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第三章

3-13 クソ野郎

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「起きろ、智暁。おーい、起きろ。帰るぞ」

 頬をパシパシと叩かれて目が覚める。

「ぬぁ……ま、眩しい……」
「いいから起きろって。大丈夫?水飲む?」
「飲む……。あっ」

 頭痛がかなりマシになっていることに気が付いた。まだものすごく眠いけど、昨日よりはずっと楽だ。

「……どうした?何かあった?」

 蒼空の方を見ると、少し心配そうに俺のことを見つめている。その瞳と目が合った途端、俺は昨夜のことを思い出した。

 ……あの時、俺、こいつにキスされたよな?

「智暁?大丈夫?気持ち悪い?」

 サッと顔を伏せた俺の隣に蒼空が腰掛けてきて、背中に触れられる。温かくて大きな手のひらの心地よさは、昨日のことが夢じゃないと知らしめてくるようだった。

「……だ、大丈夫。寧ろ元気」
「そう?ならいいけど。ほら、水飲んで」

 蒼空は俺の背中を擦りながら水の入ったコップを差し出してくる。ちらっと見ると、いつもと変わらない優しい表情だった。

 ……普通すぎる。何とも思ってない?ってか、やっぱ夢なのかな。

「あ、そういえばさ、智暁のスマホめっちゃ鳴ってたよ。砂原壱星って人からメッセ来まくってて」
「あー……マジか。ちょっと不安定なんだよな、最近」
「ふーん?ってかさ、その人に訂正しといてよ。俺に彼女なんていないって」

 蒼空が壱星の話をするのは変な感じ。

「訂正する必要ある?別にいいじゃん。俺が誤解してなければ」
「いや、よくない。そういうのはちゃんと正しておくもんだよ。そもそもそいつ何なんだよ。勝手に彼女いることにしてさ」
「人違いしただけだろ?怒んないでよ。ごめんって」

 やけにヒートアップする蒼空に困惑する。

「智暁も智暁だよ。俺に何も聞かずにその人の言う事信じるとか」
「蒼空が信じろって言ったんだろ?」

 図星すぎる指摘に、俺はつい言い返してしまった。

「……はぁ?俺は彼女のこと信じてやれって言っただけで、壱星ってヤツのことは何も言ってないけど」
「いや、別に、そういう意味じゃなくて……」

「何?俺が言ったから誰の言葉でも鵜呑みにするようになったって?智暁そんなアホだっけ?」
「アホって……俺は、ただ……」

 俺が悪いのはわかってる。だけど、蒼空のことになるとどうしても嫌な風に考えてしまうから……なんて素直に言えるはずもなく。

 頭が上手く回らない。取り繕う言葉も見つからなくて、俺たちはしばらく押し黙って見つめ合っていた。

 蒼空の目は、怒りよりも悲しみで満ちている。なぜかそんな気がしてしまい、余計に言葉が出てこない。せっかくまた昔みたいに仲良くなれたのに。

 でも、蒼空だって昨日あんなこと……。

「あれ?待って。その人って――」

 蒼空が何かを言いかけたその時、壁に取り付けられた電話がけたたましい音を立てて鳴り始めた。

「あ、やばい。ここ出なきゃ」

 蒼空は勢いよく立ち上がると受話器を耳に当て、一言二言会話すると俺に向き直った。

「ほら、行くぞ。立てる?」

◇◇◇

 あの後、蒼空はいつもの蒼空に戻った。いつもみたいにゲームの話とか、ちょっとした昔話をして盛り上がり、俺達はお互いの家へ帰った。

 シャワーを浴びた後、バイトまでもうひと眠りしようと思いベッドに仰向けに寝転がる。カラオケの硬いソファに比べて、うちのベッドの気持ちよさは格別だ。

 そういえば、壱星に返信しておかなくちゃ。さっき充電器に繋いだばかりのスマホを手に取るとメッセージ履歴を開く。そこには返信のない俺を心配する言葉がズラッと並んでおり、「昨日帰ったら即寝落ちしてた。ごめん」と打ち込みながらため息をついた。

 右手の人差し指で唇をなぞり、考える。

 昨日のあれは、夢だったんだろうか。いや、たとえ夢だとしても同じだ。そんなことを夢に見てしまう相手を、ただの親友だと言い切れるだろうか。

 俺が壱星に求めていることと、俺のしていることや俺の本心が矛盾している。

 もしかして、壱星は何か気が付いているんじゃないだろうか。蒼空を見たというのが、ただの人違いではなくて作り話だったら。蒼空の誕生日を知っていて、だからこんなに束縛してくるのだとしたら……。

 俺は何も変わっていない。蒼空と親友に戻れてもいなければ、壱星と恋人として向き合うこともできていない。

 どれだけ自分に言い訳しても無駄だ。間違いなく俺は、とんでもないクソ野郎だ。

「何なんだよ……俺はどうしたら……」

 枕に顔を埋めて唸り声を上げながら、湧き上がる自己嫌悪の思いに首を絞められるような息苦しさを感じていた。


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