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第三章
3-12 カラオケ
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居酒屋の後はコンビニでちょっと時間を潰して、フリータイムの始まったカラオケへ向かった。
次から次へと大人の階段を登っているような高揚感のせいなのか、酔っぱらっているせいなのか、楽しくて仕方がなくて、家に帰ろうという気持ちは微塵もなかった。
「なぁ、蒼空ぁ。カラオケ久しぶり過ぎだよなっ」
「深夜のフリータイムって俺初めてだわ。意外と高いのな」
「そりゃぁ昼よりは高いだろぉ。でも俺はバイトしてるからぁ」
「智暁酔ってんの?ゆずみつサワー3杯しか飲んでないくせに」
受付で名前を書いて、マイクとデンモクを受け取って部屋へ向かう。中学生くらいの頃から、蒼空とはよくこのカラオケに来ていた。
「ここさぁ、ずっと変わんねーなぁ。俺部屋までの道完璧に覚えてるぜぇ。こっちだろー?」
「違う、こっち。314だよ。智暁、ほんとにわかってる?」
「……あ、いや、でも待って。俺、先小便行くわ」
「あっそ。トイレはそこ曲がったとこな。で、部屋は314だから。間違えんなよ。覚えた?復唱して」
「だから子供扱いすんなってぇ」
「酔っ払い扱いだよ。ほら、智暁、部屋何番?」
「314な、314……」
そう言いながらトイレへと向かう。確かここを曲がって……あ、あった。
入ろうとしたその時、入り口の段差に躓いてガクッと視界が揺れる。壁に手をついて体を支えたが、まだ目の前が揺れている。
あれ、なんかおかしい。目が回る。待って、やばい。気持ち悪い……。やばい、吐きそう、なんだこれ。
かろうじて個室に駆け込み、鍵を閉めて床に膝をつくと便器に顔を伏せた。その途端、腹の中の物が込み上げてきて、俺は一気に嘔吐した。嫌な味にアルコールの匂いが混じっていて、更に気分が悪くなる……。
何度か吐いて、もう何も出ないというところまでいくと、少しだけ気分がよくなった。でも、頭がガンガンする。
……何だっていうんだ。これが酒の力か。クソ、めちゃくちゃいい気分だったのに最悪だ。
足を引きずるようにしながら314号室を目指すと、蒼空の歌声が外まで聞こえてきた。こいつは全然平気なのか。ってか、1人で始めてんじゃねぇよ。
「おい、うるせぇよ」
俺が入るなりそう言うと、蒼空は歌うのをやめて楽しそうに笑った。
「ごめんごめん。智暁遅いから。あ、智暁の飲み物取ってきてやったよ」
「……サンキュ。でも俺もう寝る。頭いてぇ」
テーブルの上に置かれている烏龍茶を一口飲むと、L字型のソファの蒼空が座っていない場所に倒れ込む。横になると少しだけ頭痛がマシになるような気がした。
「え?智暁、大丈夫?ってか、帰る?」
蒼空の心配そうな声が聞こえてくるが、俺は手を左右に振ってみせた。
「チャリ乗る元気ない。蒼空、歌ってていいよ」
「……はは、歌えるかよ」
蒼空がマシンの電源を切ったのか、少しずつ周りが静かになり、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
◇◇◇
あれ……そうか、俺、カラオケで寝てるんだ。まだ寝てていいかな。頭痛い。でも、何かちょっと落ち着く。
ふと目覚めた俺は、瞼を閉じたまま体を撫でる手の単調なリズムに心地よさを感じていた。
「智暁……」
あぁ、撫でてくれてんのは蒼空か。当たり前だよな。他に誰もいるはずない。
あったかくて、いい匂いがする。蒼空がそばにいるせいなのかな。何か蒼空に包まれてるみたい。
「ごめんな……」
何が……その時、頬の辺りにくすぐったいような感覚があり、柔らかい物が唇に触れた。
……え?
「ふは……やべ。マジでヤバい。俺何してんだ。こいつ彼女いるのに」
ブツブツと呟く蒼空の声が聞こえる。それから、体の上に置いている手をなぞられる感触がする。
「智暁が可愛いのが悪い。酔い潰れんのが悪い」
何言ってんだ、こいつ。
「……好きになった俺が悪い。ごめんな、智暁。でも、俺もうお前以外のこと考えらんないよ」
……は?
「もう二度と離れたくない。だから……」
何言って――あ、ヤバい。
驚き過ぎて思わず変な風に息を吸い込んでしまい、込み上げる咳を抑えることができなかった。
「ゲホッゲホッ……んンッ……」
「……えっ、起きた?!智暁?起きちゃった?」
目を開けないよう意識して、何とか呼吸を整える。
「ちあきー?寝ながらむせた?大丈夫か?…………よし、息してる。はぁ、ビビらせんなよ」
蒼空が立ち上がり、俺から離れていく気配を感じる。
……ビビったのは俺だっつーの。何?好きって何?ってか、さっき何された?
