Another Dystopia

PIERO

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2032年10月 記憶の追走(上)

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この現状に俺は頭を抱えるしかなかった。
 そりゃあ、元のアダムの口調と比べれば親しみやすさは増したが、あそこまでフランクになると少し複雑な気持ちになってしまう。何より俺はアダムを今まで男性のように接してきたため、突然の性別変更に戸惑いを隠せなかった。

「はぁー」

「我が戦友よ。
著しく精神異常が乱されているが大丈夫か?」

「うん。問題ない。
…ただ俺が想像していたのとは違った性格だったことに違和感を感じているだけさ」

 前の世界では敬語を使ったロボットが一般的だった。俺がかつて作成したアスクレピオスですら最低限の敬語はあった。俺はアスクレピオスを子供のように接してきたが、厳密にいえば上司と部下の関係に近いだろう。
 だが、このアダムは明らかに違う。上司と部下という関係ではない。突然妹ができたような気分になる。
 やはり堀田に任せたのは失策だったかと後悔する。確かに人格的には問題ない。世間的にも大抵の人格者には受け付けるだろう。実際に女性陣に対してもかなり好印象だ。佐夜に至ってはアダムと一緒に写真を撮っている。
 だが、俺個人としてはナンセンスだ。しかし、この現状を引き起こした原因は全て相手の責任ではない。佐夜はきちんと責任もって仕事をしたし、どんな性格になっても問題ないと言ったのは俺自身だ。堀田に関してもそうだ。言われた通りちゃんと判断してくれたおかげで問題ない性格だ。

「マスター?難しそうな表情で何を考えているの?」

 事実、写真を撮り終えたアダムは俺の様子を心配してラボに保管されているインスタントコーヒーを渡している。その無垢な表情と愛くるしい様子は俺の些細な悩みなど全て吹き飛ばした。

「災い転じて福となすか。
全く仕方ないが、これはこれで悪くないか」

 とりあえず注がれたコーヒーを口にする。直後、俺はそのコーヒーに違和感を感じ取り、即座に飲むのをやめる。アダムは不思議そうな表情で俺を直視していたが、俺が感じた違和感を伝える。

「アダム。水のまま注いでもおいしくないぞ?」

「え?でもマスターは普段この容器に似たポットから水を注いるよね?」

 …多少抜けている部分もあるがそれはこれから教えればいいだろう。早速アダムにポットの使い方を教え、アダムは再びコーヒーを作り直し始める。するとポットに興味を持ったのかお湯が沸くまでの間ずっとそれを見続けている。その様子はまるで…。

「まるで子供のようだなんて考えているのか戦友」

「まるでじゃなくてそのまんまだ。だが、悪くない」

「戦友よ。
まさかとは思わんが、そういう趣味を…」

「誰がロリコンだ。感覚的には妹だ」

「ではシスコンか。
まさかとは思わんが…」

「そのくだりを繰り返すな。
話が終わらなくなる」

 嘉祥寺のくだらない問いかけに即答し、頭の中を真っ白にした後、これからのことを考える。
 第一にアダムをどうするかだ。
 見ての通り、今まで学習してきた知識はあるが、それだけであり、人間の生活に順応するのに多少の時間がかかる。先ほどのポットの件がいい例だ。しばらく誰かと一緒に過ごして学習させる必要がある。というわけで俺は一つの考えに至った。

「よし、この場にいる全員集合」

 今まで散らばっていたメンバーが全員そろった。周りを見渡すと、嘉祥寺、白橋、中田、堀田、佐夜そしてアダムと計画初期に比べて少し仲間が増えた。

「議題に入る前にまず一言だが、アダムのことはまだ誰にも言わないでほしい。インストールこそ完了したが、まだ完成とは程遠い。この段階で情報漏洩すると致命傷になるし。計画が崩壊する可能性があるからな」

「当然だな。最も、俺様と堀田の技術をそう簡単に理解できるとは思わんが」

「確かに国内なら、中田と堀田の実力はトップクラスだろう。
だが、世界は広い。アメリカ辺りはハードだけなら真似できると思うぞ。
話が脱線したが、議題は単純にアダムをどこで預かるかだ」

「あら、別に弁田君の自宅でもいいじゃないかしら?」

「インストールする前はそう考えていたが、佐夜が設定した性格と中田たちが作ったボディを見るからに明らかに女性だ。
女性らしさという概念を最短で学ぶには実際に行動して覚えることが一番効率的だ」

 性格設定を作成した佐夜には悪いが所詮設定であって、実際に学んだわけではない。事実、インストールした時に初めて発した言葉使いに俺は若干違和感を感じた。

「というわけで白橋か佐夜のどっちかで預かってもらおうかと考えている。
勿論二人の意見を聞いてから最終的な判断を出すがな」

 その言葉に白橋と佐夜は考え始める。無理もない。いきなり居候を一人家に泊まらせてなおかつ女性らしさを覚えさせてくれと言っているのだ。加えて佐夜は住んでいるスペース的に難しいだろう。

