44 / 57
第四章
4-5 決意
しおりを挟む
「で、どーすんの?壱星ってヤツとは」
アイスを食べ終えた後、蒼空はまるで週末の予定でも聞くような調子で尋ねてきた。……まぁ、実際、今週末別れる予定だったんだけど。
「別れるよ。で、重森真宙のことは聞かない」
とにかく、ちゃんとケジメをつけようと思う。重森とのことを隠されていたのはショックだけど、どうせ終わりにするんだから追及する必要もないだろう。
でも、もしも壱星が俺と別れたくないとごねるなら、その時には……。
「そっか。なら俺、余計なこと話しちゃったな」
蒼空はバツが悪そうに頭を掻いて俺から視線を逸らした。
「そんなことない。蒼空の話聞いたお陰で決心がついたよ。あの2人に何があるのか知らないし、壱星は利用されてるだけなのかも知れないけど。それでも、あんな風に嘘をつく相手とは……」
……嘘。俺も嘘をついていた。お互い様のくせに、偉そうだな、俺は。
俺が言葉を切ったことで蒼空は視線だけ動かしてチラッとこちらを見たが、あらぬ方へ顔を向けたまま口を開いた。
「なぁ、言いたくなかったら答えなくてもいいんだけど」
ローテーブルに頬杖をついた蒼空の髪の毛が、窓から差し込む日の光に照らされて、ほんのり赤くキラキラと輝く。
「智暁っていつ……男が好きだって気付いた?」
髪だけでなく、頬まで赤く染まっているのは夕焼けのせいだろうか。
「いや、やっぱごめん。答えたくないよな、そんな――」
「高3の7月」
「え?」
大きな垂れ目がさらに大きく見開かれて、真っ直ぐ俺を見つめる。
「英語が終わった後の昼休みかな」
蒼空が染谷さんと付き合い始めたと知った時のこと。
「え?そんなピンポイントで?授業で何かあったってこと?」
蒼空は、今もあの時も、それよりも前から、ずっと変わらない。
見慣れた表情も、初めて見る笑顔も……ずっと、俺の大好きな蒼空のまま。
「いや、だから授業の後だって。忘れられないんだよ、あの瞬間が」
蒼空は首を傾げながら前髪を掻き上げ、考え込むような素振りを見せていたが、やがて表情を崩して笑った。
「忘れられない瞬間ね……。よくわかんないけど、なんかいいな、そういうの」
そのはにかむような笑顔は、あの時染谷さんに向けていたものとも、また違うような気がした。
「……そうだな。いいかも」
自覚すると同時に終わったはずの俺の恋は、どうやら今も続いている。
◇◇◇
「じゃーな、智暁。何かあったらいつでも連絡しろよ。また胸貸してやるから」
玄関先まで俺を見送りに来た蒼空はいたずらっぽく笑った。
「うるせー。二度とあんなことしねぇよ」
「あんなことって?」
「あー、うぜー。マジで忘れろよ」
自転車を引き、楽しそうな笑い声を背に数歩進んでから、首だけ振り返って蒼空を見る。
「じゃ。……ありがとな、色々」
「どーいたしまして。またな、智暁」
「……おう。またな、蒼空」
今までは寂しくて言えなかった「またな」という言葉が、この時は自然と口から溢れた。それが嬉しくて、俺はペダルを漕ぎ出した後、もう一度蒼空を振り返る。
ガレージの門を閉めている手を止めて、あいつは大きく手を振ってくれた。前へ向き直りながら片手を上げてそれに答え、少しずつ暖かくなってきた夜の空気を吸い込んだ。
壱星と別れた後、蒼空との関係がどうなるのかはわからない。両思いだとしても、恋人同士になって上手くいく保証はないし、いっそこのままの方がいいのかも知れない。
だけど……風を切る唇が、蒼空の感触を覚えている。叶うことならばもう一度、今度はちゃんと、キスをしたい。
そして、きちんと目を見て伝えたい。俺は蒼空のことが、この世界の誰よりも好きなんだって。
アイスを食べ終えた後、蒼空はまるで週末の予定でも聞くような調子で尋ねてきた。……まぁ、実際、今週末別れる予定だったんだけど。
「別れるよ。で、重森真宙のことは聞かない」
とにかく、ちゃんとケジメをつけようと思う。重森とのことを隠されていたのはショックだけど、どうせ終わりにするんだから追及する必要もないだろう。
でも、もしも壱星が俺と別れたくないとごねるなら、その時には……。
「そっか。なら俺、余計なこと話しちゃったな」
蒼空はバツが悪そうに頭を掻いて俺から視線を逸らした。
「そんなことない。蒼空の話聞いたお陰で決心がついたよ。あの2人に何があるのか知らないし、壱星は利用されてるだけなのかも知れないけど。それでも、あんな風に嘘をつく相手とは……」
……嘘。俺も嘘をついていた。お互い様のくせに、偉そうだな、俺は。
俺が言葉を切ったことで蒼空は視線だけ動かしてチラッとこちらを見たが、あらぬ方へ顔を向けたまま口を開いた。
「なぁ、言いたくなかったら答えなくてもいいんだけど」
ローテーブルに頬杖をついた蒼空の髪の毛が、窓から差し込む日の光に照らされて、ほんのり赤くキラキラと輝く。
「智暁っていつ……男が好きだって気付いた?」
髪だけでなく、頬まで赤く染まっているのは夕焼けのせいだろうか。
