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第十七章 モモ
17-3 迎え
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「美邑」
ノックをし、部屋に入ってきたのは両親だった。二人そろって、深刻な表情を浮かべている。思わず、美邑はモモの手を握る力を強くした。
「理玖くん、迷惑かけちゃって。本当にありがとう」
そう、母親が深々と理玖に頭を下げる。理玖は「別に、そんな」と恐縮しながら、二人を部屋に入れた。
「大丈夫か?」
じっと見つめてくる父親に、こくりと頷き。美邑はどうしたものかと、モモを見た。モモは困ったように薄く笑うと、そっと美邑の手を放して、静かに部屋から出ていった。
(モモ……?)
声をかけようとしたが、その前に父親が手を伸ばしてきた。
「どうした。立てるか?」
「え? あ、うん」
差し出された手を、空いた手でつかみ、取りすがるようにして立ち上がる。立つと痛みが少し増したが、倒れるほどではなかった。
「車で来たけど、そこまで歩けるか?」
「うん……」
歩こうとすると、思ったよりも足がふらついた。仕方なく、側に寄ってきた母親に肩を借りる。それから、ちらりと理玖を見やった。理玖は、少し居心地悪そうな顔をしながら、三人をちらちらと見ていた。
「えっと……」
礼を言おうと口を開けかけるが、その前に「ちゃんと言えよ」と念を押されてしまった。
「分かってる」
両親が余計な口を挟む前に、早口で返事をする。案の定、二人して不思議そうな顔だった。
美邑は、ちらっとモモが出ていった扉を見た。戻ってくる気配はなく、小さくため息をつく。
「あの、さ。モモに、先帰るけど、ありがとうって伝えておいて」
「モモ?」
理玖はただ、不思議そうだった。大きいとは言わないが、普通に雑談するくらいの声量で付け加える。
「モモって、誰だよ」
「え……?」
途端、両親の顔が強張ったのが、美邑には分かった。
「美邑、帰るよ」
言うなり、父親は美邑を担ぐようにして歩き出した。
「え。やだ、ちょっと! 降ろしてよッ」
騒ぐが、父親はびくともしない。普段、仕事で力仕事をしているだけある。
部屋を出る瞬間、母親が理玖に「理玖くん、ごめんね」「なんでもないの、気にしないで」などと言っているのが聞こえてきた。
なんなんだと暴れたい自分と、どこか冷静に納得している自分とを感じ――美邑は騒ぐのを止め、ぐっと目をつぶった。
モモの笑顔が、脳裏に浮かぶ。手のひらに、モモの温もりの残り香を感じる。駆けつけてくれる度に「大丈夫」と囁く声が、耳元に蘇る。
頭が、ずきりと痛む。髪の下に隠れた小さな角。それに触れると、どくどくと脈打つものを感じた。
「モモ……」
小さく名を呼ぶと、代わりに「美邑」と父親が応えた。
「モモちゃんのことは、もう忘れて良いんだよ」
「……? なに言ってるの」
父親がふざけているとは思わなかったが、それにしても奇妙な言葉に、美邑は疑問符を投げかけた。だがそれは流され、父親と、ぱたぱたと追いかけてくる母親の足音だけが、長い廊下に響いた。
「美邑」
もう一度名前を呼ばれ、美邑は「なに」と唸るような声で応えた。父親の言葉は明快だった。
「明日、病院に行こう」
ノックをし、部屋に入ってきたのは両親だった。二人そろって、深刻な表情を浮かべている。思わず、美邑はモモの手を握る力を強くした。
「理玖くん、迷惑かけちゃって。本当にありがとう」
そう、母親が深々と理玖に頭を下げる。理玖は「別に、そんな」と恐縮しながら、二人を部屋に入れた。
「大丈夫か?」
じっと見つめてくる父親に、こくりと頷き。美邑はどうしたものかと、モモを見た。モモは困ったように薄く笑うと、そっと美邑の手を放して、静かに部屋から出ていった。
(モモ……?)
声をかけようとしたが、その前に父親が手を伸ばしてきた。
「どうした。立てるか?」
「え? あ、うん」
差し出された手を、空いた手でつかみ、取りすがるようにして立ち上がる。立つと痛みが少し増したが、倒れるほどではなかった。
「車で来たけど、そこまで歩けるか?」
「うん……」
歩こうとすると、思ったよりも足がふらついた。仕方なく、側に寄ってきた母親に肩を借りる。それから、ちらりと理玖を見やった。理玖は、少し居心地悪そうな顔をしながら、三人をちらちらと見ていた。
「えっと……」
礼を言おうと口を開けかけるが、その前に「ちゃんと言えよ」と念を押されてしまった。
「分かってる」
両親が余計な口を挟む前に、早口で返事をする。案の定、二人して不思議そうな顔だった。
美邑は、ちらっとモモが出ていった扉を見た。戻ってくる気配はなく、小さくため息をつく。
「あの、さ。モモに、先帰るけど、ありがとうって伝えておいて」
「モモ?」
理玖はただ、不思議そうだった。大きいとは言わないが、普通に雑談するくらいの声量で付け加える。
「モモって、誰だよ」
「え……?」
途端、両親の顔が強張ったのが、美邑には分かった。
「美邑、帰るよ」
言うなり、父親は美邑を担ぐようにして歩き出した。
「え。やだ、ちょっと! 降ろしてよッ」
騒ぐが、父親はびくともしない。普段、仕事で力仕事をしているだけある。
部屋を出る瞬間、母親が理玖に「理玖くん、ごめんね」「なんでもないの、気にしないで」などと言っているのが聞こえてきた。
なんなんだと暴れたい自分と、どこか冷静に納得している自分とを感じ――美邑は騒ぐのを止め、ぐっと目をつぶった。
モモの笑顔が、脳裏に浮かぶ。手のひらに、モモの温もりの残り香を感じる。駆けつけてくれる度に「大丈夫」と囁く声が、耳元に蘇る。
頭が、ずきりと痛む。髪の下に隠れた小さな角。それに触れると、どくどくと脈打つものを感じた。
「モモ……」
小さく名を呼ぶと、代わりに「美邑」と父親が応えた。
「モモちゃんのことは、もう忘れて良いんだよ」
「……? なに言ってるの」
父親がふざけているとは思わなかったが、それにしても奇妙な言葉に、美邑は疑問符を投げかけた。だがそれは流され、父親と、ぱたぱたと追いかけてくる母親の足音だけが、長い廊下に響いた。
「美邑」
もう一度名前を呼ばれ、美邑は「なに」と唸るような声で応えた。父親の言葉は明快だった。
「明日、病院に行こう」
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