8 / 57
第一章
1-8 過ぎ去った時間
しおりを挟む
壱星の家に泊まった翌日の授業終わり、正門と裏門へ向かう分かれ道で壱星は俺に手を振った。
「じゃあね、智暁君。バイト頑張って」
「おう。じゃーな」
俺のバイト先は、正門前からバスと電車を乗り継いで30分ほどの場所にある塾だ。高3のとき、俺や蒼空、それから他にも友達が数人通っていたその場所で今はチューターをやっている。
塾に着いた俺は、やけにすっきりとした廊下の様子に違和感を覚えたが、すぐにその理由に気が付いた。4月に入ったことで、廊下に貼り出されていた俺たちの合格体験記が外されてしまっている。もうすぐ今年の合格者のものが貼られるんだろう。あの時から丸1年経過したことを実感する。
辛かったけど楽しかった。夏休みも冬休みも毎日のようにここに来て、授業を受けたり自習をしたり、そして、休憩室のいつも同じテーブルで蒼空たちとくだらない話をしながらコンビニの飯を食って……。
何だかんだ、あの頃が一番輝いていた気がする。受験勉強なんてもう二度とやりたくないけど、これからの人生であれほど真剣に何かに取り組むこともないのかと考えると少し寂しい。
少なくとも、あんな風に切磋琢磨できる相手と出会うことはないだろう。蒼空は間違いなく俺の一番の親友で、最高のライバルで、それから……。
思い出に浸っていると、突然、受験生時代にお世話になった先生に肩を叩かれた。
「桜川、そういえば昨日、笹山が来てたぞ。合格の報告に」
「えっ……蒼空が、ですか?」
蒼空の名前を聞いて過剰に反応してしまう。
「なんだよ、まさか知らないわけじゃないよな?笹山も1浪できっちり決めたんだよ。お前と同じA大の――」
「もちろん知ってますよ。建築学科でしょ」
「はは、相変わらずだな」
「何がですか?」
「お前たちはいいライバルだなと思ってな。まぁ、でも先輩なのは桜川だから、笹山の面倒見てやれよ」
今年、蒼空が合格した工学部建築学科は俺の第一志望だった。別に建築士になりたいとかそういうわけじゃないけど、オープンキャンパスに行ったときの雰囲気もよかったし、目標にするに相応しい偏差値で、卒業後はゼネコンに就職するのもいいかなって。
だけど、共通テストの点数的にギリギリ合格できるかわからなくて、俺は最後の最後で志望先を農学部に変えたんだ。農学部でも地域環境工学科なら実習も少ないし、就職先の選択肢の幅も広いって聞いたから。それに、当時は蒼空もそこを志望していた。確か、12月の模試の結果を見て、現役時代の蒼空は工学部を諦めて農学部を目指すことに決めたんだ。
恐らく先生は、蒼空が建築学科に受かったことに対して、俺が少なからず悔しがっていると思ってそんなことを言ったんだろう。
でも、現役と浪人で、俺は前者をとっただけ。蒼空に負けたわけじゃない。大体、現役の時はあいつも俺と同じ学科を受けて落ちているんだから俺の勝ちには変わりない。
「蒼空はもう、ライバルなんかじゃありません。それに学部も違うから会うこともないんじゃないかと」
「そうかぁ?会うことくらいあるだろ。まぁ、チューターやらないかって言ったら断られたけどな」
明るく笑う先生の声とは裏腹に、俺は息苦しさを感じていた。
浪人して志望先のランクを上げるのは珍しいことじゃない。蒼空は元々建築学科を目指していたんだから、むしろそうするのが当然だ。だけど、もしも俺と同じ学部になるのが嫌だったんだとしたら……。
それに、チューターも断るなんて。妹や弟もいて面倒見のいい蒼空なら、きっと引き受けると思っていたのに。
何もかも、嫌な風に考えてしまう。蒼空は俺のことをどう思っているんだろう。いや、もしかしたら、どうも思っていないのかも知れない。俺のことなんて、もう忘れてしまったのかも知れない。
染谷さんと過ごす時間や、浪人生として過ごす時間が、俺の存在を消し去ってしまったのだとしたら……。
「じゃあね、智暁君。バイト頑張って」
「おう。じゃーな」
俺のバイト先は、正門前からバスと電車を乗り継いで30分ほどの場所にある塾だ。高3のとき、俺や蒼空、それから他にも友達が数人通っていたその場所で今はチューターをやっている。
塾に着いた俺は、やけにすっきりとした廊下の様子に違和感を覚えたが、すぐにその理由に気が付いた。4月に入ったことで、廊下に貼り出されていた俺たちの合格体験記が外されてしまっている。もうすぐ今年の合格者のものが貼られるんだろう。あの時から丸1年経過したことを実感する。
