Another Dystopia

PIERO

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2032年6月 奇天烈な天才児(下)

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「さて昼食も食べ終えたことだし、弁田の続きの質問について聞くとしようか」

「悪いがもうないぞ。
俺が心配していた点は堀田が殆ど答えたからな。だけどそうだな、あえて言うなら今中田たちが困っていることはあるか?当然だが、労働時間を増やせは勘弁だからな」

 綺麗に平らげた食器がなくなったテーブルで中田と堀田は考え始める。しばらくして、中田は疑念したような表情で俺の質問に答え始めた。

「もし、研究を続けるならば然るべき施設で開発をしたいと考えている。
アダムもといニューマンを主力として力を入れるなら最低限大学並みの施設は欲しいと考えている」

「そうざんすね。某も同じことを考えていたざんす。
断言してもいいざんすが、弁田氏の自宅でそのロボットを開発するのは絶対に不可能ざんす。
加えて欲を言えば、某並みの技術を持った人材があと二人ほど欲しいざんす」

 二人の意見を聞き、俺はある程度理解した。
 中田の言う通り、開発を次の段階に進めるならば、ちゃんとした設備の元、研究開発を進めるべきだろう。人材に関してもそうだ。今は二人で作業しているが、きっと限界が来るだろう。無論、特許申請が第一優先である為、発表は先だ。しかし、開発が遅れてしまい他社が同じロボットを完成させてしまう可能性もある。それだけは何としても避けたい。
 だが、それは問題ない。何故なら既に今朝がた対策を完了したからだ。

「人材に関してはかなり難しいと思うな。
そもそも、中田や堀田レベルの実力者がそうホイホイ現れてたまるか。
だけど、研究室に関しては問題ない。今朝、嘉祥寺に相談したが、既に研究室は購入しているそうだ」

 実のところ、二人の活躍のおかげでニューマンの開発計画が予定よりかなり早く進んでいる。そもそも、前の世界ではニューマンを世間に発表したのは今から二年後の話だ。
 嘉祥寺が前の世界よりも早くVelu言語を開発したという要因も大きかったが、ハード面に関しては二人の活躍が大きいだろう。
 それを考慮し、今朝嘉祥寺が帰る直前に研究室について相談した。だが、流石は嘉祥寺というべきか。中田の存在を知ってメンバーになるだろうと予想した時点で既に研究室となる場所を購入していたのだ。最も、まだ設備は完全に整っていないらしいので研究室として使うことはできないが。

「そうなのか。流石変人社長だな。なら早速その研究室とやらに移動するか」

「いや、まだ利用はできないらしい。そもそも、ロボット開発者のメンバーが入ること事態想定外だったから、まだ準備中だ。おそらく、準備が完了したら連絡をくれるはずだ」

「そうか。ならしばらくはあの狭い部屋で作業するしかないか。
改めて確認だが、頭部を優先的に作成すればいいんだな」

 それで頼む。と会話が終わり、席を立つ。目的ができた二人は一刻も早く開発をしたいのだろう。すると中田が突然立ち止まり、ふと疑問に思ったのか俺にとって痛い質問をする。

「そういえば考えてすらいなかったが、どうやって近所を説得しているんだ?」

「あー…。色々だよ。本当に色々ね」

 考えたくもない質問に俺は誤魔化した。近所の人には説得をして納得してもらったのは勿論、俺が住んでいるマンションの大家さんにもちゃんと許可をとっている。だが、それでも時折近所迷惑だと大家に叱れることもある。特に中田と堀田が自宅に来て作業し始めてからその頻度が上がっている。注意しても本人たちに悪気がないので質が悪い。

「自覚症状が芽生えたなら今後は激しい討論は控えめに頼む。
とりあえず、開発は任せる。必要な部品とかは俺に相談してくれれば大抵物は購入できるからな」

「そうと分かれば早速作業に入るざんす。中田氏も一緒に行くざんす」

 簡単な会議が終わり、俺と中田、堀田の三人は俺の自宅に戻っていった。余談だが、堀田と中田が先にお店から出たために、この会計は割り勘ではなく、俺の財布から引き落とされた。



 話し合いが終わって早一か月、試行錯誤の日々だった。アダムの視覚情報を正確にデータとして獲得するための頭部のプロトタイプは一週間で開発することができたが、デザインや性能、アダムから見える視覚情報が人間の視覚とは異なるといった不具合を解消するために一つずつその問題を解決していた。
 中でも一番の問題だったのは色彩判別であった。プロトタイプを稼働した時のモノクロよりは多少ましになったが、理想には程遠い。下手に微調整を加えればアダム曰く、視界が真っ黒あるいは真っ白になってしまうこともあった。
 だが、その微調整の問題をクリアし、センサーの性能を上げ、自動的にピントを合わせるように調整したプログラムの開発を完了させ、何回目かわからないテストを本日も行おうとしていた。

「弁田氏、センサーの調整が完了したざんす」

「了解。こっちもプログラムは調整した。
中田、本体の調整はどうだ?」

「問題ない。俺様を誰だと思っている?
といいたいところだが、起動してからじゃないとわからん。というわけでさっさと稼働してくれ」

 二人に確認をとり、俺はエンターキーを押し、デスク画面に映し出されているアダムに注目する。大きな問題は殆ど解決し、バグやシステムエラーも発生しなくなった。センサーも良好の筈だ。俺の予感が正しければ実験に実験を重ねた集大成が今ここに誕生する。

 ロード画面が終わり、デスク画面からアダムが消失する。しばらくしてアダムがいた画面が切り替わり、俺の部屋を移した画面に切り替わった。俺はプロトタイプのカメラを持ち上げ、正常に作動していることを確認する。画像に乱れはない。最後の確認で俺はアダムに問いかける。

「アダム、反応してくれ。お前には何が見えている?」

『…なんと表現すればいいのでしょうか。これがマイマスターが見ていた景色でしょうか?かつてみた画像とは違う…これがマイマスターのいう現実でしょうか?』

 何故ならアダムは初めて見る景色に感動していたからだ。モノクロだった世界からいきなり色彩溢れる世界へ踏み出した感動は人間には到底理解できない。比喩することもできない。これはアダムだからこそ感じることができる喜びの感情なのだ。

「今思っている感情、それが感動だ。どうだ?俺たちの世界は美しいか?」

『データ上では汚れている世界とは思っていましたが、撤回します。
マイマスターの世界は確かに美しいと思えます』

「そうか…。なら、よかった」

 自然と涙が流れそうになった俺は中田と堀田の方へ振り返った。すると二人は喜びのあまりかガッツポーズをしていた。堀田に至っては号泣すらしている。しかし、これは始まりに過ぎない。俺は完成されたカメラを持ち、次の開発段階に進行するべく二人に声をかける。

「感動しているところ悪いが、次の作業に入ってもらうぞ。
中田と堀田はニューマンのハードの開発を進めるところまで進めてくれ。俺は完成したこのプログラムをスマホに対応できるように調整する」

「ぐず…了解ざんす。と言いたいところざんすけど、しばらくは活動できないざんす。ここでやるには狭すぎるざんす」

 俺は二人の作業場を振り返り、堀田の意味を理解する。俺の部屋には様々な部品が転がり、足の踏み場もない。堀田の言う通り、とてもじゃないがこのまま作業を行うにはあまりにも狭すぎるだろう。一度清掃するにも散らかりすぎてとてもではないが一日で片付けが終わりそうにない。

「はぁ~。全く仕方ないが、ロボ開発組の活動はここまでにするか。
嘉祥寺に早めにラボが完成できないかって相談してみるか。その期間流石に無職にするのはどうかと思うから、設計図でも見直しておいてくれ。何なら、アダムと一緒に考えてもいいぞ?」

「ほう、それは少し興味がある。アダムがロボット開発技術を覚えれば俺様たちにとっても人材という利益がある。がしかし、今ではないな。
この結果からアダムの頭部をよりスタイリッシュにする設計図を考えるさ」

