上 下
2 / 57
第一章

1-2 必要な存在

しおりを挟む
 キャンパス内で最も席数が多く人気の食堂というだけあって、少し離れた場所から振り返ってももう蒼空の姿は見えなかった。そのことに安堵と寂しさを覚えながら前に向き直ると、本来俺が探していた人物がそこに立っていた。

智暁ちあき君、おはよ。あっちに席とっといたよ」

 男の割には少し高い声で俺を智暁君と呼ぶのは、同じクラスの砂原壱星すなはら いっせいだ。こいつとは1年の頃から一緒に授業を受けたり昼飯を食ったりしている。

「おー、おはよ、壱星。やっぱ南館の食堂はすげぇ混んでるな」

 南館とは共通科目のための校舎で、普段俺たちが専門科目を受けている農学部の校舎からは少し離れた場所にある。水曜日だけは専門科目の必修が入っていないため、俺と壱星はこの日の3、4限に共通科目を取ることにしている。

「うん。智暁君の言う通り2限入れない方がよさそうだね」
「だろ?あ、席、サンキューな」

 ソールの厚い靴を履いていても俺より15cmくらい背の低い壱星は、少し俯けていた顔をパッと輝かせてこちらを見た。人形みたいに大きな瞳が俺を捉え、白い肌に映える薄ピンク色の唇が緩やかに弧を描く。

 壱星と仲良くなったきっかけは、1年前期のドイツ語の授業でたまたま隣に座っていて、課題のためにペアを組んだことだった。

 人付き合いが苦手だという壱星はクラス内の他の奴らとはあまりつるまず、気が付けばいつも俺にくっついている。オシャレが好きで少し女みたいなところのある壱星は、むさ苦しい男ばかりのうちの学科になじまないんだと思う。なぜ俺だけ気に入られているのかはわからないけど。

 スマホゲームにハマってる俺と、ファッション関連のSNSばかり追っている壱星は全く趣味が合わないが、何だかんだ大学内で最も長い時間を共に過ごしている相手だ。こいつといると居心地がいいし、それに……。

「壱星、お前、今日大学の後何もないよな?」

 確保してもらっていた席にトレーを置きながら話し掛ける。

「うん。特に何も」
「そっか。……それならさ、家行っていい?」

 壱星は目を見開いて俺を見て、それからすぐに視線を逸らせ、唇を指で撫でるような仕草を見せた。

「うん。もちろんいいよ、智暁君」

 こいつは何か嬉しいことがあると口元に触れる癖がある。

「今日はバイトもないし、明日1限あるし泊まってこうかな」
「ほんと?嬉しい。教科書うちに置いてるもんね」

 俺と壱星は、数か月前からだった。はっきり付き合おうと言われたことも言ったこともないけど、こうして大学近くの壱星の家に泊まることも多く、恋人同士みたいなもんだった。少なくとも壱星は明らかに俺に好意を寄せている。

「あぁ、そうそう。ありがとな」
「ふふ。こちらこそ来てくれてありがとう、智暁君」

 これまで誰かと関係を持ったことはなかったけど、自分が同性愛者であることは前から認識していたし、頬を赤らめて喜ぶ壱星は子犬みたいに可愛くて、俺も悪い気はしていなかった。

 それに、俺はどうしても今日、壱星とヤリたかった。蒼空の姿を見て思い出した過去の自分に腹が立っていて、その気持ちを慰めてほしかった。

 今の俺にはこいつしかいない。こんな風に俺を見て、こんな風に俺を求めてくれるのは壱星だけだ。壱星は絶対に俺を拒絶しないし、その安心感は惨めだった俺の気持ちを明るいものへと変えてくれる。だから、今の俺には、どうしても壱星が必要だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

愛しいアルファが擬態をやめたら。

フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」 「その言い方ヤメロ」  黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。 ◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。 ◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

貴方は常に愛されることに怯えてる。

のがみさんちのはろさん
BL
女を抱き、男に抱かれる。 男娼として暮らす志貴は、親友である透把のことをずっと思い続けてきた。 これは、決して許されない思いを抱いたまま堕落した生活を送る青年が一つの出会いをキッカケに変わっていくまでのお話。 ムーンライトノベルズにも同作品を載せてます。

処理中です...