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第二章
2-14 もう一度
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しばらくの間、俺の座るブランコが軋む音だけが響いていたが、沈黙に耐えきれず口を開く。
「蒼空……蒼空は何で染谷さんと別れたの?受験だけが理由じゃないって言ってたよな?」
蒼空への本当の気持ちも、壱星とのことも打ち明けるわけにはいかず、俺は前から気になっていたことを尋ねてみた。
唐突な質問に蒼空は「えっ」と呟いたが、俺の頭に手を載せたまま穏やかな声で答える。
「他の人が好きだって気付いたんだ」
「……何それ。そんなでかい理由があるなら俺の言葉は関係ないじゃん」
「あるよ。……だって、俺の好きな人はA大にいるから」
「は?マジで?」
俺の知る限り、俺らの高校からうちの大学へ現役で合格した同学年の女子はいない。じゃあ、先輩?それとも他の高校?誰だよ、蒼空の好きな人って。
困惑して顔を上げると、蒼空はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。……まさか嘘?
「ってか、智暁、やっぱ覚えてたんだろ。自分の言ったこと。気にしてた?」
大学に落ちたこいつに対する「女に現抜かしてるから失敗したんだろ」という俺の言葉。ずっと後悔してたんだから忘れるわけがない。
「……そりゃ、だって……あれからお前に避けられてると思ってたから」
言い訳も思いつかず、俺は呟くようにそう言った。すると、蒼空は目の前にしゃがみこみ、俺の顔を覗き込むように見上げて真剣な表情を見せた。
「まぁ、確かに避けてたよ。図星だったから。それに、めちゃくちゃ悔しかった。絶対に合格して、智暁に俺のこと認めさせたくて頑張ったんだ」
「じゃあ、何で連絡くれなかったんだよ。合格したって」
「前も言ったじゃん。自分から言うのが恥ずかったから」
「ほんとにそれだけ?蒼空は……」
その時、手の甲が温かいものに包まれ、口に出そうとした言葉を飲み込んだ。蒼空の大きくて骨ばった手が、俺のそれを握っている。
「ごめんな、智暁。ずっとお前に謝りたかった」
何で……謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。酷いこと言ったのは俺の方なのに。
「変な意地張ってごめん。あと、同じ年に一緒に大学行けなくてごめんな」
「な、何で、そんな……それは俺が……」
込み上げてくるものを堰き止めるため下唇を噛むと、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。俺の手を包み込む温もりが、蒼空がここにいるという現実を嫌というほど伝えてくる。
「なぁ、智暁……」
真っ直ぐ俺を見ていた蒼空の顔がクシャッと笑顔を作った。
「やっぱ俺すげぇだろ?お前が行けなかった建築受かったんだよ?悔しい?負けを認めるなら今の内だよ」
おどけたように言う蒼空を見た途端、俺は急に馬鹿にされたような気になり、その手を振り解いて立ち上がった。
「なっ……はぁ?俺は受験してないんだからそこは勝負になんないだろ。むしろ俺はお前が落ちたとこ受かってんだよ。誰が負けなんか認めるかよ」
「うわ、びっくりした。急に立つなよ。目に砂入った」
蒼空も後退るようにしながら立ち上がると目を抑える。
「砂?自業自得だろ」
「智暁のせいだろ。……なぁ、こっちの目、何か入ってない?」
そう言われた俺は、本当に何も意識せずに蒼空に顔を近づけて目の様子を見ようとした。
「うーん、暗くてちょっとわかんないな。顔上げて」
「……智暁」
俺を呼ぶ蒼空の声があまりにもすぐ傍から聞こえて、吐く息の熱が顔に掛かって、懐かしい香りが鼻に抜けて。
「え」
キスされる――そう思ってしまったのも仕方のない状況だった。だけど、蒼空の顔は俺のすぐ横をすり抜けて、同じ高さにある肩同士がぶつかる。
「智暁、あんま無理すんなよ」
背中側に回った蒼空の腕がそっと俺を抱き締める。唇が触れ合わなかったことで拍子抜けしたのか、意外にも俺の心臓は穏やかだった。
「……蒼空、目の砂は」
「もう取れた」
「ってか、何してんの」
「智暁を元気づけようと」
「無理すんなって何?俺が何を無理してんの?」
「わかんない。でも、高3の時と同じ顔してる」
あの時の俺は、受験のことと蒼空の彼女に対する嫉妬で頭がいっぱいだった。こいつはどこまで気付いてたんだろう。
「高3の時は俺も必死だったから智暁を支えてやれなかった。でも今は違う。いつでも俺を頼ってよ」
トクントクンと揺れる鼓動のリズムと、頭を撫でてくれる大きな手が心地よい。
「……蒼空」
「何?」
「合格おめでとう。あと、酷いこと言ってごめんな」
蒼空の肩に顎を載せて、春の夜風を吸い込んだ。頬に触れる癖毛のくすぐったさと、ゴツゴツとした背中の感触、それから街灯に照らされた2台の自転車。俺はこのことを一生忘れないと思う。
ようやくもう一度、蒼空と親友に戻れた気がした。
「蒼空……蒼空は何で染谷さんと別れたの?受験だけが理由じゃないって言ってたよな?」
蒼空への本当の気持ちも、壱星とのことも打ち明けるわけにはいかず、俺は前から気になっていたことを尋ねてみた。
唐突な質問に蒼空は「えっ」と呟いたが、俺の頭に手を載せたまま穏やかな声で答える。
「他の人が好きだって気付いたんだ」
「……何それ。そんなでかい理由があるなら俺の言葉は関係ないじゃん」
「あるよ。……だって、俺の好きな人はA大にいるから」
「は?マジで?」
俺の知る限り、俺らの高校からうちの大学へ現役で合格した同学年の女子はいない。じゃあ、先輩?それとも他の高校?誰だよ、蒼空の好きな人って。
困惑して顔を上げると、蒼空はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。……まさか嘘?