「今すぐと結論は出さなくていい。二人とも難しいなら、全く仕方ないが俺のマンションに住ませるさ。学習も、時間がある限り俺が面倒みる。それじゃあ、次だが」

「ちょっと待つざんす。弁田氏!」

 声を荒げて意見を発言したのは堀田だった。なんとなく嫌な予感を感じた俺は堀田の待ったの意味を聞く。

「何故女性だけだと決めつけるざんす。別に男性が教えてもいいざんす」

「それでもいいが、男性陣の事情を考えてみろ。俺は一人っ子でそういう教育は専門外だ。嘉祥寺は本職で忙しく、そういう暇はない。お前は論外。となると安心して預けることができる人物なんて自然と限られているだろ?」

「中田氏はどうざんす?あと、某が論外は心外ざんす」

 その意見に中田は渋そうな表情に切り替わる。教育したことがある俺だからこそわかるが、中田はきっと教えるのがかなり下手。要点だけ伝え、致命的なところを教え損ねる。しかも相手が理解しているという前提で話を進めるから質が悪い。

「中田もだめだ。それ以前に、中田と堀田にはアダムを搭載したデータを収集する必要があるから教育なんて暇はない。
これ以上、文句をいうなら、この場でアダムの設計図について語ることになるが…」

 その発言に堀田はぐうの音が出なかったのかそれ以上追及しなかった。その事実をこの場で伝えれば間違いなく佐夜や白橋から女の敵として目を付けられることは間違いないからだ。
 この場に女性陣がいるから詳しくは語れないが、中田からこっそりもらった設計図を見せてもらったところ、アダムが搭載されているこのニューマン。どういう思考回路で性感帯を付属させているのだ、つまり、やろうと思えばやれるのだ。蛇足だが、その機能は堀田が独断で付属したらしい。

「まあ、なんだ。私情もあるが、アダムは貴重な初号機なんだ。丁重にしてほしんだ。
悪いがその辺察してくれ」

「うぐ…。わかったざんす。まあ、その気持ちは理解できるざんすからね」

「そう捻くれるな。アダムの学習とデータ収集が完了して二号機を造ることになったらにその本体は自由に教育してもいいからさ」

「その言葉忘れるなざんす。じゃあ、さっそく作成するざんす。行くざんすよ中田氏」

 たった一言でやる気を出した堀田はラボに戻っていった。中田はそんな堀田を見て呆れながらもついていく。なんやかんやでやっぱり仲は悪くないのだろう。

「じゃあ、二人も作業に戻ってしまったことだし、解散するか。
白橋と佐夜は後で連絡を寄こしてくれ」

 そこで俺たちは解散する。白橋と佐夜はアダムのところへ行き、再び雑談を交わしている。そういう体験もアダムにとって貴重なデータだ。是非体験して学習して欲しい。

「嘉祥寺はもういないのか。まあ、多忙だから全く仕方ないと言えば仕方ないが…」

 嘉祥寺はこの後用事があるのかすぐにラボを後にしていた。確か嘉祥寺のこの後の予定は株主総会があるなどと呟いていた記憶がある。幸い、会場は東京駅の高層ビルで行われるらしいので遅刻することはまずないと言っていたから多分大丈夫だろう。
 ふと俺はとあることを思い出し、アダムと会話している白橋に話しかけた。

「盛り上がっているところ悪いが、白橋ちょっといいか?」

「何かしら?」

「会社について少し相談だ。少し離れたところで話したい」

 会社のことと言われて白橋はアダムから離れ、アダムと話している佐夜から聞こえない場所に椅子を二つ置き、それぞれに座った。

「言っておくけど、前置きとかはいいから。さっさと本題を話なさい」

「助かる。じゃあ、本題。スカウトの状況についてどうなっている」

「全くお手上げよ。新しい会社よりも今の職場でキャリアアップしたいとか給料がこっちのほうがいいとかそういう理由で断れているわ。まあ、わかってたけど」

 完全に諦めている白橋は既に白旗を挙げていた。確かに給与の点に関して言えば白橋が務めている金融企業がかなり高いだろう。白橋のように元々転職する予定だったり、職種が合わなかったならまだしも、普通ならば数年で転職しようなどとは考えないだろう。

