伊沙武てらだいさむがそうだ。
 俺からの印象を一言で表すなら、彼は控えめに言って屑だ。きっと白橋も同じ意見だろう。しかし、理由は不明だが嘉祥寺や堀田といったHOMEメンバーでは以外にも評価が高い。これは後で聞いた話だが、俺が会社に入社していた頃、嘉祥寺と寺田は銀座の飲食店へ食べに行ったらしい。

 そして二月の上旬、寺田の都合が整ったため、俺は嘉祥寺の行きつけの喫茶店、とあるメイド喫茶にて待ち合わせをしていた。

「案の定、待ち合わせ時刻に来ないか…」

 待ち合わせ時刻から一時間経過したが、現れる気配すらない。学生の頃からそうだったが、寺田は時間にルーズすぎる。というか、守ったことがない。しかも、本人は罪悪感すら感じず、遅刻してきたという意識すら持っていない。加えて、こちらが遅刻した時はねちねちとしつこく文句を言われる。
 中でも一番ひどかった例は忘年会の参加確認をした翌年後に参加すると返信が来たことだ。これには流石に怒りを通り越して呆れてしまった。

 このまま帰ってしまおうか。そう思って席を立とうとした直後ようやく奴が現れる。
 髪は金髪に染め、サングラスをかけている。くちゃくちゃと何かを噛んでいるのか口元を動かしながら周囲を見渡す。すると俺を発見したのか、ゆっくりと席に向かって行った。

「久しぶりだな。何分遅刻していると思っている?」

「このぼくちんに時間などという縛りの概念は存在しないのさ。縛られる君らが悪い。
それはさておき、弁田は前に会った時よりも体重が3.895キログラム痩せたか?身長は0.2ミリぐららい縮んだな。そして相変わらずの童貞か。
ついでに今朝食べたご飯は相も変わらずパンとあのまずいコーヒーか」

「うっせえ。個人情報をべらべらとしゃべるな。この不審者が」

 立っているだけで不審者という二つ名の由来の一つがこの口の軽さにである。
 寺田の口の軽さはちり紙のように軽い。万が一重要な情報を教えてしまえば翌日には身内どころか第三者まで知られているだろう。
 ならば寺田と喋らなければいい。確かにその判断は間違いではない。しかし、寺田の場合は話が別である。
 二つなの由来のもう一つの理由であり、最大の要因。それは寺田自身の人間観察力である。嘉祥寺も似たような観察眼を持っているが、彼の場合は真偽や真相に辿り着くことに特化している。
 一方で寺田の持っている観察眼は先の会話の通り、一目見ただけで肉体の変化、体調、何をしてきたかなど、現状の情報を全て明らかにする。その気になればあらゆる秘密を洗いざらい開示することもできるだろう。

「さっさと要件を済ませたい。話を聞け」

「ほう。あのメイドはBカップか。あっちは…Gだな。なるほど、嘉祥寺のセンスも悪くないな。
最も、ぼくちんの好みとは全く合わないけど。
そしてあのメイドは…5人か」

「おい、話を聞いているのか?」

「え?聞く必要ある?ぼくちん、弁田程度の人間に縛られるなんて御免なんだけど?」

 俺は怒鳴りたい気持ちを抑え、怒りを腹の中に戻す。見ての通り、寺田は基本話を聞かない。加えてこの観察眼を利用して女性ばかり目をつけている。しかも獲得した情報をメモに書きながら。
 警察に突き出せば一発で逮捕されてもおかしくないだろう。最も、その程度で逮捕されるなら今頃寺田は刑務所に入っていると思うが。

「元々嘉祥寺の頼みで来たんじゃないのか?」

「あー。そうだね。ぼくちんとしたことが忘れてたよ。
でも、この場に嘉祥寺いないじゃん。ならさっさとぼくちんにご飯を奢ってさっさと消えてよ」

「おい。流石に堪忍袋の緒が切れるぞ?いい加減にしろよ」

「ん~。別に弁田程度が怒ったところで程度が知れてるからね。全然怖くない。
ぼくちんが唯一恐怖するとしたら白橋か小林だね。白橋は特に怒ったときはぼくちんが逃げるよりも先にとどめ刺しに来るからね。
小林は彼女自身は怖くないけど、周りが非常に怖いからね。前やらかして一度指切ったよ…。
あれは痛かったなー」

 そういって縫われた跡が残っている人差し指と小指を窓から差し込む日光に当てながら話を続け-+る。

「んで、弁田は怒ってもそこまで迫力がないし…。というか、そこまで怒られても別にいいっていうか…なんというか。まあ、ぼくちんにとってどうでもいんだよね。
だから、さっさと要件を言って、飯を奢って消えてくれない?」

