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ページ・6:メトロポリス・エクスプレスの影

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銀河連邦暦5020年、メトロポリス・オルムードは、銀河経済の中心として栄える巨大都市だった。

惑星メトリカの首都であるこの都市には、無数の高層ビルが空に向かって伸び、空中庭園や交通ネットワークが交差し、昼夜問わず経済活動が活発に行われていた。

このメトロポリスを縦横無尽に駆け巡る交通網の中でも、「メトロポリス・エクスプレス」は特に有名だった。

全長数キロメートルにも及ぶ列車は、空中軌道を猛スピードで駆け抜け、メトリカ全土を結んでいた。

そのエクスプレスの中で、恐るべき事件が起きた。

探偵ノルディス・ラルドがメトリカを訪れたのは、ある大手企業からの依頼によるものだった。
企業間の機密情報流出事件を調査するため、彼はメトロポリス・エクスプレスに乗車していた。
この列車は、オルムードの中心から郊外の産業都市までを結び、毎日数十万人の通勤客を運んでいた。

だが、その日はただの調査の日ではなかった。

列車内のVIP専用車両で、連邦財界の大物として知られる実業家アルヴォ・マレティが、不可解な状況で死体となって発見されたのだ。

彼は双子の兄弟カイル・マレティと共に財閥を築き上げたが、兄弟は長年にわたる激しい対立を繰り返していた。

事件現場はメトロポリス・エクスプレスの最も豪華な車両で、外部からの侵入は不可能。
車両は完全に密室状態だった。
さらに、アルヴォが死亡した瞬間、列車はオルムードの超高層ビル群を抜け、加速しながら空中軌道を猛スピードで進んでいたため、誰も列車を降りることはできなかった。
アリバイを証明するには十分な条件が整っていたが、殺害は完璧なタイミングで行われていた。

ノルディスが車両に入った時、彼の目の前には異様な光景が広がっていた。

アルヴォ・マレティはテーブルに突っ伏し、まるで眠っているかのように静かに息絶えていた。
彼の背後には、豪華なシャンデリアが光を放っており、まるで死の影を隠すかのような演出をしているかのようだった。

だが、明らかな異常はその身体にあった。

首筋には細い赤い線が残されており、毒の針のようなものが使われたことが示唆されていた。

この場にいたのは限られた人物だけだった。
アルヴォの秘書、乗務員、そして数人の財界の関係者たち。
全員が目撃者として拘束され、誰一人として列車を降りることはできなかった。

一方、ノルディスの目は冷静に周囲を見渡し、すぐに異常に気づいた。

アリバイを主張する者たちの中で、最も疑わしいのは、当然ながらアルヴォの双子の兄、カイル・マレティだった。
彼は兄との関係が悪化し、遺産相続や企業の支配権を巡って争いを繰り広げていた。
しかも、事件当時、彼も同じ列車の別の車両に乗っていたのだ。

だが、ノルディスの勘はそれを直感的に否定していた。

双子の兄弟が対立していたというのは確かに事実だったが、あまりに表面的だ。
カイルが犯人であるという判断はあまりに早計で短絡的すぎる。
何かもっと深い真実が、この事件の背後に隠されている可能性がある。

ノルディスはまず、現場に残された微細な証拠に目を向けた。

アルヴォの体に残る赤い線、その細さと正確さにはある特異な技術が関わっていることに気づいた。
それは、ただの毒針ではなく、超高密度のナノテクノロジーによる刺突だった。
だが、問題はそれがどのようにして使われたのかだった。

列車は高速で移動しており、犯行が行われた車両は完全に密閉された状態だった。
外部からの侵入は不可能であり、内部の者たちの誰かが犯行を行ったことは明白だ。
しかし、その状況下で、誰がどのようにしてナノテクノロジーを用いた刺突を行ったのか?

ノルディスは、乗務員や目撃者の証言を集めながら、車両内の構造を詳細に調べ始めた。
メトロポリス・エクスプレスは高度な技術を駆使しており、全車両が高いセキュリティと完全な通信網で結ばれている。
その中で、列車の監視カメラ映像には奇妙な点があった。

アリバイが確認されている人物の中に、不可解な「影」が映っていたのだ。

列車のカメラが捉えた影は、まるで一瞬だけ実体を持たずに現れ、消えていくようだった。

この「影」がトリックの鍵を握っていると確信したノルディスは、列車全体のエネルギーシステムに注意を向けた。
すると、特定の車両だけが短時間に異常なエネルギー消費をしていたことが判明した。
これは、列車内部の通信システムやモニターを一瞬だけ停止させ、犯行を行うための時間稼ぎをしていた証拠だった。

