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最終章
5-1 それから
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学生ラウンジの片隅で、俺達は来週のテストに向けて必要そうなプリントなんかの整理をしていた。
「桜川のノート、マジで見やすいよなぁ。助かる~」
「これなら売れるわ」
「ってか売られたけどな。銭ゲバ過ぎて引くわー」
「守銭奴!金の亡者!拝金主義!」
「うるせーな。嫌なら買うな。金は返さねぇけどな」
目の前に座ってる奴からルーズリーフを取り上げると、そいつは楽しそうに笑いながら「ごめんごめん」と心にもない謝罪を口にした。
「おい、お前らサクちゃん虐めんなよ~。こう見えて意外と繊細なんだから。おらよ、サルども。餌の時間だ」
「おせぇよ、中村~」
コンビニから帰ってきた中村が買ってきた菓子類をテーブルの上に並べると、周りにいた奴らは礼もそこそこにそれに手を伸ばした。
今日は7月半ばの金曜日。壱星との関係が終わってからもう1ヶ月以上経過している。
ふと、今手にしているルーズリーフを眺める。これは壱星が大学に来なかった日の分だ。あいつにコピーを渡そうと思って、いつもより少しだけ丁寧にノートをとった記憶がある。別れを切り出すつもりで、その罪悪感も抱きながら……。
壱星はあの日の――俺が重森と対峙した日の――翌週から大学に来るようになった。ただし、教室では俺のことを探す素振りも見せず、振り返ることもなくいつも一番前の席で授業を受けている。
俺もしばらくの間は1人で授業を受けていたが、中村が声を掛けてくれたのをきっかけにこのグループに入るようになった。俺と壱星はクラスの中でも浮いていたようで、中村以外の奴らはあからさまに気まずそうな顔をしていたが、こうしてノートのやり取りをするようになってからは馴染めていると思う。
「サクちゃーん、どうかしたー?」
中村はいつの間にか俺の隣に座っており、スティック状のチョコレート菓子をこちらに差し出した。
「……いや何も。サンキュ」
「なぁ、桜川。そういえば――」
「桜川!それ返して!おい、ほら見ろよ。やっぱりこの時の授業で……」
何かを言いかけた中村の声を遮り、誰かが俺の手の中からルーズリーフを奪い取った。
他の奴らが演習問題の解き方で盛り上がり始めたのを横目に、中村は少しだけ声のトーンを落として改まる。
「あのさ、重森真宙のことなんだけど」
中村は少し前にも重森の話をしていた。喧嘩か何かトラブルを起こして警察に捕まったという噂があり、それ以来大学に来ていないと。何か知らないかと尋ねられたが、俺は黙って首を振った。
確かその時にもこいつは「真宙さん」ではなく「重森真宙」と呼んでいた。そのトラブルを堺に重森の悪い噂は加速し、慕っていたはずの人間は皆手のひらを返し、もう誰もあいつのことを真宙さんとは呼ばないらしい。
「やっぱ辞めるって。大学」
「あっそ。何で俺にそんな話……」
表情で何かを察されるのが嫌で、俺は顔を背ける。
「や、ほら、桜川も砂原には気を付けた方がいいと思って」
「は?」
思わず振り返って見た中村の表情は真剣だった。好奇心ではなく、俺のことを心配してくれているようだった。
「し、重森の退学と壱星に何か関係あんの?」
「さぁ?でも重森真宙と砂原はかなり前からデキてたらしいよ。そんで今回、重森真宙がボコボコにされたのは、裏で砂原が手引いてたって噂。痴情の縺れってヤツじゃない?」
痴情の縺れ……あの日見た異様な光景を思い返すと言い得て妙だ。
「俺の推測だけどさ、桜川が何も知らないんだったら、隠れ蓑にされてたんじゃないかなって。砂原はやっぱ変な奴だし、もう関わんない方がいいよ」
「……お前に言われなくても知らねぇよ、あんな奴。連絡も何もかも全部無視されてるし」
中村の鋭さに面食らいながらも、俺は目を伏せて吐き捨てた。
「そっか、それなら――」
「なぁなぁ、中村。情報処理の試験範囲ってこの課題のとこまでだよな?」
「ん?あぁ、ちょい待て。たしか俺メモったよ」
他の奴に話しかけられ、中村は自分の鞄を取るため立ち上がった。俺への忠告は終わったらしい。
少々居心地は悪いけど、壱星に捨てられた俺を受け入れてくれたこいつらには感謝している。こうしてテスト勉強をやるにしても1人だと都合が悪い。それに教室や食堂にいると、どうしても壱星と過ごした時間を思い出してしまうから。
そう簡単には忘れられない。俺はあいつに酷いことをしたし、あいつにも酷いことをされたんだと思うけど、楽しかった記憶だってある。あの関係が虚構だったとしても、俺の気持ちは100%が嘘だったわけではない。