ズキズキと痛む頭に加えて、バクバクと脈打つ心臓のせいで、俺はしばらく落ち着かなかった。それでも、酒の力っていうのはなかなかのもので、気付けば再び眠りに落ちていた。
次から次へと大人の階段を登っているような高揚感のせいなのか、酔っぱらっているせいなのか、楽しくて仕方がなくて、家に帰ろうという気持ちは微塵もなかった。
「なぁ、蒼空ぁ。カラオケ久しぶり過ぎだよなっ」
「深夜のフリータイムって俺初めてだわ。意外と高いのな」
「そりゃぁ昼よりは高いだろぉ。でも俺はバイトしてるからぁ」
「智暁酔ってんの?ゆずみつサワー3杯しか飲んでないくせに」
受付で名前を書いて、マイクとデンモクを受け取って部屋へ向かう。中学生くらいの頃から、蒼空とはよくこのカラオケに来ていた。
「ここさぁ、ずっと変わんねーなぁ。俺部屋までの道完璧に覚えてるぜぇ。こっちだろー?」
「違う、こっち。314だよ。智暁、ほんとにわかってる?」
「……あ、いや、でも待って。俺、先小便行くわ」
「あっそ。トイレはそこ曲がったとこな。で、部屋は314だから。間違えんなよ。覚えた?復唱して」
「だから子供扱いすんなってぇ」
「酔っ払い扱いだよ。ほら、智暁、部屋何番?」
「314な、314……」
そう言いながらトイレへと向かう。確かここを曲がって……あ、あった。
入ろうとしたその時、入り口の段差に躓いてガクッと視界が揺れる。壁に手をついて体を支えたが、まだ目の前が揺れている。
あれ、なんかおかしい。目が回る。待って、やばい。気持ち悪い……。やばい、吐きそう、なんだこれ。
かろうじて個室に駆け込み、鍵を閉めて床に膝をつくと便器に顔を伏せた。その途端、腹の中の物が込み上げてきて、俺は一気に嘔吐した。嫌な味にアルコールの匂いが混じっていて、更に気分が悪くなる……。
何度か吐いて、もう何も出ないというところまでいくと、少しだけ気分がよくなった。でも、頭がガンガンする。
……何だっていうんだ。これが酒の力か。クソ、めちゃくちゃいい気分だったのに最悪だ。
足を引きずるようにしながら314号室を目指すと、蒼空の歌声が外まで聞こえてきた。こいつは全然平気なのか。ってか、1人で始めてんじゃねぇよ。
「おい、うるせぇよ」
俺が入るなりそう言うと、蒼空は歌うのをやめて楽しそうに笑った。
「ごめんごめん。智暁遅いから。あ、智暁の飲み物取ってきてやったよ」
「……サンキュ。でも俺もう寝る。頭いてぇ」
テーブルの上に置かれている烏龍茶を一口飲むと、L字型のソファの蒼空が座っていない場所に倒れ込む。横になると少しだけ頭痛がマシになるような気がした。
「え?智暁、大丈夫?ってか、帰る?」
蒼空の心配そうな声が聞こえてくるが、俺は手を左右に振ってみせた。
「チャリ乗る元気ない。蒼空、歌ってていいよ」
「……はは、歌えるかよ」
蒼空がマシンの電源を切ったのか、少しずつ周りが静かになり、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
◇◇◇
あれ……そうか、俺、カラオケで寝てるんだ。まだ寝てていいかな。頭痛い。でも、何かちょっと落ち着く。
ふと目覚めた俺は、瞼を閉じたまま体を撫でる手の単調なリズムに心地よさを感じていた。
「智暁……」
あぁ、撫でてくれてんのは蒼空か。当たり前だよな。他に誰もいるはずない。
あったかくて、いい匂いがする。蒼空がそばにいるせいなのかな。何か蒼空に包まれてるみたい。
「ごめんな……」
何が……その時、頬の辺りにくすぐったいような感覚があり、柔らかい物が唇に触れた。
……え?
「ふは……やべ。マジでヤバい。俺何してんだ。こいつ彼女いるのに」
ブツブツと呟く蒼空の声が聞こえる。それから、体の上に置いている手をなぞられる感触がする。
「智暁が可愛いのが悪い。酔い潰れんのが悪い」
何言ってんだ、こいつ。
「……好きになった俺が悪い。ごめんな、智暁。でも、俺もうお前以外のこと考えらんないよ」
……は?
「もう二度と離れたくない。だから……」
何言って――あ、ヤバい。
驚き過ぎて思わず変な風に息を吸い込んでしまい、込み上げる咳を抑えることができなかった。
「ゲホッゲホッ……んンッ……」
「……えっ、起きた?!智暁?起きちゃった?」
目を開けないよう意識して、何とか呼吸を整える。
「ちあきー?寝ながらむせた?大丈夫か?…………よし、息してる。はぁ、ビビらせんなよ」
蒼空が立ち上がり、俺から離れていく気配を感じる。
……ビビったのは俺だっつーの。何?好きって何?ってか、さっき何された?
ズキズキと痛む頭に加えて、バクバクと脈打つ心臓のせいで、俺はしばらく落ち着かなかった。それでも、酒の力っていうのはなかなかのもので、気付けば再び眠りに落ちていた。
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