辛かったけど楽しかった。夏休みも冬休みも毎日のようにここに来て、授業を受けたり自習をしたり、そして、休憩室のいつも同じテーブルで蒼空たちとくだらない話をしながらコンビニの飯を食って……。
何だかんだ、あの頃が一番輝いていた気がする。受験勉強なんてもう二度とやりたくないけど、これからの人生であれほど真剣に何かに取り組むこともないのかと考えると少し寂しい。
少なくとも、あんな風に切磋琢磨できる相手と出会うことはないだろう。蒼空は間違いなく俺の一番の親友で、最高のライバルで、それから……。
思い出に浸っていると、突然、受験生時代にお世話になった先生に肩を叩かれた。
「桜川、そういえば昨日、笹山が来てたぞ。合格の報告に」
「えっ……蒼空が、ですか?」
蒼空の名前を聞いて過剰に反応してしまう。
「なんだよ、まさか知らないわけじゃないよな?笹山も1浪できっちり決めたんだよ。お前と同じA大の――」
「もちろん知ってますよ。建築学科でしょ」
「はは、相変わらずだな」
「何がですか?」
「お前たちはいいライバルだなと思ってな。まぁ、でも先輩なのは桜川だから、笹山の面倒見てやれよ」
今年、蒼空が合格した工学部建築学科は俺の第一志望だった。別に建築士になりたいとかそういうわけじゃないけど、オープンキャンパスに行ったときの雰囲気もよかったし、目標にするに相応しい偏差値で、卒業後はゼネコンに就職するのもいいかなって。
だけど、共通テストの点数的にギリギリ合格できるかわからなくて、俺は最後の最後で志望先を農学部に変えたんだ。農学部でも地域環境工学科なら実習も少ないし、就職先の選択肢の幅も広いって聞いたから。それに、当時は蒼空もそこを志望していた。確か、12月の模試の結果を見て、現役時代の蒼空は工学部を諦めて農学部を目指すことに決めたんだ。
恐らく先生は、蒼空が建築学科に受かったことに対して、俺が少なからず悔しがっていると思ってそんなことを言ったんだろう。
でも、現役と浪人で、俺は前者をとっただけ。蒼空に負けたわけじゃない。大体、現役の時はあいつも俺と同じ学科を受けて落ちているんだから俺の勝ちには変わりない。
「蒼空はもう、ライバルなんかじゃありません。それに学部も違うから会うこともないんじゃないかと」
「そうかぁ?会うことくらいあるだろ。まぁ、チューターやらないかって言ったら断られたけどな」
明るく笑う先生の声とは裏腹に、俺は息苦しさを感じていた。
浪人して志望先のランクを上げるのは珍しいことじゃない。蒼空は元々建築学科を目指していたんだから、むしろそうするのが当然だ。だけど、もしも俺と同じ学部になるのが嫌だったんだとしたら……。
それに、チューターも断るなんて。妹や弟もいて面倒見のいい蒼空なら、きっと引き受けると思っていたのに。
何もかも、嫌な風に考えてしまう。蒼空は俺のことをどう思っているんだろう。いや、もしかしたら、どうも思っていないのかも知れない。俺のことなんて、もう忘れてしまったのかも知れない。
染谷さんと過ごす時間や、浪人生として過ごす時間が、俺の存在を消し去ってしまったのだとしたら……。
11
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
愛しいアルファが擬態をやめたら。
フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「その言い方ヤメロ」
黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。
◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。
◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。
今際の際にしあわせな夢を
餡玉
BL
病に侵されもはや起き上がることもできない俺は、病室で死を待ちながら、過去に自ら別れを告げた恋人・侑李(ゆうり)のことを考えていた。侑李は俺の人生で一番大切なひとだったのに、俺は彼を大切にできなかった。
侑李への贖罪を願いながら眠りに落ちた俺は、今際の際に二十年前の夢をみる。それはあまりにリアルな夢で……。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる