Another Dystopia

PIERO

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2032年8月 秘匿者の感情(上)

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 レポートを読み込み、敵の計画ともいえるものを発見した俺は嘉祥寺に相談しようとしたが、運悪く嘉祥寺は別件のため、今月中は長時間話し合うことができないそうだ。

「嘉祥寺が来るのは来月か。
まあ、あいつも仕事があるから仕方ないか」

 こればかりは仕方ないと諦め、俺は止まっていたアダムの開発に着手する。とはいってもニューマンに関するプログラムの改良点はほとんど終えてしまった。AIのレベルだけならばタイムリープする前のニューマンと遜色はない。欠点を挙げるとするならば学習経験が不足している点だが、それを行うためのハードもまだ完成していない。6月に頭部だけは形にはなったがそれも今は中田たちが所持しているため、データも取れない。
 つまり、やることがなく暇なのである。

「ここまで何もないのは久しぶりだな。
ここ最近はファイルを解読するにも疲れたからな。
たまには何も考えずゆっくり過ごすのも悪くないか」

 俺は暇つぶしに『The・LostWorld』を起動させ数値を観測する。
当然だが、値に変化はない。しかし、一つの疑念を感じた。

「そういえば、タイムリープする前の世界だと数年後にはニューマンの他にもう一つ、何かあったはずだよな。
確か…そう、テレポーターだったな。そろそろ話題になってもおかしくないと思うが」

 そう思い、俺はネットのニュースから新聞記事、掲示板、噂まであらゆる情報を探してみる。しかし、驚くことにテレポーターという言葉どころか、その研究をしているという情報すらも見当たらなかった。
 テレポーターの基盤となる技術を開発したのは白橋だったが、テレポーターに関する相談どころか単語すらも聞いたことがない。本人に確認するのが一番手っ取り早いが、今は仕事中だ。そう簡単に会えるわけがない。

「タイムリープしたことによって歴史にずれが生じたのか。あるいは俺が本来進んでいる道と異なったために改変が起きてテレポーターという存在そのものが消えてしまったのか。
どちらにせよ、テレポーターがないと色々困るな」

 あの乗り物に乗った回数は片手程しかなかったが、素晴らしいと表現するほかなかった。
 東京から大阪まで五分と足らずに移動できる。加えてまだ技術的進化の可能性を秘めている。現に俺はテレポーターの応用でタイムリープマシンを完成させた。万が一とは考えたくないが、タイムリープマシンを作成しておいても損はない。最も、それはテレポーターがあればの話だが。

「まだこの世界に誕生していない技術に頼るのは危険だな。
テレポーターの代行があれば心強いが…。全く仕方ないが、別の対抗策を考えるべきだな」

『マイマスター。今日はどのように過ごす予定でしょうか』

 突如アダムに話しかけられ、俺は少しだけ驚く。
だが、それも一瞬だけであり、咳を一つすることで落ち着きを取り戻す。

「そうだな、今日はほとんどやることが思い当たらないからな…。
いや、待った。お前の機能を重視して肝心なことを忘れていた」

『肝心なこととは?』

「性格だ。人間に近い思考能力を持っているというのならば、それなりの性格プログラムを導入するべきだった。だが、俺一人ではそれは叶わないか」

 プログラムそのものを作成することはそう時間がかかることではない。というより、既に導入しているのだ。初期設定ではあるが、現在アダムに導入しているプログラムは基本的に何もいじっていない真っ白な状態なのだ。そのため、常に返答は機械的かつ無感情で会話してきたのだ。
 数年後に商品として実装されるならば、その人格を定める必要がある。だが、言うがごとし。そう簡単に実行できるわけがなかった。

「数年程度の人付き合いで性格が変化することはあるが、それでは完成まで時間がかかりすぎる。成人、せめて高校生レベルの会話能力と性格を導入する必要があるな」

 細かい問題はあるが、最大の問題はその人格を誰が作るかという点に限る。俺や白橋、中田は人格を設定できるほど細かい調整はできない。嘉祥寺や堀田は性格がアレなのでややこしいことになってしまう。
 人格を設定する専門が必要だ。そう考えた俺は誰かいないか考えるが、学生の友人にそんなことができる人物はいない。どうすればいいのかと考えていると机の上に置いてある電話が鳴り響く。それを手に取り俺は通話を始めた。