あの日壱星の家であったことは、誰にも話すつもりはない。話したところで、誰も理解できないだろうし、早く風化させてしまった方が俺のためにも、壱星のためにもなると思うから……。
「桜川のノート、マジで見やすいよなぁ。助かる~」
「これなら売れるわ」
「ってか売られたけどな。銭ゲバ過ぎて引くわー」
「守銭奴!金の亡者!拝金主義!」
「うるせーな。嫌なら買うな。金は返さねぇけどな」
目の前に座ってる奴からルーズリーフを取り上げると、そいつは楽しそうに笑いながら「ごめんごめん」と心にもない謝罪を口にした。
「おい、お前らサクちゃん虐めんなよ~。こう見えて意外と繊細なんだから。おらよ、サルども。餌の時間だ」
「おせぇよ、中村~」
コンビニから帰ってきた中村が買ってきた菓子類をテーブルの上に並べると、周りにいた奴らは礼もそこそこにそれに手を伸ばした。
今日は7月半ばの金曜日。壱星との関係が終わってからもう1ヶ月以上経過している。
ふと、今手にしているルーズリーフを眺める。これは壱星が大学に来なかった日の分だ。あいつにコピーを渡そうと思って、いつもより少しだけ丁寧にノートをとった記憶がある。別れを切り出すつもりで、その罪悪感も抱きながら……。
壱星はあの日の――俺が重森と対峙した日の――翌週から大学に来るようになった。ただし、教室では俺のことを探す素振りも見せず、振り返ることもなくいつも一番前の席で授業を受けている。
俺もしばらくの間は1人で授業を受けていたが、中村が声を掛けてくれたのをきっかけにこのグループに入るようになった。俺と壱星はクラスの中でも浮いていたようで、中村以外の奴らはあからさまに気まずそうな顔をしていたが、こうしてノートのやり取りをするようになってからは馴染めていると思う。
「サクちゃーん、どうかしたー?」
中村はいつの間にか俺の隣に座っており、スティック状のチョコレート菓子をこちらに差し出した。
「……いや何も。サンキュ」
「なぁ、桜川。そういえば――」
「桜川!それ返して!おい、ほら見ろよ。やっぱりこの時の授業で……」
何かを言いかけた中村の声を遮り、誰かが俺の手の中からルーズリーフを奪い取った。
他の奴らが演習問題の解き方で盛り上がり始めたのを横目に、中村は少しだけ声のトーンを落として改まる。
「あのさ、重森真宙のことなんだけど」
中村は少し前にも重森の話をしていた。喧嘩か何かトラブルを起こして警察に捕まったという噂があり、それ以来大学に来ていないと。何か知らないかと尋ねられたが、俺は黙って首を振った。
確かその時にもこいつは「真宙さん」ではなく「重森真宙」と呼んでいた。そのトラブルを堺に重森の悪い噂は加速し、慕っていたはずの人間は皆手のひらを返し、もう誰もあいつのことを真宙さんとは呼ばないらしい。
「やっぱ辞めるって。大学」
「あっそ。何で俺にそんな話……」
表情で何かを察されるのが嫌で、俺は顔を背ける。
「や、ほら、桜川も砂原には気を付けた方がいいと思って」
「は?」
思わず振り返って見た中村の表情は真剣だった。好奇心ではなく、俺のことを心配してくれているようだった。
「し、重森の退学と壱星に何か関係あんの?」
「さぁ?でも重森真宙と砂原はかなり前からデキてたらしいよ。そんで今回、重森真宙がボコボコにされたのは、裏で砂原が手引いてたって噂。痴情の縺れってヤツじゃない?」
痴情の縺れ……あの日見た異様な光景を思い返すと言い得て妙だ。
「俺の推測だけどさ、桜川が何も知らないんだったら、隠れ蓑にされてたんじゃないかなって。砂原はやっぱ変な奴だし、もう関わんない方がいいよ」
「……お前に言われなくても知らねぇよ、あんな奴。連絡も何もかも全部無視されてるし」
中村の鋭さに面食らいながらも、俺は目を伏せて吐き捨てた。
「そっか、それなら――」
「なぁなぁ、中村。情報処理の試験範囲ってこの課題のとこまでだよな?」
「ん?あぁ、ちょい待て。たしか俺メモったよ」
他の奴に話しかけられ、中村は自分の鞄を取るため立ち上がった。俺への忠告は終わったらしい。
少々居心地は悪いけど、壱星に捨てられた俺を受け入れてくれたこいつらには感謝している。こうしてテスト勉強をやるにしても1人だと都合が悪い。それに教室や食堂にいると、どうしても壱星と過ごした時間を思い出してしまうから。
そう簡単には忘れられない。俺はあいつに酷いことをしたし、あいつにも酷いことをされたんだと思うけど、楽しかった記憶だってある。あの関係が虚構だったとしても、俺の気持ちは100%が嘘だったわけではない。
あの日壱星の家であったことは、誰にも話すつもりはない。話したところで、誰も理解できないだろうし、早く風化させてしまった方が俺のためにも、壱星のためにもなると思うから……。
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