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第四章
4-7 皆のもの
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背はそれほど高くないが、小顔でスタイルがよく、明るく染めた髪色が似合う端正な顔立ち。怪我をしていること以外、SNSで見たのと全く同じ――いや、直接目にする重森真宙は写真よりもずっと落ち着いていて、優しそうに見える。
「ねぇ、智暁君って予想外のことが起きると固まるタイプなの?……あ、俺、重森真宙。よろしくね」
笑顔を貼り付けたまま、重森はゆっくり俺たちの方へと近付いてくる。その様子が不気味なものに見えて、俺は腕の中の壱星をぎゅっと抱き締めた。
「……な、何で、何で重森がここにいるんだよ。おい、壱星……」
そう問いかけた時、壱星は俺ではなく重森を見つめていた。熱っぽく、それでいて穏やかな表情で、まるで神々しいものでも見るような眼差しを向けている。
「ねぇ、智暁君は砂原が自分だけのものだと思ってた?」
重森が手を伸ばしてくるから、俺は反射的に壱星を自分の影に隠すようにした。
「ど、どういう意味だよ?壱星は…………いや、俺はお前が壱星に何してるか知ってんだからな」
相手のペースに飲まれたくなくて、重森が壱星から金を巻き上げているという蒼空の話を思い出して凄む。
しかし、重森はそんな曖昧な脅しには全く動じず、煽るように伸ばした手をふらふらと揺らしている。
「ふぅん。智暁君はそれでもいいんだ?」
「な、何が……」
「砂原の体が皆のもので、それでお金を貰ってることも。智暁君のその服を買ったのが、そういう汚いお金でも――」
……え?何の話だ?
「ち、違います!重森先輩っ」
動揺する俺の腕の中から壱星が声を上げながら飛び出した。
……壱星?
重森は伸ばしたままだった手で壱星の襟口を掴み、その体を床へと引き倒した。2人の突然の行動と、笑顔のまま何1つ表情を変えない重森に呆気にとられ、俺はその光景をただ見ていることしかできなかった。
「しっ、重森先輩、違うんです。俺が稼いだお金は全て先輩に渡しました。この人の服もペンダントも父からの――」
壱星は派手な音を立てて床に体を打ち付けたにも関わらず、すぐに飛び起きると重森の脚に縋り付く。
「重森先輩、信じてください。俺のっ……あっ……」
壱星を見下ろしていた重森がポケットに手を突っ込むと、壱星の体がビクッと小さく跳ねた。
「砂原、弁えて?俺、智暁君と話してるんだよ。それに人前では先輩って呼ぶなって言ったよね?」
「ごっ……ごめんなさい」
重森の足が蹲った壱星の頭を踏みつけるのを見て、俺は慌てて靴を脱いで止めに入った。
「お前、さっきから何してんだよ?!……壱星から離れろよ!」
胸倉を掴んで重森を見下ろし、精一杯低い声を出す。よく見るとこいつの顔は傷だらけだ。乱暴にして大丈夫だろうか。
しかし、俺のそんな小さな心配もよそに、重森は怯む様子も見せず気持ちの悪い笑顔を浮かべたままだった。
「どうして?さっきも言ったよね。砂原の体は智暁君だけのものじゃないんだよ?」
「そもそもそれが意味わかんねぇんだよ。……壱星は誰のもんでもないはずだろ」
言い返しながら、俺は得体の知れない恐怖を感じていた。
重森の話し方、声の出し方、それに俺を見上げる仕草まで、何から何まで壱星にそっくりだ。見た目は全く違うのに、所作は瓜二つ。
この2人は、一体何なんだ。俺の知らないところで壱星は……。
「――智暁君」
今度は足元の方から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「真宙さんに触らないで」
壱星は俺の脚を掴み、睨みつけるようにこちらを見上げていた。
「……壱星も何言ってんだよ。じゃあ、この状況説明しろよ!」
俺は壱星の二の腕を引き上げて立たせようとする。壱星は伺うように重森の方を見た後、俺の手を振り解いて上体を起こした。
重森がその場にしゃがみ、壱星の髪を乱暴に掴む。
「ねぇ、砂原。智暁君にちゃんと教えてあげなよ。自分がどれだけ穢れてるのか。この体が誰のもので、その心が従うのは誰なのか」
「真宙さんっ……」
「智暁君にわかってもらえたら、砂原のこと許してあげてもいいよ」
重森は立ち上がると、ポケットに手を突っ込んで部屋の奥の方へと歩いていった。
カラカラと引き戸を開く音がして、重森がベランダに出たことを確認すると、俺は立ち上がった壱星に詰め寄る。
「……どういうことだよ?お前、大学も来ないで何やってんだ?あいつは何でここに――」
「智暁君、俺のこと責めてるの?」
サラサラの黒髪が揺れて、大きな黒い瞳が俺を見つめる。いつもと変わらないはずの壱星の眼差しが、初めて見る色を帯びている気がした。
「智暁君にそんなことする資格ある?ねぇ、俺が気付いてないとでも思ってた?」
「……何の話だよ」
壱星は目を細めて視線を逸らすと、そっと自分の唇に触れた。
「笹山蒼空。好きなんでしょ?俺と会うよりずっと前から」
再び俺を見上げた壱星は、重森と同じ、不気味な笑顔を浮かべていた。
「ねぇ、智暁君って予想外のことが起きると固まるタイプなの?……あ、俺、重森真宙。よろしくね」
笑顔を貼り付けたまま、重森はゆっくり俺たちの方へと近付いてくる。その様子が不気味なものに見えて、俺は腕の中の壱星をぎゅっと抱き締めた。
「……な、何で、何で重森がここにいるんだよ。おい、壱星……」
そう問いかけた時、壱星は俺ではなく重森を見つめていた。熱っぽく、それでいて穏やかな表情で、まるで神々しいものでも見るような眼差しを向けている。
「ねぇ、智暁君は砂原が自分だけのものだと思ってた?」
重森が手を伸ばしてくるから、俺は反射的に壱星を自分の影に隠すようにした。
「ど、どういう意味だよ?壱星は…………いや、俺はお前が壱星に何してるか知ってんだからな」
相手のペースに飲まれたくなくて、重森が壱星から金を巻き上げているという蒼空の話を思い出して凄む。
しかし、重森はそんな曖昧な脅しには全く動じず、煽るように伸ばした手をふらふらと揺らしている。
「ふぅん。智暁君はそれでもいいんだ?」
「な、何が……」
「砂原の体が皆のもので、それでお金を貰ってることも。智暁君のその服を買ったのが、そういう汚いお金でも――」
……え?何の話だ?