 我ながらよく怒りを耐えていると思っている。こんな自己中の存在に怒りを抑えている俺自身に褒めたいと感じる。常人なら激怒しておかしくない。
 俺はそんな怒りを耐えつつも、こんな自己中に頼み込む。

「力を貸してくれ。
お前の情報力が必要なんだ」

「断る。何故弁田ごときに手伝わなければならない。
第一、手伝うメリットがない。そんな要件で呼び出したなら、ぼくちんはもう帰る」

 そういって寺田は席を立つ。このまま何も言わなければ本当に帰ってしまうだろう。だからこそ俺は寺田にとって唯一、耳を傾ける言葉を呟く。

「いいのか。おそらく、このまま帰れば嘉祥寺だけじゃなく、元『HOME』のメンバーも危うい。下手すれば命を落とす可能性にもなるぞ?」

 寺田の歩みが止まった。彼が話を聞かせる唯一の言葉。それは『HOME』のメンバーに関することだ。嘉祥寺含む所属していた四人とって『HOME』というサークルは特別なものらしい。そしてそれは寺田も例外ではない。先ほどの態度と一変し、少し興味を持ったのか寺田は歩みを戻し、席に座る。

「気が変わった。ぼくちんの気分が変わらないうちに本題を言って」

「単刀直入に言うと、この組織について情報が欲しい」

 俺はメモ帳にFRの名前を書いた紙を渡す。すると今までそっけなかった寺田の表情が一変する。

「この組織の名前はどこで聞いたんだ?」

「口が軽い寺田に言うわけないだろ。
俺が言えるのは、それを調べろ。そうしないと『HOME』が危ないってことだけは言っておく」

 すると寺田が沈黙する。俺の予想ではもっと口論と嫌味を言い続けると思っていたが、あっさりと沈黙する。それが逆に不気味に感じる。すると寺田は何も言わずに席を立つ。

「不服だが、調べてはやる。ただ、情報が手に入ると思うなよ。
弁田聡。一つ言っておくことがある。お前が調べろと言ったこの組織は相当根が深いぞ?」

 その一言だけ残して寺田は店を後にする。根が深い。あのファイルを見て予想はしていたが、寺田という情報屋の言葉の重みは内に潜めていた恐怖が徐々に沸き上がった。

「根が深いか。一体どういう意味なんだ…」

 寺田が残したその言葉の意図に俺はただ考えるしかできなかった。



 寺田と会合してから数日後、アダムから二号機のプロトタイプの調整が終わったことを聞き、一度研究室に赴こうとしていた。

「それでね!最初は中田さんに色々聞いて自宅でも勉強していたんだけど、やっぱり難しくて…。そしたら堀田さんが優しく説明してくれたんだよ!」

「へぇー。意外…いや、堀田の性格を考えればアダムに対して優しくなるのは当然か」

「あ、そういえば最近白橋さんが来るようになってから研究室が綺麗になったんだよね!
その際、あたしも『アダム、ああいう人たちと一緒にいるならせめて距離を考えなさい』って言われちゃった。
マスターはどういう意味だと思う?」

「あー。知らん。まあ、アダムのために言ってやったんだ。
全く仕方ないが、自分なりの答えを見つけてくれ」

 アダムと雑談しながら研究室に向かって行く途中、ふと研究室から最も近い自販機の地点で歩みを止め、周囲を見渡す。
 前回、拉致られた時、常にこの場所に来たときは念入りに警戒している。いつ誰が話しかけてくるかわからない。正直、自分自身でも病気の一種だと思ってしまう。事実、拉致られて帰還した直後はあの時の出来事が時々フラッシュバックしてしまうことがあった。
 しかし、今は一人ではない。空いた手を握ってくる人物が隣にはいる。

「マスター、大丈夫だよ。周りにはあたしとマスターしかいないから」

「…そうだな。いつもすまないな」

「大丈夫!マスターの役に立っているならあたしも嬉しいから!」

 嬉々とした表情で人工の八重歯を見せながらアダムは俺をはげます。正直、その仕草一つで俺の心はいつも救われている。
 次に何が起きてもきっとアダムが、嘉祥寺が、白橋が、みんなが助けてくれる。そう確信しているからこそ、俺は安心することができる。
 一息深呼吸して俺は研究室に到着する。アダムはなれた手つきで研究室のロックを解除して隠し扉を開けた直後、大きな物が落ちたような轟音が響き渡った。
 俺は一体何がと興味を持ち、地下室へと降りる。研究室に入ると、転がったニューマンのプロトタイプと尻もちをついた中田と誤っている白橋がいた。

「これは…一体どういう状況だ?」

「あら。久しぶりね弁田君。丁度良かった。今、このプロトタイプを運んでいる最中だったのよ。
ただ、すごく重くて二人じゃあどうしようもなかったのよ」

「それで、無理やり運ぼうとしたら中田が転んだわけか。怪我がなくて何よりだ」

 中田は不満そうな表情をしていたが、ひょっこりと現れたアダムが現れた直後、その不満はすぐに消え、膝についた埃を払う。

「おい、弁田。状況が分かっているなら、さっさと手伝え。何ならアダムも一緒に運んでみるか?」

「いいの!でもあたし、そのテストはあまり得意じゃないんだけどなぁ…」

「心配するな。二人だからバランスが悪かったが、弁田も加わって四人なら問題ない」

「俺も手伝うにカウントしているのかよ。堀田はどこ行ったんだ?」

「堀田はマシンの調整中だ。だからさっさとお前も手伝え」

「全く仕方ないな。
俺は力仕事は得意じゃないぞ」

 俺とアダム、中田に白橋の四人の力で何とか実験場にプロトタイプを運んだ俺たちはひと汗を流す。俺と中田は息を切らしていたが、白橋だけは汗一つ流さずアダムと仲良く話していた。
 流石体育会系と思いつつも俺は視線を堀田に向ける。かなり集中しているのか、堀田はいつも通り俺が来ていることに気が付いていない。
 デスク画面を見ながら何かを打ち込んでいた。するとすぐに調整が終わったのか、堀田は背を伸ばし、周囲を振り向く。

「あれ、アダムたん。いつの間に来ていたざんすか?」

「さっきだよ。今日はかなり集中してるね!どんな状態なの?」

「初めてアダムたんを搭載させる手前まで来たざんす。後はAIを搭載して徐々に調整すれば完了ざんす」

「ああーあれかー。あれは今思えば一番つらかったな~」

「あ、それと、白橋氏に報告が一つあるざんす」

 突然話題を振られ白橋は一瞬だけ驚く。

「報告?あなたが私に対して?もしかしてあの件についてかしら?」

「察しがいいざんすね。
白橋氏が設計したあれの件ざんすが、いくつか不明な点があったからこのテストが終わった後で聞きたいざんす」

 白橋はそれを了承するとアダムと話しかける。あれとは?と思い、俺は白橋に直接聞く。

「白橋。あれってなんだ?」

「ああ、そういえば弁田君に伝えるのを忘れていたわね。
以前言ってたテレポーターの設計図についてよ。流石に私の知識だけじゃあ、すぐに完成しないから堀田の知識を借りているのよ」

「意外だな。嫌っているから頼らないと思っていたが」

 すると白橋は渋い表情で堀田を睨んだ。

「大っ嫌いよ。過去にあんなことされて許すわけないわ。
でも、私情と仕事は別。そういうのはちゃんと割り切ってるわ。あいつはそんなことすら考えていないでしょうけど」

「そ、そうか…」

 その気迫に一瞬怯み、今聞くべきではないなと一度話を切り上げる。次に堀田にプロトタイプの進捗を聞きに向かう。

「堀田。プロトタイプの進捗はどうだ?」

「おお!!弁田氏!いつの間に来たざんすか」

「相変わらず気づいていないのか。
俺ってもしかして影薄いのか?まあいい。アダムと一緒に来てたよ。
それで進捗はどうだ?」

「さっきアダムたんにも伝えたざんすけど、ほぼ完成したざんすよ。
後はAIを搭載して徐々に学習を繰り返すか、某たちが今まで取ったデータから情報をロードすればそれなりに機能するざんす」

「そうか。なら、これを持ってきて正解だったな」

 俺は手持ちの鞄から厳重に保管してあるUSBを堀田に渡す。堀田は不思議そうにそのUSBを見ているが、それを無視して俺はそのUSBの説明をした。

「そのUSBには俺が一から組み立てたニューマンのAIが圧縮されている。そのデータを解凍して、ニューマンコアに情報を移して性格を設定すればすぐに起動する。
このままでも使えなくはないが、圧縮されているデータはアダムが人格プログラムを搭載するまでに体験した出来事までだから、機能面に関しては期待しない方がいい」

「このデータを借りてもいいざんすか?」

「構わないが、ちゃんと返せよ。
これがなくなるとニューマンが作れなくなるからな」

 すると堀田は再びデスクと向き合い作業を始めた。しばらくは話しかけても気づかないだろう。
周りを見てみると、アダムは誰かと電話し、中田は飲み物を飲んでいる。白橋は机に座って設計図を描いている。
 しばらくやることがないと悟った俺は近くに椅子に座ってプロトタイプの調整が終わるまで待つことにした。
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