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第三章

3-4 嘘つきは誰

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 蒼空と壱星が鉢合わせしてしまってから数日後の朝、俺はあくびを噛み殺しながら授業のある校舎へ向かって歩いていた。

「サクラ!おっはよー!何チンタラ歩いてんだよ!遅刻すんぞ」

 すぐ後ろから大きな声が聞こえて振り返ると、中村がテンション高そうに走ってくる。こいつは俺のことを桜川とかサクラとかサクちゃんとか適当な呼び名で呼ぶ。

「中村か、おはよ。まだ10分あるから余裕だよ」
「そう?あ、そういえば、飯いつ行く?」
「飯?」
「桜川が奢れって言ったんだろー?今日の昼はどう?」

 この間、ゲームのアイテムを分けてやった時に、見返りに奢れと自分から言ったことを思い出す。

「あー、でも昼は壱星と食ってるからなぁ……」

 中村は「あぁ」と少し気まずそうに顔を歪めた。壱星と相性が悪いことを自覚してるんだろう。

「砂原壱星ね。桜川が砂原と仲良いのなんか意外だわ」
「あいつ人見知りだからな。でもいい奴だよ」

 とはいえ、壱星との昼飯に中村を呼ぶわけにもいかないし、飯以外の物を奢らせるか……。ぼんやりとそう考えていると、中村が何かを思い出したかのように声を上げた。

「そういえば砂原ってK県のM高出身だろ?」
「高校名までは知らないけど。詳しいな」
「いや、サークルにM高卒が何人かいるんだよ。あそこ出身の奴らって皆すげぇ我が強いっていうかクセ強で……。砂原もああ見えて結構性格キツいだろ?なるほどなって感じ」
「あー、そうかなぁ……」

 以前、プロジェクションマッピングを見た後のレストランで、壱星の高校からこの大学に進学する人間も多いと聞かされたことを思い出す。

「まぁ、その分優秀な人も多いけどね。真宙さんみたいな」
「……はっ?マヒロさん?」

 中村の口から出てきたその名前に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。壱星と同じ高校で、マヒロって……。

「知らない?建築学科で、イベサーの代表やってるイケメンの。そこそこ有名だろ」
「も、もしかして重森真宙?」
「そうそう。やっぱ知ってるだろ?」

 雷に打たれたかのような衝撃が走る。壱星の部屋で高校時代の重森の選挙公約を見たとき、どこかで聞いたことのある名前だと思ったのはそのせいだったのか。どうして今まで思い出さなかったんだろう。

 壱星がかつて想いを寄せていた先輩、重森真宙がこの大学にいるなんて。

 あの時、壱星は重森の進学先を知らないと言っていた。とても寂しそうな顔で……嘘をついているようには見えなかった。

 目の前がグルグルと回るような気がしていたが、かろうじて中村に付いて歩き、会話を続ける。

「まぁ、真宙さんも裏では結構色々言われてるけどね」
「……色々って?」
「いや、俺も詳しくは知らんよ。でも真宙さんって何ていうかカリスマ的存在で、子分って言ったら言い方悪いけど……舎弟?いや、信者?まぁ、高校の頃からそういうのいっぱい抱えてたらしくて。日常的にそいつらをパシリにしたり……」

 重森先輩は皆の憧れだったから……壱星の言葉の意味を理解する。だとすれば、壱星も重森の信者の1人だったのか?もしかして、今でもあいつは……。

「金を巻き上げたりとか?ほんとかは知らないけどな。社長の息子らしいのにそんなことするかな。ってか、砂原は真宙さんの話しないの?M高の奴らは皆――」

 それからはもう、中村の言葉は頭に入ってこなかった。壱星が俺に嘘をついていたのは間違いない。それも、こんなにすぐにバレるような嘘を……。

◇◇◇

「おはよ、智暁君」

 教室の入口で中村と別れ、俺はいつものように壱星の隣に腰を下ろした。

「おう、おはよう。壱星」

 本当は今すぐ問い質したかったけど、教室でそんなことできるはずもなく、何食わぬ顔で筆記用具を取り出す。

 そもそも、壱星に何を聞く?俺が重森の公約を見つけた時は泣くほど取り乱していたのに、セックスした後は平然と嘘をついた壱星に何かを尋ねたところで、はぐらかされるだけなんじゃないだろうか。

 結局、その日は何も聞くことができないまま、大学が終れば真っ直ぐバイト先へと向かった。

 バスの中で重森真宙の名前を検索してみると、あらゆるSNSのアカウントがヒットした。その全てにうちの大学名とサークル名が記載されている。

 明るい髪色と自信が溢れるような立ち姿でパッと見はチャラそうだが、口角を高く上げてにっこりと笑う顔は爽やかで、人に好かれるのがよくわかる。俺みたいな暗い人間とは全く違う人種……。

 見ているのが辛くなってすぐに画面を閉じると、俺は小さくため息をついた。



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