7 / 57
第一章
1-7 呼び起こされた気持ち
しおりを挟む
未だ火照った体と、やかましく動き続ける心臓の鼓動が鬱陶しい。ぬるいシャワーを浴びながら、萎びた下半身を見てため息をついた。壱星はどうしてあんなことを言ったんだろう。もしかして、勘付いていたんじゃないだろうか。
……さっき俺が、壱星の中で射精をしながら別人の――今日見かけた幼馴染、蒼空の顔を思い出していたことを。
壱星はもう吹っ切れたと言っていたが、俺は反対だ。もうずっと前に諦めたはずの蒼空への気持ちが、抱いてはいけないはずの蒼空への欲望が、心の奥底からじりじりと這い上がってくるようで気持ち悪い。
蒼空に対するこの感情を自覚したのは、それが決して叶わないものだと知るのと同時だった。
忘れもしないあの日、高3の1学期、4時間目の英語が終わって、俺は蒼空の席へ弁当食いに行こうとしてたんだ。あいつに自慢するため、返却されたばかりの期末試験の答案用紙を持って。でも、蒼空の席には染谷茜がいて……。2人を見つめる俺に対して、その場を通りかかった吉野が言った。「あいつら付き合ってるらしいな」って。
蒼空からそのことを報告されたのは、その日の放課後、塾に向かう電車の中だった。すげぇ真剣な顔で、すげぇ言いにくそうに、やけに低い声で、「俺、染谷さんに告られたんだ」って。俺がもう知ってるって言ったら、あいつは頭抱えて崩れ落ちてたっけ。その様子がなんか面白かったから、その後も散々そのことでからかったな。
それは、失恋と呼べるほど美しいものではなかった。ただ、いつの間にか自分が蒼空にとっての一番であると思い込んでいた俺は、それが独りよがりな勘違いであると気が付いて内心ショックを受けていた。あいつが染谷さんに向けていた、はにかんだような笑顔が忘れられない。俺が見たことのない表情が他にもあると知って辛かった。
大学受験に落ちたあいつに「女に現抜かしてるから失敗したんだろ」なんて言葉を吐いたのもそのせいだ。
あんなことを言ってしまったのは、蒼空が俺と同じ大学に行くことよりも、染谷さんとの時間を優先したように思ってしまったから。ずっと染谷さんに嫉妬していたから。
人生で一番大切な時に、あいつが一番辛い時に、俺は劣情から生まれた醜い感情をぶつけてしまった。
それなのに、今さらこんな風にあいつを思い出すなんて。それも、壱星を抱きながら。
シャワーのお湯に紛れて、自然と溢れてきた涙が頬を伝う。間違っても壱星に聞かれてしまわないよう、どうにか声を押し殺して泣く。
最低だ。蒼空に対しても、壱星に対しても、俺は……。
◇◇◇
俺が風呂からあがると、壱星は布団に入って機嫌よさそうにスマホを見ていた。
「壱星、シャワー浴びないの?」
「んー、すぐ行く。……ねぇ、智暁君。これ綺麗だと思わない?桜はもう散っちゃったかも知れないけど、今週末まではやってるみたいだし行ってみたいな」
そう言って壱星に見せられたのは、県内の城でやっているプロジェクションマッピングに関する紹介記事だった。桜と城と映像と音楽のコラボがどうのこうのと書いてある。
「あー……人多そうなイベントだな」
「智暁君、人混み嫌いだっけ?」
「いや、別に。でもさ、わざわざ見に行くほどかな。そういうのって子供だましっていうか」
俺の言葉に壱星は一瞬何かを言いたそうに口を尖らせたが、すぐに困ったように笑った。
「そっか、そうかもね……。じゃ、俺もシャワー行ってこよ」
壱星は悲しそうにそう言うと浴室の方へ歩き出した。
こいつはファッションとか絵とか、なんかそういう華やかな物が好きだ。部屋はろくに片付けないくせに、服やら装飾品やらをよく買っている。俺も別に嫌いじゃないけど、わざわざ金や時間をそれに費やしたいとは思わない。
俺と壱星はやっぱり趣味が合わない。俺が勧めたスマホゲームも、壱星はすぐにやらなくなってしまった。それどころか、俺がゲームのせいでメッセージを返さないからそれを目の敵にしている。
どうしてこいつは俺のことなんかが好きなんだろう。
もしも、これが蒼空だったら……。そんなくだらない考えが頭に浮かんだその時、床の上にさっきクシャクシャに丸めた重森真宙の公約が落ちているのを見つけた。
大切な物のはずだったのに、こんな風に放っておくなんて。壱星は本当に気持ちを断ち切ったんだろうか。
……俺のために?