「もしもし」

『俺様だ。ようやくプロトタイプが完成したからさっさと来い』

 その一言だけしか伝えられず、電話が切られる。自分のことを俺様と呼ぶ知り合いは中田しか知らないが、そいつがどこにいるか全く知らないのにさっさと来いとはいい度胸である。
 通話を一方的に切られて三十分後、再び電話が鳴る。着信画面を見て中田であることを確認すると再び通話を始める。

「もしもし」

『おい、何で来ない』

「名前も言わない、どこに向かえばいいのかすらも言わない、何より礼儀がなってない。最低限を守ってから連絡しろ」

 ブツリと電話を切る。直後、再び中田から連絡が来る。

「もしもし」

『中田だ。お前に見せたいものがあるから、さっさと開発室にこい』

「開発室があるなんて初耳なんだが。一体どこにあるんだ?」

『今から住所を教える。場所は…』

 中田からの伝言をメモして俺はアダムを搭載したスマホと一緒にその場所へ向かった。中田の声を聴く限りにはよほど興奮していたが、果たして何が完成したのか少しだけ興味を持っていた。



「遅かったな。道にでも迷ったか?」

「迷ったさ。てか、何であんな場所に研究室を建てたんだ?」

「社長曰く、立地が安かったらしい。まあ、とりあえず上がれ。
ちなみに堀田は中で作業しているから邪魔すんなよ」

 研究室に到着して中田の一言がそれだった。
 研究室は秋葉原の住宅街に隠れるように存在していた。正確な場所さえ把握していれば俺の自宅から出て十分ぐらいで到着できたが、場所を見つけるのに時間がかかってしまい、倍のニ十分かかってしまった。
 研究室は周囲の住宅に比べ低く、一階建ての小さな小屋のように見える。面積も狭く、こんなところでよく研究できなるなと思ったが、中田の案内によってその考えは一変する。

「ここが俺たちのラボだ」

「なるほど、あくまでこのぼろ小屋は入口であって研究室は地下にあるのか。それならこんな狭い場所でもなんとかなるな。だが、開発環境や生活インフラはどうだ?」

 ぼろ小屋の敷地面積は全部合わせて十畳もない。それを考慮すると地下の研究室もそれに応じて狭いのではと考えてしまう。だが、その予想は大きく裏切られた。
 面積はおよそ先ほどの三倍以上だろうか。俺が想定していた面積よりも広く、小さな団体なら生活できる環境だった。ライフラインも行き渡っており、余程のことがない限りは研究を続けられそうだ。加えて、さらに地下へ続く階段があることから総面積はもっと広いことが確信できる。

「改めてようこそ、俺様達の研究室へ。感想はあるか?」

「予想以上だ。こんな大規模な研究室とは思ってもいなかった」

「だろうな。俺様も堀田も予想外だった。見取り図はまだ用意していないが、地上は入口、地下二階は開発と研究室、そして地下三階は居住スペースになっているそうだ。こうして早めにプロトタイプを完成できたのも泊まり込みで作業できたからだな」

「今度ここに来た時にその居住スペースも案内してほしいな。
それよりもだ。完成したプロトタイプを見せてほしい。どんなデザインになったんだ?」

 すると中田はとある場所へ向かい始めた。その途中、俺は周囲を見渡し機材を確認していた。いずれも最新の設備であり、嘉祥寺がこの場所にかなり金をかけたことが理解できた。だが同時に惜しいと思った。

(もったいないな。機材、設備、環境は最高レベルなのにそれを生かせるほど人材が少ない。こればかりは地道に人を集めるしかないか)

 問題点について考察している間に目的のものへと辿り着く。中田が案内したプロトタイプを見て俺は中田と堀田の技術力に感服する他なかった。
 プロトタイプのニューマンは二対あったが、その内の一体が人間の肉体のように完成度が非常に高かった。顔のデザイン、頭髪、体の輪郭など、シルエットで隠せば人間と判断できない。まさに俺が理想としていた完成品である。
 もう一体のニューマンは先ほどとは対照的にロボットらしい外装であるが、二つのニューマンと比較してみるとそう違いはなかった。つまり、人工皮膚などを装着する前の段階である。

「すごいな。これを一か月未満で完成させたのか」

「まあな。とはいってもこれははりぼてだ。最低限の骨格だけ入れて後は堀田に任せて作成したものだ。今回見せたかったプロトタイプはこっちのいかついロボットだ」

 そういって中田はプロトタイプを軽くたたく。かなりの重量があるのか、ちょっとやそっとでは倒れなさそうだ。だが、問題はアダムを含むニューマンプログラムを搭載した時にちゃんと稼働できるかどうかだ。調整が終えていないこのニューマンが稼働すれば例えアダムを搭載しても転倒することは容易に予測できる。最も、今回はそれを調整するためにやってきたわけだが。

