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第三章
3-3 誤魔化してしまう
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水曜日、混み始めた南館の食堂の中で壱星の姿を探す。たしか、入って左の方だって言ってたよな。
「智暁!」
俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声にドキッと心臓が跳ね上がる。振り返ると、いつもと変わらない満面の笑みで俺に手を振る蒼空の姿がそこにあった。
「何でここに……」
そうか。完全に油断してたけど、そう言えば初めて構内で蒼空を見かけたのもこの南館の食堂だ。でも、あれから1ヶ月、ここで蒼空を見ることはなかったから、てっきりこの食堂は使ってないんだと思っていた。
「何でって、智暁、それこっちのセリフ。農学部って通り挟んだ向こう側だろ?わざわざここまで来たの?あ、まだ共通科目取ってんのか」
蒼空の話が全然頭に入ってこない。だって、その斜め後ろには壱星が立っているから。きっと俺に声をかけようとしたところだったんだろう。大きな瞳を瞬かせて、じっと蒼空を見つめている。
引き合わせたくない2人がここにいる。蒼空とは親友に戻れたと思っているけど、それでもかつて恋をしていた相手だ。壱星に見られると気まずさを感じてしまう。
どうするのが正解かわからなかったけど、俺は咄嗟に壱星の名前を呼んだ。
「壱星!」
蒼空の話を遮って声を上げると、一歩前に踏み出して壱星の二の腕を掴んで引き寄せる。
蒼空と壱星は同時に「えっ」と困惑の吐息を漏らした。
「待たせてごめんな、壱星。バス遅れてて。……あ、こいつ俺の学科の友達。壱星っていうんだ」
壱星を隣に立たせて蒼空に紹介する。蒼空は目を丸くしていたけど、すぐにいつもの人懐っこい笑顔になった。
「……あ、あぁ、そうなんだ。どーも、初めまして。俺――」
「で!こいつが笹山蒼空。高校の時の友達で、1浪して今年から工学部入ったんだって」
余計なことを言われないよう、自己紹介をしようとした蒼空の言葉を無理やり引き継ぐ。壱星は小さな声で「はぁ」と言ったきり何も言わなかった。
「じゃ、俺たちもう行くわ!次の授業、出欠厳しいから急いで飯食わないといけないんだよね」
「あ、そっか。ごめん、呼び止めて。またな、智暁」
「じゃあな!……行こう、壱星。席どこ?」
蒼空に雑に手を振るとそのまま歩き出す。20歩くらい歩いたところで、壱星は薄っすらと笑みを浮かべて俺を見上げた。
「……智暁君。今の人、笹山蒼空っていうんだね」
「え?あぁ、そうだよ」
壱星の腕を掴んだままだったことに気が付き手を離すと、壱星は少し痛そうにその部分を擦った。
「あ、ごめん。強く掴んじゃって」
「大丈夫。ふふ、それより嬉しかったよ」
何が?そう聞き返したかったが、痛いのが嬉しいとでも言われると嫌だから黙っておくことにした。
「あ、ってか、俺先に飯買ってくるわ。壱星は?」
「俺はもう買ったから待ってるね。席あそこだよ」
壱星の指差す先にこいつのトートバッグが見えるのを確認すると、俺は向きを変えて注文カウンターへと歩き始めた。
◇◇◇
「お待たせ。先食っててよかったのに。冷めるだろ」
テーブルの上にトレーを置きながら、壱星が目の前のハンバーグに手を付けていないことを指摘した。しかし、壱星は俺の言葉には反応を示さずスマホを見続けている。
「……智暁君と笹山さんは同じバドミントン部だったんだね」
「え?何で?」
何でわかった?驚いて顔を上げると、スマホの画面を見せられた。
そこに表示されているのは高校の時の部活の写真だった。試合で遠征したときのものだろうか。お揃いのジャージを着た俺や蒼空、それから他の同学年の奴らが写っている。
「は?何それ。何でそんなん持ってんの?」
「これ?検索したら出てきた。……やっぱり高校生の頃の智暁君もカッコいいね。この時髪ちょっと長かったんだ」
検索したら……ってマジで?誰がそんなんネットに載せたんだよ。というか、壱星はどうやって検索したんだ?
「智暁君、笹山さんと仲良かったんだね。すごく楽しそう」
「……いや、まぁ、それなりに」
「ふぅん。そういえば、さっき何で嘘ついたの?」
嘘……?壱星を恋人ではなく友達と紹介したこと?それとも蒼空を幼馴染ではなく高校の友達と言ったこと?