「ってか、智暁、やっぱ覚えてたんだろ。自分の言ったこと。気にしてた?」
大学に落ちたこいつに対する「女に現抜かしてるから失敗したんだろ」という俺の言葉。ずっと後悔してたんだから忘れるわけがない。
「……そりゃ、だって……あれからお前に避けられてると思ってたから」
言い訳も思いつかず、俺は呟くようにそう言った。すると、蒼空は目の前にしゃがみこみ、俺の顔を覗き込むように見上げて真剣な表情を見せた。
「まぁ、確かに避けてたよ。図星だったから。それに、めちゃくちゃ悔しかった。絶対に合格して、智暁に俺のこと認めさせたくて頑張ったんだ」
「じゃあ、何で連絡くれなかったんだよ。合格したって」
「前も言ったじゃん。自分から言うのが恥ずかったから」
「ほんとにそれだけ?蒼空は……」
その時、手の甲が温かいものに包まれ、口に出そうとした言葉を飲み込んだ。蒼空の大きくて骨ばった手が、俺のそれを握っている。
「ごめんな、智暁。ずっとお前に謝りたかった」
何で……謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。酷いこと言ったのは俺の方なのに。
「変な意地張ってごめん。あと、同じ年に一緒に大学行けなくてごめんな」
「な、何で、そんな……それは俺が……」
込み上げてくるものを堰き止めるため下唇を噛むと、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。俺の手を包み込む温もりが、蒼空がここにいるという現実を嫌というほど伝えてくる。
「なぁ、智暁……」
真っ直ぐ俺を見ていた蒼空の顔がクシャッと笑顔を作った。
「やっぱ俺すげぇだろ?お前が行けなかった建築受かったんだよ?悔しい?負けを認めるなら今の内だよ」
おどけたように言う蒼空を見た途端、俺は急に馬鹿にされたような気になり、その手を振り解いて立ち上がった。
「なっ……はぁ?俺は受験してないんだからそこは勝負になんないだろ。むしろ俺はお前が落ちたとこ受かってんだよ。誰が負けなんか認めるかよ」
「うわ、びっくりした。急に立つなよ。目に砂入った」
蒼空も後退るようにしながら立ち上がると目を抑える。
「砂?自業自得だろ」
「智暁のせいだろ。……なぁ、こっちの目、何か入ってない?」
そう言われた俺は、本当に何も意識せずに蒼空に顔を近づけて目の様子を見ようとした。
「うーん、暗くてちょっとわかんないな。顔上げて」
「……智暁」
俺を呼ぶ蒼空の声があまりにもすぐ傍から聞こえて、吐く息の熱が顔に掛かって、懐かしい香りが鼻に抜けて。
「え」
キスされる――そう思ってしまったのも仕方のない状況だった。だけど、蒼空の顔は俺のすぐ横をすり抜けて、同じ高さにある肩同士がぶつかる。
「智暁、あんま無理すんなよ」
背中側に回った蒼空の腕がそっと俺を抱き締める。唇が触れ合わなかったことで拍子抜けしたのか、意外にも俺の心臓は穏やかだった。
「……蒼空、目の砂は」
「もう取れた」
「ってか、何してんの」
「智暁を元気づけようと」
「無理すんなって何?俺が何を無理してんの?」
「わかんない。でも、高3の時と同じ顔してる」
あの時の俺は、受験のことと蒼空の彼女に対する嫉妬で頭がいっぱいだった。こいつはどこまで気付いてたんだろう。
「高3の時は俺も必死だったから智暁を支えてやれなかった。でも今は違う。いつでも俺を頼ってよ」
トクントクンと揺れる鼓動のリズムと、頭を撫でてくれる大きな手が心地よい。
「……蒼空」
「何?」
「合格おめでとう。あと、酷いこと言ってごめんな」
蒼空の肩に顎を載せて、春の夜風を吸い込んだ。頬に触れる癖毛のくすぐったさと、ゴツゴツとした背中の感触、それから街灯に照らされた2台の自転車。俺はこのことを一生忘れないと思う。
ようやくもう一度、蒼空と親友に戻れた気がした。
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