「とりあえず、アダムを搭載させるか?検証データは俺にとっても必要だ」

「無論だ。そのためにお前を呼んだからな。向こうで先に堀田が準備している。
おそらく準備ができているはずだからすぐに開始するぞ」

 中田の案内で堀田がいる場所へと向かっていく。しばらくしてキーボード操作する独特の音が響いていることに気が付く。そのまま音が鳴る方向に進むとパソコンと睨めっこしている堀田がそこに座っていた。かなり集中しているのか、俺や中田が近づいても気づかない様子だった。
 パソコンに接続されている有線を辿ってみると接続されているのは先ほど見たプロトタイプだった。おそらく目の前のロボットが調整用なのだろう。
 ひと段落ついたのか、堀田は今まで丸まっていた背筋を伸ばし、体を伸ばす。そこでようやく俺と中田がいることに気が付き、あわただしい様子でこちらに向かってきた。

「ようこそ研究室へ。中田氏から話は聞いているざんすか?」

「まあな。このプロトタイプにアダムを搭載すればいいんだな?
だが、何のデータを検証するつもりだ?」

「バランサーの調整と稼働した時のパーツの負担。
可能であれば実際に動いてもらって頭部パーツのレンズ調整ざんす」

「わかった。じゃあこのパソコンから搭載すればいいんだな」

 堀田は頷くと俺はそのパソコンを動かし、アダムのデータが入っているスマホから接続する。しばらくしてプロトタイプのCPUにインストールされ始めた。ここまで順調だ。そして数秒後、プロトタイプが起動し始める。

「アダム、話は聞こえているか?」

 その一言にプロトタイプは何も返事が来ない。すると堀田が忘れていたかのように捕捉を始める。

「マイクテストするときはこのヘッドホンとマイクを使って会話するざんす」

「音声認識プログラムを搭載していなかったのか?」

「搭載はしているざんす。ただ、まだプログラムの改良が終わっていないからこのマイクとヘットフォン越しじゃないと聞こえないざんす」

 堀田の説明を聞き、ヘッドホンを装着する。そして改めて一度マイクを使って確認をする。

「アダム、聞こえるか?感覚はどうだ?」

「問題ないです。マイマスター。感覚というのがよくわかりませんが、動かそうと思えば動かせそうな気がします。これが体というものでしょうか?」

 その質問の意図に俺は一瞬戸惑いを覚えるが、そういえば体を使って動くのは初めてだったなと思い、アダムとの会話を続ける。

「そうだな。まだ仮初の肉体だかこれから検証を始めるからもう少し待ってくれ。
堀田、ヘッドホンはもう一台あるか?」

「あるざんすよ。それがどうかしたざんす?」

「なら中田と一緒にアダムの意見を聞いて検証してくれ。
流石にロボットのパーツの負荷とかは専門外だ」

 俺はヘッドホンを堀田に手渡し、パソコンから離れる。しばらくして中田もヘッドホンを装着してアダムと会話を始めた。その際、堀田が感極まって泣き始めたり、法悦した表情になったりと忙しい様子に中田が煩わしいと思っている絵はなかなかに滑稽だった。
 試運転とデータ採取すること一時間、たっぷりとデータを得ることができて満喫していた二人はこれからのことについて話し合いをしようとしていた。そうなってしまえば俺が会話する余地がなくなるだろう。そうなる前に二人にとある相談をすることにした。

「話し合う前に一つに聞きたいんだが、知人で性格、もしくは人格に詳しい奴を知っているか?」

「急にどうしたんだ?まあ、俺様の知人にはそんな奴はいないが…。
てか、何のためにだ?」

「アダムの人格、つまるところ性格を設定するためだ。
この調子で無機質な会話だと違和感しか覚えないからな」

 中田の質問を答え終えると堀田が渋い顔をして答えようかどうか悩んでいた。珍しいなと思いつつも、俺は堀田に問いかける。

「どうした?何か言いたげそうな表情をして」

「…某の親友に一人いるざんす。
こと性格を設定するという面に関してはプロフェッショナルざんす」

 ただ、と堀田は渋い顔で話を続けた。

「おすすめはしないざんす。
というか、弁田氏も知っている人物ざんすよ?」

「俺が知っている人物?一体誰だ?」

「小林ざんす。
彼女は某たちと同じ一種の有名人ざんすからね」

 その名前を聞いて俺はその人物を思い出し、俺は納得した表情に変えざる得なかった。 
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