「ああ、あと設計図を描くのは構わないが、せめて部屋を片付けてからにしてくれ」

 ひと段落した中田と堀田はアダムの頭部を開発して発生した不燃ごみを処理していた。一方で俺はアダムがスマホ画面からも視覚情報が得られるようにアプリ開発を行っていた。とはいっても、開発しているプログラムをスマホに対応できるようにするだけだからそこまで時間はかからない。
 中田たちの清掃が終わった頃、俺はスマホに対応できるようにアプリ化に成功した。とはいっても、基本的にこちらのアプリはそうそう使わないだろう。念のため、ちゃんと作動するか確認するため、俺は試運転も含めて起動する。

「アダム、見えるか?」

『そうですね…先ほどに比べると多少解像度が低下したような印象がありますが、何とか見えています。目測十メートル程度であれば良好です』

「充分だな。若干バッテリーの消費が著しく早い点を除いて後は問題なさそうだな。これなら次回の会議にアダムを参加することができそうだな」

 前回のように即落ちすることもなく、機能している。プロトタイプのデータ採取の恩恵のおかげか、アダムの膨大なデータ量もかなり圧縮されており、負担も少なそうに見えた。唯一の懸念はバッテリーの消費量と現在進行形で徐々に熱を帯びているスマホ本体の耐久力だが…。
 しかし、それ以外に問題点はなさそうだった。俺はスマホのバッテリーで何分間接続し続けることができるのか確認するため街に出ようとする。すると先ほど部屋片づけしていた中田と堀田が俺の肩を掴んでいる。

「ずいぶん面白そうなことをしようとしているざんすね。一体何をするつもりざんすか?」

「ただのデータ採取だ。スマホのバッテリーでどこまで行けるのかとか、アダムに色んな景色を見せて成長を促したりとか」

「それなら、某も一緒に行くざんす。弁田氏だけで独り占めはよくないざんすよ!第一位、開発者も一緒に行くのが道理ざんす!」

「話は聞かせてもらった。俺様も堀田に同意見だ。
悪いが片付けはいったん放置させてもらう。アダムの街の景色の感想を聞いてより良いものを作りたいからな」

 至極真っ当そうな考えを述べつつも、二人の喜悦した表情から絶対に一緒に行きたいだけだろう。要するにアダムに自分たちの世界を案内したいという欲求が駄々洩れていた。俺は大きな溜息を一つ吐きつつも、彼らに一言告げる。

「俺一人で充分だと思うが、全く仕方ない。一緒に行くか」

 俺たちはアダムと共に外に行く。普段なら必要最低限にしか外出しないが、今回はアダムに外の景色を見せるという目的がある。俺たちはスマホを片手に街へと向かって行く。
 街は煌々と光が照らし始め、徐々に夜の世界へと導こうとしている。そびえたつ高層ビルもところどころ明かりが消えており、その役目を終わろうとしていた。
 夕暮れの景色は帰宅ラッシュのサラリーマンと学生が多く集っている。無論、その全てが帰宅を目的としているわけではない。新宿内の飲食店で食事を済ます者たち、居酒屋で日ごろの疲れを癒す者たち、時には俺たちのように例外も少なからずいる。そんな賑わいの中、アダムは無言でその景色を眺めていた。

「どうだアダム。都会の街の景色は。画像とは違って眩しいだろう?」

『語ることが難しいです。これほどまでに煌びやか世界があるのでしょうか?』

「付け足すと、世界にはこれ以上にもっと素敵な景色があるざんす」

『そうなんですか。是非、その景色を見てみたいです』

 堀田の言う通り、今見せているのはまだ世界のごく一部に過ぎない。だがいずれは世界のあらゆる場所にアダムを連れていきたいと考えている。一瞬、アダムが完成した時には一緒に世界旅行へなどと考えてしまいそうになる。
 しかし、それは恐らくできない。俺にはやらなければならないことがある。あくまでアダムはニューマンのプロトタイプであり、未来を変える武器なのだから。
 だがそれでも俺はその約束を口にしてしまう。

「そうだな。アダムが一人で歩けるようになって一通り何もかも解決したら考えてやるさ」

 その約束は虚言へと消えるのかあるいは現実になるのか。それは誰にも理解できない。しかし、その約束を現実にするためにも俺は改めて胸の中でこれから起こりうるであろう出来事に決心した。
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