俺は公約の紙を拾い上げると丁寧に広げ、手のひらでその皺を伸ばして机の上に置いておいた。
……さっき俺が、壱星の中で射精をしながら別人の――今日見かけた幼馴染、蒼空の顔を思い出していたことを。
壱星はもう吹っ切れたと言っていたが、俺は反対だ。もうずっと前に諦めたはずの蒼空への気持ちが、抱いてはいけないはずの蒼空への欲望が、心の奥底からじりじりと這い上がってくるようで気持ち悪い。
蒼空に対するこの感情を自覚したのは、それが決して叶わないものだと知るのと同時だった。
忘れもしないあの日、高3の1学期、4時間目の英語が終わって、俺は蒼空の席へ弁当食いに行こうとしてたんだ。あいつに自慢するため、返却されたばかりの期末試験の答案用紙を持って。でも、蒼空の席には染谷茜がいて……。2人を見つめる俺に対して、その場を通りかかった吉野が言った。「あいつら付き合ってるらしいな」って。
蒼空からそのことを報告されたのは、その日の放課後、塾に向かう電車の中だった。すげぇ真剣な顔で、すげぇ言いにくそうに、やけに低い声で、「俺、染谷さんに告られたんだ」って。俺がもう知ってるって言ったら、あいつは頭抱えて崩れ落ちてたっけ。その様子がなんか面白かったから、その後も散々そのことでからかったな。
それは、失恋と呼べるほど美しいものではなかった。ただ、いつの間にか自分が蒼空にとっての一番であると思い込んでいた俺は、それが独りよがりな勘違いであると気が付いて内心ショックを受けていた。あいつが染谷さんに向けていた、はにかんだような笑顔が忘れられない。俺が見たことのない表情が他にもあると知って辛かった。
大学受験に落ちたあいつに「女に現抜かしてるから失敗したんだろ」なんて言葉を吐いたのもそのせいだ。
あんなことを言ってしまったのは、蒼空が俺と同じ大学に行くことよりも、染谷さんとの時間を優先したように思ってしまったから。ずっと染谷さんに嫉妬していたから。
人生で一番大切な時に、あいつが一番辛い時に、俺は劣情から生まれた醜い感情をぶつけてしまった。
それなのに、今さらこんな風にあいつを思い出すなんて。それも、壱星を抱きながら。
シャワーのお湯に紛れて、自然と溢れてきた涙が頬を伝う。間違っても壱星に聞かれてしまわないよう、どうにか声を押し殺して泣く。
最低だ。蒼空に対しても、壱星に対しても、俺は……。
◇◇◇
俺が風呂からあがると、壱星は布団に入って機嫌よさそうにスマホを見ていた。
「壱星、シャワー浴びないの?」
「んー、すぐ行く。……ねぇ、智暁君。これ綺麗だと思わない?桜はもう散っちゃったかも知れないけど、今週末まではやってるみたいだし行ってみたいな」
そう言って壱星に見せられたのは、県内の城でやっているプロジェクションマッピングに関する紹介記事だった。桜と城と映像と音楽のコラボがどうのこうのと書いてある。
「あー……人多そうなイベントだな」
「智暁君、人混み嫌いだっけ?」
「いや、別に。でもさ、わざわざ見に行くほどかな。そういうのって子供だましっていうか」
俺の言葉に壱星は一瞬何かを言いたそうに口を尖らせたが、すぐに困ったように笑った。
「そっか、そうかもね……。じゃ、俺もシャワー行ってこよ」
壱星は悲しそうにそう言うと浴室の方へ歩き出した。
こいつはファッションとか絵とか、なんかそういう華やかな物が好きだ。部屋はろくに片付けないくせに、服やら装飾品やらをよく買っている。俺も別に嫌いじゃないけど、わざわざ金や時間をそれに費やしたいとは思わない。
俺と壱星はやっぱり趣味が合わない。俺が勧めたスマホゲームも、壱星はすぐにやらなくなってしまった。それどころか、俺がゲームのせいでメッセージを返さないからそれを目の敵にしている。
どうしてこいつは俺のことなんかが好きなんだろう。
もしも、これが蒼空だったら……。そんなくだらない考えが頭に浮かんだその時、床の上にさっきクシャクシャに丸めた重森真宙の公約が落ちているのを見つけた。
大切な物のはずだったのに、こんな風に放っておくなんて。壱星は本当に気持ちを断ち切ったんだろうか。
……俺のために?
俺は公約の紙を拾い上げると丁寧に広げ、手のひらでその皺を伸ばして机の上に置いておいた。
11
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる