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第一章
1-9 現実の中で
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金曜日の朝、電車が遅れたせいで俺が正門に着いたのは2限の始まる10時40分ちょうどだった。今日の2限は必修の応用地質学……だけど、先週1回目を受けた感じからして、毎週必ず出る必要もなさそうな授業だった。
遅れて教室に入るのも目立つし、怠い。そう思った俺は壱星に「電車遅れたから3限から行く」とメッセージを送ると、暇つぶしのためにキャンパス中央にある本屋へと向かった。そこには、4月ということもあってか教材などを求める学生達が多く訪れていた。
専門書は学部学科を意識した分け方をされている。ブラブラ歩いていて、たまたま目に入ったのが、建築関連のコーナー。
建築技法、建築法規、設計製図、施工管理……。
蒼空はそんなにこれを学びたかったんだろうか。あいつの志望動機は何だっけ?浪人してた1年の間に何かあったのかな?どうして俺と同じ学部にしなかったんだ?せっかく同じ大学に来たのに、何で俺から離れて――。
「智暁?」
ハッとして顔を上げると、そこにはこの数日間……いや、1年間俺を悩ませてきた人物が立っていた。
「智暁じゃん!おっすー。やっと会えたな!」
またしても、夢と現実が入り混じったような奇妙な感覚に襲われる。あの頃とほとんど変わらない、蒼空の姿。
身長は俺に数センチ及ばないけど、腕と脚はヒョロっと長い。ふわふわと癖のある扱いづらそうな焦げ茶色の髪に、零れ落ちそうな垂れ目。人を食いそうなほど大きな口をいっぱいに広げて笑い、水かきのある大きな手をプラプラと振っている。懐かしいな。この手のせいで、水泳の勝負だけはずっと避けてきたんだっけ……。
「おーい?智暁?俺のこと見えてる?幽霊じゃないよな?」
蒼空は一歩俺に近付くと、顔の真ん前で手のひらを振り、わざとそれを鼻に当ててきた。
「おっ、触れた。実体がある」
「……んだよ。お前の方こそ死んだかと思ったわ。何も連絡してこねーし。浪人生が何の用?今日オープンキャンパスだっけ?」
何の強がりなのか、俺は早口で悪態をつくと顔を背けた。
「あー、ごめん、怒ってんの?何か自分から受かったっていうの恥ずくて……。俺も晴れてA大生っすよ、桜川先輩。ってか、何で建築関連の本見てんの?農学部でもこういうのも習うの?」
「別に……。たまたまここ通っただけだけど」
蒼空は「ふーん」と鼻を鳴らすと、ニヤッと笑って俺の肩を抱いた。久しぶりに触れた蒼空の体温に思わずドキッとしてしまう。
「まぁ、そんなんどうでもいいけどさ。ね、桜川先輩、せっかくだから何か奢ってくださいよ。この上の食堂、まだ行ったことないんだよね」
「……はぁ?やだよ」
「智暁、暇そうだし別にいいだろ?大学のことも色々教えてよ」
塾の先生に言われた「面倒見てやれよ」という言葉が浮かぶ。そして、そのまま蒼空に引き摺られるようにして俺たちは階上の食堂へと向かった。
遅れて教室に入るのも目立つし、怠い。そう思った俺は壱星に「電車遅れたから3限から行く」とメッセージを送ると、暇つぶしのためにキャンパス中央にある本屋へと向かった。そこには、4月ということもあってか教材などを求める学生達が多く訪れていた。
専門書は学部学科を意識した分け方をされている。ブラブラ歩いていて、たまたま目に入ったのが、建築関連のコーナー。
建築技法、建築法規、設計製図、施工管理……。
蒼空はそんなにこれを学びたかったんだろうか。あいつの志望動機は何だっけ?浪人してた1年の間に何かあったのかな?どうして俺と同じ学部にしなかったんだ?せっかく同じ大学に来たのに、何で俺から離れて――。
「智暁?」
ハッとして顔を上げると、そこにはこの数日間……いや、1年間俺を悩ませてきた人物が立っていた。
「智暁じゃん!おっすー。やっと会えたな!」
またしても、夢と現実が入り混じったような奇妙な感覚に襲われる。あの頃とほとんど変わらない、蒼空の姿。
身長は俺に数センチ及ばないけど、腕と脚はヒョロっと長い。ふわふわと癖のある扱いづらそうな焦げ茶色の髪に、零れ落ちそうな垂れ目。人を食いそうなほど大きな口をいっぱいに広げて笑い、水かきのある大きな手をプラプラと振っている。懐かしいな。この手のせいで、水泳の勝負だけはずっと避けてきたんだっけ……。
「おーい?智暁?俺のこと見えてる?幽霊じゃないよな?」
蒼空は一歩俺に近付くと、顔の真ん前で手のひらを振り、わざとそれを鼻に当ててきた。
「おっ、触れた。実体がある」
「……んだよ。お前の方こそ死んだかと思ったわ。何も連絡してこねーし。浪人生が何の用?今日オープンキャンパスだっけ?」
何の強がりなのか、俺は早口で悪態をつくと顔を背けた。
「あー、ごめん、怒ってんの?何か自分から受かったっていうの恥ずくて……。俺も晴れてA大生っすよ、桜川先輩。ってか、何で建築関連の本見てんの?農学部でもこういうのも習うの?」
「別に……。たまたまここ通っただけだけど」
蒼空は「ふーん」と鼻を鳴らすと、ニヤッと笑って俺の肩を抱いた。久しぶりに触れた蒼空の体温に思わずドキッとしてしまう。
「まぁ、そんなんどうでもいいけどさ。ね、桜川先輩、せっかくだから何か奢ってくださいよ。この上の食堂、まだ行ったことないんだよね」
「……はぁ?やだよ」
「智暁、暇そうだし別にいいだろ?大学のことも色々教えてよ」
塾の先生に言われた「面倒見てやれよ」という言葉が浮かぶ。そして、そのまま蒼空に引き摺られるようにして俺たちは階上の食堂へと向かった。
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