千切れた心臓は扉を開く

綾坂キョウ

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第五章 「家族」

5-1 贄

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 その女は、白い着物を身にまとっていた。小高い丘の上にぽつねんと独り佇む姿は月明かりに照らし出され、夜闇の中に浮かび上がって見える。
 その横顔は凛とし、長い黒髪は真っ直ぐに腰まで垂らされていた。

 ふと。女が周囲を見渡した。木々に囲まれたその丘は、他に人気などなく、虫たちが静かに鳴いていた。
 その音が、不意に消えたのだ。
 消えたのは、音なのか自分の聴力なのか――分からなくなるほどの、静寂。女は、知らず身を強ばらせた。

 しゃらんと。
 どこからともなく音がした。
 しゃらん。しゃらん。
 鈴の音か、軽い心地好い音。
 それが、段々と近づいてくる。
 しゃらん。しゃらん。

 ふっ――と、目の前の闇が濃くなった。同時に、強い圧迫感を覚え、女は目を細める。

 しゃらん。

 間近で音がした。しゃらしゃらと軽やかな音色が続く。更に目を細めると、闇の中から腕が伸びてきた。


「――っ」


 声を上げる前に、その腕が女の顎をつかんだ。口をパクつかせる女の前に、今度は顔が現れた。
 否。鬼の面が。

 面から、紅い瞳が覗いている。女をじっと見つめ、にたりと歪む、目が。


「迎えに来たぞ――愛しい、おれにえよ」
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