54 / 60
第二十三章 救い
23-1 祈る
しおりを挟む
「モモが……」
呟いた途端。
両目からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。
「モモ……いたんだ……ほんとに、いたんだ……ッ」
自分の中だけの、妄想ではなかったのだ。とにかく、それを知れたことが嬉しくて仕方ない。
「でも、朱金丸さんからの、贈り物……って?」
ぐずぐずと鼻をすする美邑の頬を、トモエがそっと撫でる。
「二代目はね。貴女の魂を一部削り取ったの。その、削り取ったモノに自分の力の欠片を組み合わせて――モモを造った。孤立してしまうであろう貴女のために。人と言うよりも、物の怪に近い存在だけどね」
――ほんとに、独りにしないでくれていたんだ。
あの夢の中で感じたことは、間違いではなかった。「化け物」と揶揄され、引け目を覚えながら生きていく中で、家族以外に唯一側に居続けてくれた存在である、モモ。彼女がいたのは、朱金丸のおかげだったなんて。
「ううぅ……っ」
「ほらぁ。また、泣かないの。話は、まだ終わってないんだから」
くすくすと、トモエが笑う。
そうだ、確か美邑を救ってくれるという話だったが――モモが妄想の存在でなかったと知れただけでも、充分に救われた思いではあるのだが。
「モモはね。貴女に一度、信じてもらえなくなったことで、貴女との繋がりを失ってしまった。それを、元に戻すの」
「繋がり……」
その言葉に、はっとする。確かに美邑は鬼に成りきるその瞬間、モモのことを切り捨てた。妄想でも良いと、そう考えてしまった。
「あた、し……最低……ッ」
モモは、ずっと側にいてくれたのに。守ってくれていたのに。それを無下にし、自分の保身のために、友人の存在まで否定した!
「……モモはね。貴女のためだけに、十年間存在してきたの」
トモエが、囁くように語りかけてくる。
「何故ならね。モモが存在しているのは、朱金丸がきっかけではあるけれど――結局、モモは貴女自身の魂でできているから」
つまりね、とトモエは笑う。美邑の胸に、そっと手を当てながら。
「モモは、貴女自身だっていうこと。貴女がモモみたいな存在に側にいてほしいって、願い続けてきたから、モモは貴女の側にいられた。貴女自身だからこそ、貴女の気持ちを誰よりも理解して、寄り添って来ることができた」
「……モモが、わたし自身……」
「ええ」と、トモエが頷く。
「でもね。それを、決して虚しいことだなんて思わないで。モモは貴女の一部で貴女自身――けれど、紛れもなく独立した人格をもつ存在でもある」
「……あたし」
涙を拭いながら、美邑はぐちゃぐちゃになった頭の中を、なんとか言語化しようともがく。そうしなければ、自分の考え一つすらまとめられそうになかった。
「あたし……ずっと、モモみたく……なりたかった」
明るい色の髪を長くたなびかせ、魅力を最大限に引き出す化粧と笑顔をまとい、背筋を堂々と伸ばしている。
そんなモモに憧れ、時に羨ましくもあり、自分とは違うと、そう感じていたのに。
「……貴女がなりたい姿を、モモはずっと見せていたのね」
「大丈夫」と、トモエに抱き締められる。
「モモにはまた会える。そのために、わたしが来たんだもの」
「だから祈って」と、耳元でトモエが言う。それこそが祈りのような、真摯な声で。
「わたしの力を貸すから。だから心の底から、貴女は祈るの。もう一度、モモに会いたいって。モモが必要だって」
トモエの言葉は、そのまま、美邑の心からの願いで。だからこそ、自然と美邑はそれを受け入れ、トモエの背中を抱き締め返した。まぶたをぎゅっと閉じて、ただただ祈る。
(会いたい……会いたいよ、モモ……っ。会って、ごめんねって言わなきゃだし。それに……ッ)
抱き締めたトモエの身体が、熱くなる。同時に、閉じたまぶたに真っ白な光が射し込んできた。
「……っ」
目を開けても、光の洪水に包まれて、なにも見ることができない。
「トモエさん……っ!?」
叫びに応えるように、背中に回された腕の力が増す。耳元に囁いてきた声は、しかしトモエのものではなかった。
「――ミクちゃん」
呟いた途端。