だが、問題はその装置を誰が操作したのかだ。
カイル・マレティが犯人であるという証拠は見つからなかったが、彼の行動にはいくつかの不自然な点があった。

ノルディスは、ついに真犯人に辿り着いた。

それは、誰もが意識の外に置いていた存在だった――カイルの秘書であり、幼い頃からマレティ家に仕えていた男、ゼルタ・グロム。

彼は、双子の兄弟の間に潜む嫉妬と対立を長年見続けてきた。

特に、カイルに対して強い感情を抱いていたのはゼルタ自身だった。
彼はカイルに対する忠誠心を持ちながらも、カイルがアルヴォに苦しめられている姿を見て、次第に狂気へと駆られていった。
そして、ついにカイルのために兄アルヴォを消し去る決意を固めたのだ。

ゼルタは、高度な技術を駆使して列車のシステムに介入し、監視カメラに映る「影」を作り出した。
彼はナノテクノロジーを用いて、アリバイを完全に偽装し、犯行を隠蔽していた。
だが、その完全さゆえに、ノルディスはその裏に潜む人間の感情――嫉妬と愛憎――を見逃さなかった。

ノルディスがゼルタの正体を暴いた瞬間、ゼルタは突然、持っていたナノブレードを振りかざし、ノルディスに襲いかかった。

狭い列車内での激しい攻防が繰り広げられた。
ゼルタは狂気に満ちた目でノルディスを睨みつけ、そのナノブレードを振り下ろそうとした。
だが、ノルディスは冷静だった。
長年の経験が彼に瞬時の判断力を与え、ゼルタの動きを読み取ると、すばやく身をかわし、相手の腕を捉えた。
ナノブレードが空を切り、音もなく床に突き刺さった。

「お前は、カイルのためにここまでやったのか?」

ノルディスは、力強くゼルタを押さえつけながら、静かに問いかけた。
その言葉には、怒りや非難ではなく、どこか切ない響きがあった。
ゼルタは無言で反抗しようとしたが、やがて力を失い、床に崩れ落ちた。

「カイル様は…いつも、アルヴォに追い詰められていたんです。兄弟だからこそ、あの冷酷な支配を止めることはできなかった。彼を救うのは、私しかいなかった…私は彼を愛していたんです。カイル様を守りたかった。ただ、それだけなんです…」

ゼルタの声は震えていた。
その表情には、罪を犯したという自覚と同時に、カイルに対する深い愛情が刻まれていた。
だが、その愛情はねじれ、やがて破滅への道を歩んでしまったのだ。

ノルディスは彼を見下ろし、目を細めた。
長年、探偵として無数の事件を見てきた彼にも、この瞬間の哀しみが深く胸に突き刺さった。
ゼルタの犯した罪は許されるものではなかったが、その動機に潜む人間らしい苦悩と歪んだ愛情が、彼の心を打った。

「愛が狂気に変わる時、人は自分を見失う。それが誰のためであろうと、悲劇しか生まないんだ。」

ゼルタは肩を震わせ、涙をこぼしていた。
その涙は、長い間抑え込んできた感情の氷が溶けて崩れたものだったのだろう。
彼は最後に一度だけノルディスを見つめ、その瞳には決して届かなかった愛と、果たされなかった望みが映し出されていた。

「カイル様…私は…」

ゼルタの呟きは、空虚な列車内に響き、やがて消えていった。

その瞬間、外の世界には、メトロポリス・オルムードの巨大な高層ビル群が流れるように映り込んでいた。
列車は止まることなく走り続けていたが、ゼルタの心にはもう何も残っていなかった。

ノルディスはゆっくりと立ち上がり、深く息を吐いた。

事件は解決したが、そこには残酷な真実が横たわっていた。

ゼルタが犯した罪、その裏にある悲しき忠誠と、愛する者を救おうとした愚かな選択。
そのすべてが、メトロポリスの光と影の中で静かに消えていこうとしていた。

そして、ふとノルディスの胸に浮かんだのは、彼がこれまでに解決してきた数多の事件の中で目にした無数の愛憎だった。
彼は人間の心の深淵を覗き込み、それを解き明かすことが仕事だったが、その度に感じるのは、愛という感情が引き起こす不可避の悲劇だった。

列車は目的地に向けてなおも疾走していた。
外のメトロポリスの喧騒と、内なる静寂の狭間で、ノルディスはただ一人、立ち尽くしていた。

『銀河のどこにいても、愛は狂気を呼び、狂気は破滅をもたらす』――
その真実を、彼はまた一つ胸に刻み込んだ。
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