「ち、違います!重森先輩っ」
動揺する俺の腕の中から壱星が声を上げながら飛び出した。
……壱星?
重森は伸ばしたままだった手で壱星の襟口を掴み、その体を床へと引き倒した。2人の突然の行動と、笑顔のまま何1つ表情を変えない重森に呆気にとられ、俺はその光景をただ見ていることしかできなかった。
「しっ、重森先輩、違うんです。俺が稼いだお金は全て先輩に渡しました。この人の服もペンダントも父からの――」
壱星は派手な音を立てて床に体を打ち付けたにも関わらず、すぐに飛び起きると重森の脚に縋り付く。
「重森先輩、信じてください。俺のっ……あっ……」
壱星を見下ろしていた重森がポケットに手を突っ込むと、壱星の体がビクッと小さく跳ねた。
「砂原、弁えて?俺、智暁君と話してるんだよ。それに人前では先輩って呼ぶなって言ったよね?」
「ごっ……ごめんなさい」
重森の足が蹲った壱星の頭を踏みつけるのを見て、俺は慌てて靴を脱いで止めに入った。
「お前、さっきから何してんだよ?!……壱星から離れろよ!」
胸倉を掴んで重森を見下ろし、精一杯低い声を出す。よく見るとこいつの顔は傷だらけだ。乱暴にして大丈夫だろうか。
しかし、俺のそんな小さな心配もよそに、重森は怯む様子も見せず気持ちの悪い笑顔を浮かべたままだった。
「どうして?さっきも言ったよね。砂原の体は智暁君だけのものじゃないんだよ?」
「そもそもそれが意味わかんねぇんだよ。……壱星は誰のもんでもないはずだろ」
言い返しながら、俺は得体の知れない恐怖を感じていた。
重森の話し方、声の出し方、それに俺を見上げる仕草まで、何から何まで壱星にそっくりだ。見た目は全く違うのに、所作は瓜二つ。
この2人は、一体何なんだ。俺の知らないところで壱星は……。
「――智暁君」
今度は足元の方から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「真宙さんに触らないで」
壱星は俺の脚を掴み、睨みつけるようにこちらを見上げていた。
「……壱星も何言ってんだよ。じゃあ、この状況説明しろよ!」
俺は壱星の二の腕を引き上げて立たせようとする。壱星は伺うように重森の方を見た後、俺の手を振り解いて上体を起こした。
重森がその場にしゃがみ、壱星の髪を乱暴に掴む。
「ねぇ、砂原。智暁君にちゃんと教えてあげなよ。自分がどれだけ穢れてるのか。この体が誰のもので、その心が従うのは誰なのか」
「真宙さんっ……」
「智暁君にわかってもらえたら、砂原のこと許してあげてもいいよ」
重森は立ち上がると、ポケットに手を突っ込んで部屋の奥の方へと歩いていった。
カラカラと引き戸を開く音がして、重森がベランダに出たことを確認すると、俺は立ち上がった壱星に詰め寄る。
「……どういうことだよ?お前、大学も来ないで何やってんだ?あいつは何でここに――」
「智暁君、俺のこと責めてるの?」
サラサラの黒髪が揺れて、大きな黒い瞳が俺を見つめる。いつもと変わらないはずの壱星の眼差しが、初めて見る色を帯びている気がした。
「智暁君にそんなことする資格ある?ねぇ、俺が気付いてないとでも思ってた?」
「……何の話だよ」
壱星は目を細めて視線を逸らすと、そっと自分の唇に触れた。
「笹山蒼空。好きなんでしょ?俺と会うよりずっと前から」
再び俺を見上げた壱星は、重森と同じ、不気味な笑顔を浮かべていた。
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