「そうか。なら、スカウトはもうやめにしよう。白橋にとっても時間の無駄だろう」

「まあ、確かに。そんなことしているなら、私も何か作りたいと考えているし。でも、設計図をなくしたからもうそれもできないけど」

 白橋の一言に俺は一瞬理解できなかった。俺は嫌な予感を感じながらも白橋に質問する。

「なあ、その設計図ってなんの設計図だったんだ?」

「えっと。あんまり詳しくは覚えていないんだけど、確か新しい乗り物だったはず。でも、理論とか現実的な技術じゃなかったからただのガラクタに過ぎないわよ」

「ちなみに、その設計図の名前は?」

「確かテレポーターだったかしら?あんまり覚えていないわ」

 ここに来てようやく俺の疑問が一つ晴れた。どうやら前の世界と違ってテレポーターの設計図をなくしてしまったことによってその技術が失われてしまった。その結果、現代にない。当然と言えば当然の結果だ。
 俺は少し期待して白橋に尋ねる。

「ちなみに、その設計図を再現することはできるか?」

「できるわけないじゃない。あんなのただの落書きよ」

 少しだけ落胆する。まあ、この技術がなくても問題ない。なければ別の手段で補えばいいだけの話だ。

「それで、話は終わりかしら?」

「ああ。まあ、聞きたいことは聞いたからな」

「そう。じゃあ私からも一つ聞いてもいい?」

「おう。何だ?」

「私に隠し事していない?それもとびっきりの秘密を」

 意外と察しがいいなと感心した俺の反応に白橋は見逃さず鋭く俺の瞳を見つめている。反応の仕方が仇となったかと後悔したが既に時遅く白橋は質問から尋問に切り替わり話を続けた。

「やっぱり。ここ最近会ってないから違和感を感じたけど、弁田君何かあったの?」

「別に何も。多分前の職場でクビにされたからじゃないか?」

「ふーん。これは私の勘だけど多分つい最近何か秘密が漏れたんじゃないの?それも会社に関わる重大な秘密的なものを。あるいはそれに匹敵する何かとか」

 本当に鋭いと感心するしかない。しかし、勘で疑問に思っているからこそ白橋は一体何に対して疑問を感じているのかわからない。下手に話してぼろを出すわけにはいかない。沈黙が続き、白橋が大きな溜息を吐く。

「そこまで話したくないなら別にいいわよ。私だって確信があって聞いたわけじゃないわ」

「すまん。助かる」

「でもこれだけは確認してもいい?その秘密は私たちが知る必要がある秘密かしら?」

 回答に悩む。白橋は恐らく心配して聞いているのだろう。下手な返答をして余計に心配させてしまったら彼女にも大きな負担かかってしまう。
 だから俺は最低限の返答をするしかなかった。

「知る必要はない。これは多分、俺自身の問題だ」

 ぶっきらぼうにしかし、その言葉の意味を本当の意味で理解した時、白橋はどんな反応を見せるだろうか。俺はそのまま逃げるようにラボから出て行った。



 ラボから少し離れた自販機でコーヒーを購入し、空をただ眺めていた。長かった残暑も終わり、今は適度な風が吹いている。天気予報では近日中に遅めの秋雨前線が日本に上陸すると発表していたがその兆しが一切ない。その証拠に今眺めている空は雲一つない。文字通り快晴だ。
 このまま少し外の空気を吸ってからラボに戻ろうかと考えた時、ふと声を掛けられる。

「やぁ、コンニチワ。調子はいかがかな?」

 その人物はフランクに俺に話しかける。身長は俺より高い。おそらく百八十はあるだろう。服装は一瞬スーツのように見えたがどうやらカジュアルスーツだった。容姿もおそらく嘉祥寺とおなじくらいに美形で肌は恐ろしく白い。金髪からおそらく白人だろう。
 俺は突然話しかけられて少しだけ警戒するがその様子を面白がってその人物は腹を抱えて笑い始める。

「おいおい。ちょっと話しかけただけで警戒するなんて案外シャイだな。まあ、突然話しかけられたら警戒するのは当然か」

「当り前のことに納得しないでくれ。というか、あんた誰だよ」

「おっと失礼。自己紹介がまだだったね。まあ、名乗るほどじゃないよ。そうだな…ノアとでも言っておこうか」

「ふざけているのか?ちゃんと名前を言えって言っているんだ」

「ひどいなあ。こっちはちゃんと自己紹介しているつもりさ。さっきのは冗談だ」

 カラカラと笑いながらその人物はからかってくる。正直言って不快だ。俺はすぐにその場から去ろうとする。

「おや?行くのかい弁・田・聡・」

 俺は歩みを止めた。瞬間、俺の心音が脳に轟始める。何故俺の名前を知っているのか。何故気安く俺の前に現れたのか。全て油断していた。俺は振り返り何かを言おうとしたがそれは叶わなかった。
 バチりと何かが迸る音が響くと同時に俺の意識は混濁を始めた。痛みを感じる暇もなかった。そこで俺は遅かったと悟った。

「あ…うあ…」

「おや?ちょっと効きすぎたかな?まあ、気絶できるように改造したから当然か。今度はもうちょっと出力を抑えるとしよう」

 それが今日最後の俺の意識だった。消えていく意識の中、俺はできればあのラボの仲間たちに被害がないことを祈るしかなかった。
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