両目からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。
「モモ……いたんだ……ほんとに、いたんだ……ッ」
自分の中だけの、妄想ではなかったのだ。とにかく、それを知れたことが嬉しくて仕方ない。
「でも、朱金丸さんからの、贈り物……って?」
ぐずぐずと鼻をすする美邑の頬を、トモエがそっと撫でる。
「二代目はね。貴女の魂を一部削り取ったの。その、削り取ったモノに自分の力の欠片を組み合わせて――モモを造った。孤立してしまうであろう貴女のために。人と言うよりも、物の怪に近い存在だけどね」
――ほんとに、独りにしないでくれていたんだ。
あの夢の中で感じたことは、間違いではなかった。「化け物」と揶揄され、引け目を覚えながら生きていく中で、家族以外に唯一側に居続けてくれた存在である、モモ。彼女がいたのは、朱金丸のおかげだったなんて。
「ううぅ……っ」
「ほらぁ。また、泣かないの。話は、まだ終わってないんだから」
くすくすと、トモエが笑う。
そうだ、確か美邑を救ってくれるという話だったが――モモが妄想の存在でなかったと知れただけでも、充分に救われた思いではあるのだが。
「モモはね。貴女に一度、信じてもらえなくなったことで、貴女との繋がりを失ってしまった。それを、元に戻すの」
「繋がり……」
その言葉に、はっとする。確かに美邑は鬼に成りきるその瞬間、モモのことを切り捨てた。妄想でも良いと、そう考えてしまった。
「あた、し……最低……ッ」
モモは、ずっと側にいてくれたのに。守ってくれていたのに。それを無下にし、自分の保身のために、友人の存在まで否定した!
「……モモはね。貴女のためだけに、十年間存在してきたの」
トモエが、囁くように語りかけてくる。
「何故ならね。モモが存在しているのは、朱金丸がきっかけではあるけれど――結局、モモは貴女自身の魂でできているから」
つまりね、とトモエは笑う。美邑の胸に、そっと手を当てながら。
「モモは、貴女自身だっていうこと。貴女がモモみたいな存在に側にいてほしいって、願い続けてきたから、モモは貴女の側にいられた。貴女自身だからこそ、貴女の気持ちを誰よりも理解して、寄り添って来ることができた」
「……モモが、わたし自身……」
「ええ」と、トモエが頷く。
「でもね。それを、決して虚しいことだなんて思わないで。モモは貴女の一部で貴女自身――けれど、紛れもなく独立した人格をもつ存在でもある」
「……あたし」
涙を拭いながら、美邑はぐちゃぐちゃになった頭の中を、なんとか言語化しようともがく。そうしなければ、自分の考え一つすらまとめられそうになかった。
「あたし……ずっと、モモみたく……なりたかった」
明るい色の髪を長くたなびかせ、魅力を最大限に引き出す化粧と笑顔をまとい、背筋を堂々と伸ばしている。
そんなモモに憧れ、時に羨ましくもあり、自分とは違うと、そう感じていたのに。
「……貴女がなりたい姿を、モモはずっと見せていたのね」
「大丈夫」と、トモエに抱き締められる。
「モモにはまた会える。そのために、わたしが来たんだもの」
「だから祈って」と、耳元でトモエが言う。それこそが祈りのような、真摯な声で。
「わたしの力を貸すから。だから心の底から、貴女は祈るの。もう一度、モモに会いたいって。モモが必要だって」
トモエの言葉は、そのまま、美邑の心からの願いで。だからこそ、自然と美邑はそれを受け入れ、トモエの背中を抱き締め返した。まぶたをぎゅっと閉じて、ただただ祈る。
(会いたい……会いたいよ、モモ……っ。会って、ごめんねって言わなきゃだし。それに……ッ)
抱き締めたトモエの身体が、熱くなる。同時に、閉じたまぶたに真っ白な光が射し込んできた。
「……っ」
目を開けても、光の洪水に包まれて、なにも見ることができない。
「トモエさん……っ!?」
叫びに応えるように、背中に回された腕の力が増す。耳元に囁いてきた声は、しかしトモエのものではなかった。
「――ミクちゃん」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる