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第三章 You're not alone

3. You're not alone(1)

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 なんだか舞台のようだ、と山岡やまおかみそらは思った。背後に窓を背負って、隣にグランドピアノを置いて、木村先生がゆったりと脚を組んで座っている。その様子は日本にある学校というよりも、西洋演劇の舞台の一幕のようだった。
 先生の背後にある窓、その外は、内側から見ると淡い春色に見えた。隣の校舎の尖塔がわずかに覗き、それを囲うように淡く水色の空がある。二月末なのに三月のような色だ。
「ともかく、ソリスト・コースに決まって僕も安心したよ。公開レッスンなんかに参加することも増えれば、僕以外の意見を聞くことも増えるようになるだろうね」
 受け持ちの生徒に対して、担当講師である自分以外の意見が出る、というのに、先生は嬉しそうだった。他の先生が自分の生徒を見ても平気なのかな、とみそらはほんの少し思ったが、先生くらいのレベルになるとそういった恥じらいのようなものはもうないのかもしれない。
 みそらたちの学校では、三年から自分の主科に加えて、他の専攻の勉強にも触れられるようなカリキュラムを組んである。もちろん希望だけで通るものではなく、選抜試験を受けてそれに合格しなければならない。今回はその選抜試験の結果報告と来年度の方針の話し合いだった。
 二年に上がった頃から、歌詞の意味や舞台に立つことを意識したソリスト・コースを選択するということを何度も話し合ってきただけに、今回の合格はほっとできることだった。
 なのに。
「――ただね、みそら」
 という声が聞こえ、みそらは反射的に姿勢を正した。先生がこのような言い回しをするときは、何か大きな注意があるときだ。
「僕には気になることがあってね。きみ、ここ二、三ヶ月、誰とも付き合っていないだろう?」
 みそらはゆっくりと息を吸った。そして腹筋で息を止めると、小さな声で「はい」と言った。ばれていた気はしたけれど、――と、若干ほぞを噛みながらもみそらは素直に「はい」と答えた。すると先生は、やはり、という顔をして脚を組み替えた。
「今やっているうちのひとつ、『ああ、信じられない』のアミーナは清純で奥手なキャラクターだからね。しかしオペラのストーリーは概してスキャンダラスなものであり、それを歌うソプラノ歌手もまた同様だ。カラスのことを知らない人は少なくとも音楽を学ぶ者の中にはいない」
 みそらは無言でうなずいた。有名な歌手ほど浮名を流す、これは古今東西、芸事のジャンルを問わず普遍のものごとだ。芸能の本質は人間の奔放さの中から生まれる、とは先生もよく言っていたものだった。
「ミュージカルだけれど、『オペラ座の怪人』を例にあげてみようか。主人公であるクリスティーヌを見出した怪人、婚約者であるラウル。クリスティーヌはどちらといるほうが、より歌手として魅力的だと思う?」
 先生の口調はモーツァルトの喜劇くらいに軽やかだった。
「だからね、みそら」
 先生は微笑んだ。――手を引いてオペラ座の地下へとクリスティーヌをいざなうファントムが、みそらには見えた気がした。
「恋をしなさい。ソプラノ歌手らしい、淫らで情熱的な、身を焦がすような恋を」
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