「えっ……と、嘘って?」
恐る恐る尋ねる俺に、壱星はきょとんとした顔を見せた。
「次の授業、試験とレポートだけで出席取らないでしょ」
そのことか……。焦って変なこと言わなくてよかった。
「あ、あー、それね。いや、あいつ、笹山って話長いんだよ。さっさと切り上げたくてさ」
蒼空との仲を隠すため敢えて苗字で呼びながら、俺は嘘に嘘を重ねた。
「智暁!」
俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声にドキッと心臓が跳ね上がる。振り返ると、いつもと変わらない満面の笑みで俺に手を振る蒼空の姿がそこにあった。
「何でここに……」
そうか。完全に油断してたけど、そう言えば初めて構内で蒼空を見かけたのもこの南館の食堂だ。でも、あれから1ヶ月、ここで蒼空を見ることはなかったから、てっきりこの食堂は使ってないんだと思っていた。
「何でって、智暁、それこっちのセリフ。農学部って通り挟んだ向こう側だろ?わざわざここまで来たの?あ、まだ共通科目取ってんのか」
蒼空の話が全然頭に入ってこない。だって、その斜め後ろには壱星が立っているから。きっと俺に声をかけようとしたところだったんだろう。大きな瞳を瞬かせて、じっと蒼空を見つめている。
引き合わせたくない2人がここにいる。蒼空とは親友に戻れたと思っているけど、それでもかつて恋をしていた相手だ。壱星に見られると気まずさを感じてしまう。
どうするのが正解かわからなかったけど、俺は咄嗟に壱星の名前を呼んだ。
「壱星!」
蒼空の話を遮って声を上げると、一歩前に踏み出して壱星の二の腕を掴んで引き寄せる。
蒼空と壱星は同時に「えっ」と困惑の吐息を漏らした。
「待たせてごめんな、壱星。バス遅れてて。……あ、こいつ俺の学科の友達。壱星っていうんだ」
壱星を隣に立たせて蒼空に紹介する。蒼空は目を丸くしていたけど、すぐにいつもの人懐っこい笑顔になった。
「……あ、あぁ、そうなんだ。どーも、初めまして。俺――」
「で!こいつが笹山蒼空。高校の時の友達で、1浪して今年から工学部入ったんだって」
余計なことを言われないよう、自己紹介をしようとした蒼空の言葉を無理やり引き継ぐ。壱星は小さな声で「はぁ」と言ったきり何も言わなかった。
「じゃ、俺たちもう行くわ!次の授業、出欠厳しいから急いで飯食わないといけないんだよね」
「あ、そっか。ごめん、呼び止めて。またな、智暁」
「じゃあな!……行こう、壱星。席どこ?」
蒼空に雑に手を振るとそのまま歩き出す。20歩くらい歩いたところで、壱星は薄っすらと笑みを浮かべて俺を見上げた。
「……智暁君。今の人、笹山蒼空っていうんだね」
「え?あぁ、そうだよ」
壱星の腕を掴んだままだったことに気が付き手を離すと、壱星は少し痛そうにその部分を擦った。
「あ、ごめん。強く掴んじゃって」
「大丈夫。ふふ、それより嬉しかったよ」
何が?そう聞き返したかったが、痛いのが嬉しいとでも言われると嫌だから黙っておくことにした。
「あ、ってか、俺先に飯買ってくるわ。壱星は?」
「俺はもう買ったから待ってるね。席あそこだよ」
壱星の指差す先にこいつのトートバッグが見えるのを確認すると、俺は向きを変えて注文カウンターへと歩き始めた。
◇◇◇
「お待たせ。先食っててよかったのに。冷めるだろ」
テーブルの上にトレーを置きながら、壱星が目の前のハンバーグに手を付けていないことを指摘した。しかし、壱星は俺の言葉には反応を示さずスマホを見続けている。
「……智暁君と笹山さんは同じバドミントン部だったんだね」
「え?何で?」
何でわかった?驚いて顔を上げると、スマホの画面を見せられた。
そこに表示されているのは高校の時の部活の写真だった。試合で遠征したときのものだろうか。お揃いのジャージを着た俺や蒼空、それから他の同学年の奴らが写っている。
「は?何それ。何でそんなん持ってんの?」
「これ?検索したら出てきた。……やっぱり高校生の頃の智暁君もカッコいいね。この時髪ちょっと長かったんだ」
検索したら……ってマジで?誰がそんなんネットに載せたんだよ。というか、壱星はどうやって検索したんだ?
「智暁君、笹山さんと仲良かったんだね。すごく楽しそう」
「……いや、まぁ、それなりに」
「ふぅん。そういえば、さっき何で嘘ついたの?」
嘘……?壱星を恋人ではなく友達と紹介したこと?それとも蒼空を幼馴染ではなく高校の友達と言ったこと?
「えっ……と、嘘って?」
恐る恐る尋ねる俺に、壱星はきょとんとした顔を見せた。
「次の授業、試験とレポートだけで出席取らないでしょ」
そのことか……。焦って変なこと言わなくてよかった。
「あ、あー、それね。いや、あいつ、笹山って話長いんだよ。さっさと切り上げたくてさ」
蒼空との仲を隠すため敢えて苗字で呼びながら、俺は嘘に嘘を重ねた。
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