「いや、やっぱごめん。答えたくないよな、そんな――」
「高3の7月」
「え?」
大きな垂れ目がさらに大きく見開かれて、真っ直ぐ俺を見つめる。
「英語が終わった後の昼休みかな」
蒼空が染谷さんと付き合い始めたと知った時のこと。
「え?そんなピンポイントで?授業で何かあったってこと?」
蒼空は、今もあの時も、それよりも前から、ずっと変わらない。
見慣れた表情も、初めて見る笑顔も……ずっと、俺の大好きな蒼空のまま。
「いや、だから授業の後だって。忘れられないんだよ、あの瞬間が」
蒼空は首を傾げながら前髪を掻き上げ、考え込むような素振りを見せていたが、やがて表情を崩して笑った。
「忘れられない瞬間ね……。よくわかんないけど、なんかいいな、そういうの」
そのはにかむような笑顔は、あの時染谷さんに向けていたものとも、また違うような気がした。
「……そうだな。いいかも」
自覚すると同時に終わったはずの俺の恋は、どうやら今も続いている。
◇◇◇
「じゃーな、智暁。何かあったらいつでも連絡しろよ。また胸貸してやるから」
玄関先まで俺を見送りに来た蒼空はいたずらっぽく笑った。
「うるせー。二度とあんなことしねぇよ」
「あんなことって?」
「あー、うぜー。マジで忘れろよ」
自転車を引き、楽しそうな笑い声を背に数歩進んでから、首だけ振り返って蒼空を見る。
「じゃ。……ありがとな、色々」
「どーいたしまして。またな、智暁」
「……おう。またな、蒼空」
今までは寂しくて言えなかった「またな」という言葉が、この時は自然と口から溢れた。それが嬉しくて、俺はペダルを漕ぎ出した後、もう一度蒼空を振り返る。
ガレージの門を閉めている手を止めて、あいつは大きく手を振ってくれた。前へ向き直りながら片手を上げてそれに答え、少しずつ暖かくなってきた夜の空気を吸い込んだ。
壱星と別れた後、蒼空との関係がどうなるのかはわからない。両思いだとしても、恋人同士になって上手くいく保証はないし、いっそこのままの方がいいのかも知れない。
だけど……風を切る唇が、蒼空の感触を覚えている。叶うことならばもう一度、今度はちゃんと、キスをしたい。
そして、きちんと目を見て伝えたい。俺は蒼空のことが、この世界の誰よりも好きなんだって。
12
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
馬鹿犬は高嶺の花を諦めない
phyr
BL
死にかけで放り出されていたところを拾ってくれたのが、俺の師匠。今まで出会ったどんな人間よりも強くて格好良くて、綺麗で優しい人だ。だからどんなに犬扱いされても、例え師匠にその気がなくても、絶対に俺がこの人を手に入れる。
家も名前もなかった弟子が、血筋も名声も一級品の師匠に焦がれて求めて、手に入れるお話。
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
第9回BL小説大賞にもエントリー済み。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
オメガ社長は秘書に抱かれたい
須宮りんこ
BL
芦原奏は二十九歳の若手社長として活躍しているオメガだ。奏の隣には、元同級生であり現在は有能な秘書である高辻理仁がいる。
高校生の時から高辻に恋をしている奏はヒートのたびに高辻に抱いてもらおうとするが、受け入れてもらえたことはない。
ある時、奏は高辻への不毛な恋を諦めようと母から勧められた相手と見合いをする。知り合った女性とデートを重ねる奏だったが――。
※この作品はエブリスタとムーンライトノベルスにも掲載しています。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
記憶喪失の君と…
R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。
ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。
順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…!
ハッピーエンド保証
夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子
葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。
幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。
一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。
やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。
※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる