上 下
12 / 60
第四章 誰そ彼時の帰り道

4-1 記憶

しおりを挟む
 だんだんと、田舎の景色へと変わっていく窓の外。お洒落な店の代わりに木々や畑が増え、背の高いビルがなくなる代わりに農家の平屋がぽつぽつと見えてくる。
 帰りの電車に揺られながら、美邑はそれをぼんやりと眺めていた。

 いつもの駅を降り、無人駅で定期を機械にタッチする。ピロリンという間抜けな電子音の許可を聞き、改札を通り抜けた。どうしようもない田舎ではあるが、人手をかけないための機械化は、それなりに行われているものだ。そんなことを、今更ながら可笑しく思う。

 駅を出て直ぐの駐輪場へ、自分の自転車を取りに行く。目が覚めるような、真新しい黄色の自転車。向日葵を思わせるその明るさに一目惚れし、高校生活の供にと選んだものだ。実際には、短い通学時にしか使わないのだが、それでも気持ちを上げて一週間過ごすためには、絶対に必要だと買った当時思ったのだ。

 黄色い自転車に跨がり、緩く傾斜した道を下っていく。オレンジ色の空に照らされて、長い影がついてくる。涼しい風が肺に入り込んできて、身体の中を換気していく。思いきり息を吐き出せば、古い空気と一緒に、胸にたまった黒いモヤも出ていくような心地がした。

 ――と。
 がしゃんっ、と音を立てて、自転車が段差を落ちた。十五センチ程度の、ちょっとした段差だ。勢いが良かったのか、自転車は縦に大きく揺れた。バランスを崩すことはなかったが、気を取り直して踏んだペダルに手応えはなく、カラカラと音を立てながら空回りした。後ろのタイヤと繋がっていたチェーンが、弾みで外れてしまったらしい。


「うわぁ……やっちゃったぁ」


 少し上がりかけていた気持ちが、またみるみる萎んでいく。外れたチェーンをタイヤの中心部と噛み合わせれば元に戻るのだが、そういった細かい作業は苦手だ。

 ため息をつき、周囲をきょろきょろと見回す。幸い、人通りはほとんどない。
 よし、と思いきると、美邑はひょいと、軽々自転車を持ち上げ、そのまま歩き出した。

 美邑は、同学年の女子に比べ、力がある方だ。――実際には、この表現では語弊がある。美邑は常人離れした力と身体能力を、幼い頃から有している。

 具体的に言えば、小学生に上がる頃にはもう、駆け足で大人に負けることはなかったし、今では乗用車くらいなら持ち上げることができる。だからこそ、昼間の曲芸染みた、屋上への侵入も可能なのだ。

 小さい頃は、この力を奮うのが楽しくて仕形がなかった。大人が驚く様を見るのも愉快だった。
 だが、周囲が――特に、同年の友人たちが、奇異なものを見る目で美邑を見てくるようになるのに、時間はかからなかった。

 それが決定的なものになったのは、小学一年生の夏休み明けのことだった。
 夏休み中に美邑を見かけたという男子が、急にからかってきた。どんな内容でからかわれたのかすら、今となっては覚えていない。

 確かなのは、怒った美邑が必要以上に力を込めてその男子を突き飛ばしてしまい、結構な怪我をさせてしまったということ。それによってクラスが騒然となり、皆が美邑を「化け物」と罵り始めたということだ。


「――っふう」


 息をつきながら、人目を避けて林に入る。中は急な登りになっており、それを越えれば舗装された道を行くよりもだいぶショートカットになる。

 青々と茂る木々を避け、黒く湿った土を踏む。こんなところを見られたら、きっと澤口は必要以上に怯えた顔をするだろうし、理玖はしかめ面をするのだろう。想像すると、少しだけ笑えた。

 あの夏の日から、中学三年生までの約九年間――ほとんど顔ぶれの変わることのない、田舎の同級生達の中で、美邑は常に「化け物」として毛嫌いされてきた。いわゆる虐めのようなものを、受けていた時期もある。机が隠されたり、持ち物を棄てられたりすることもしょっちゅうだった。

 もちろん、全員が全員、いじめに加担していた訳でもなく、むしろそんな行動に出るのは少数派だったであろう。残りの半分は美邑を怖がり関わろうともしなかった。もう半分は――例えば理玖がそうであったが――面と向かって美邑を「化け物」と呼ぶこともなかったが、美邑の状況については知らぬ顔をして過ごしていた。

 そんな状況に置かれて、それでも美邑が心を折れずに過ごせたのは、唯一の味方がいたからだった。


「ミクちゃあん!」

「――モモ」


 林の頂上から、モモが手を振っていた。


「手伝おうかー?」

「大丈夫。もう、そっち着くから」


 モモがいるところまで行けば、ショートカット先の道に出る。励まされる気持ちで、美邑は足を速めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART4 ~双角のシンデレラ~

朝倉矢太郎(BELL☆PLANET)
キャラ文芸
復活した魔王の恐るべき強さの前に、敗走を余儀なくされた鶴と誠。 このままでは、日本列島が粉々に砕かれてしまう。 果たして魔王ディアヌスを倒し、魔の軍勢を打ち倒す事ができるのか!?  この物語、必死で日本を守ります!

友人ミナヅキの難解方程式

一花カナウ
キャラ文芸
理工学部生の日常をそこで学ぶ用語と交えて綴る、 ちょっぴり哲学的なお話。 友情あり、恋愛あり、理系知識ありでお送りする 理工学部の日常を描いた物語。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

今日のお昼ご飯

栄吉
キャラ文芸
スーパーでアルバイトをしているさとみは60歳 一人暮し そんなさとみのお昼ご飯を紹介するお話です

流行らない居酒屋の話

流水斎
キャラ文芸
 シャッター商店街に居酒屋を構えた男が居る。 止せば良いのに『叔父さんの遺産を見に行く』だなんて、伝奇小説めいたセリフと共に郊外の店舗へ。 せっかくの機会だと独立したのは良いのだが、気がつけば、生憎と閑古鳥が鳴くことに成った。 これはそんな店主と、友人のコンサルが四苦八苦する話。

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

処理中です...