ピアス

蓮見 七月

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ピアスⅡ

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 もうすぐ4月1日僕の誕生日だ。今まで僕と彼女はお互いの誕生日に、お互いをプレゼントしてきた。この前の洋子の誕生日は下手なりに僕がリードできたと思う。僕自身も幸福感を感じながら体を重ねられた。僕の中では最高に燃えたといって良い。ただ、今回の僕の誕生日には、洋子にしてもらいたいことがある。今度の誕生日は洋子にクリトリスピアスをあげたい。あげるという表現が正しいかはわからない。だって、得をするのは僕だから。してほしいのは僕だから。でも、去年から続く僕たちの奇妙な誕生日プレゼントの交換を辞めたくはなかった。だから僕はあえて、クリトリスピアスをあげると言いたい。強くそう思ってしまう。

 彼女にクリピを開けさせるなんて異常だと思われるかもしれない。いや、異常だと思う。だから僕は当たり前だけれども僕と洋子の関係を知っている友人たちにも黙っている。なぜ僕はこの異常な欲望にとらわれてしまったのだろう。きっと、彼女を独り占めしたいからだと思う。普段の僕らの交際を見ていると大体、洋子が僕をリードしてくれているし周りからもそう思われている。それに容姿から言っても彼女のほうがはっきりと優れている。洋子は大学内で特別美人という部類には入らないと思う。それでも、僕には不釣り合いなくらいにはきれいだと思う。特に、黒くて綺麗なパーマのかかったショートカットからチラリとのぞかせる右目のほくろが素敵だった。だから常に洋子との関係は洋子が上で僕が下だったでも、だからこそ、この関係をひっそりと逆転させたいと思う。この逆転に僕の中に燻る嗜虐心がないとは言えない。僕は根暗で地味な奴だと思われている。けれどもその内実、心の内側にサディスティックな感情を抱えている。この感情を、洋子に知ってもらいたい。打ち明けたい。そう思い始めてしまった。そう思ったら最後、この嗜虐心はムクムクと膨らんでついに今度の僕の誕生日に実行したいと思った。このサディズムは谷崎潤一郎の名作『痴人の愛』の真逆だと思っている。『痴人の愛』では、男性が女性に跪くマゾヒズムを描いている。僕の場合はいつも跪いていた男。つまり僕が、逆に女性を跪かせたいというような感情に近い。しかしこの欲望の先には危険が待ち構えている。僕の大切な洋子を傷つけてしまわないかという不安だ。サディスティックな感情を抱いている人間が傷つけることに対して不安を覚えるということに疑問を持つ人が多いと思う。でも僕は何も、洋子をいじめたり、虐待したりしたいわけじゃないんだ。ただ、洋子に僕にしか知らない秘密を持って欲しい。クリトリスピアスなんて、そうそう他人に見られるものではない。だから、僕と洋子だけの秘密。この秘密で、僕は洋子を縛ることができる。そう思っていたのをついに耐えられなくなって、洋子にSNSで「今日、会える?」と連絡を入れた。

 緊張して待ち合わせの時間よりも早く着いてしまった。いつもの事だけれども今日は特に早く着いたと思う。洋子が着いた。「まった?」「ううん。今来たところだよ」いつものやり取りのようで僕にとっては緊張の連続だ。コーヒーを頼んでいつもの他愛のないやり取りから僕は慎重に切り出した。「ピアスを開けてほしいんだ」洋子の反応が気になったけれど彼女は少し驚いただけで言葉を返してきた。「ピアス?いいよ。誕生日近いもんね。開けてあげる。どこに開けてほしいの?」ここからが鬼門だと思った。ややもすれば彼女を傷つけてしまう。しかし、僕にはもう我慢ができなかった。僕の内側にある洋子を自分のものにしたいという欲求を分かってほしかった。できるだけ声を抑えて彼女にしか聞こえないような声で言った。彼女と僕だけの秘密でないと意味がない。だから、彼女のほうへ身を乗り出して小さな声で言った。「クリピしてほしいんだ」

 「えっ」さすがの洋子も驚いた様だ。洋子から質問が飛び出した。「クリピってどういうこと?」彼女はたぶんクリトリスピアスそのものについては知っているのだろう。ただ、僕の発した言葉の意味が分からないのだと思う。だから僕は洋子にゆっくりと慎重に説明しなければならない。「まず、クリトリスピアスについてはしっている?」できるだけ優しい声で言ったつもりだ。「う、うん」真剣に洋子の瞳を見つめたまま僕は続けて言った。「4月1日僕の誕生日につけてほしい」洋子はまさに絶句といった様子だ。でも、ここからが勝負だと思う。僕の気持ちを伝えなければ。「僕たちは誕生日にお互いをプレゼントしあってきた。今度の誕生日は洋子が僕に何かくれる番だと思う。でも、僕から思い切ってお願いしたいんだ。ピアスを開けてほしい」洋子は暫くうつむいてから言葉を返してきた。「なんで?」当然の質問だと思う。真剣に答えなければならない。「僕は、洋子が好きだ」一拍開けて続けた「好きだからこそ、僕たちにしかわからない秘密が欲しくなってしまったんだ。正直に言ってしまえば、僕の中のサディズムだと思う。でも、ピアスがあれば僕たちの秘密の愛の証になると思うんだ」そこで一回話を区切って洋子を見てみると顔を赤らめていた。いつも僕をリードしてくれている洋子が赤面しているなんて珍しいことだ。いや、誰だってこんなことを言われたら赤面するかもしれない。それどころか、怒って店を飛び出してしまうかもしれない。そう考えると洋子の反応は僕にとって悪いものではなかった。僕は続けた「僕は洋子を独り占めしたくなっちゃったんだよ。クリピなんて、めったに他の人にはバレないよね。見られるのは、例えば体を重ねる時くらいだと思う。僕だけが知っている洋子の秘密。そこに僕はとっても惹かれるんだ。だから、僕の誕生日プレゼントにクリピをしてほしい。クリピをした君が欲しい。それがあれば僕は必ず君を僕だけの洋子として大切にできると思うんだ。どうかな?つけてくれる?」
すこし熱っぽく話してしまった。洋子はどんな反応をするだろう。彼女を見ると、以外にも真剣な顔をしていた。
「ちょっと考えさせて」それが洋子の返答だった。「うん。嫌だったら嫌だって言ってほしい。突然、こんなことを言ってごめんね。でも洋子のことが好きだから言っちゃったんだ。次に会うとき返事をしてほしいな。会計は僕が済ませるよ」彼女は考える時間が欲しいのだと判断して彼女を先へ家に帰えるよう促し気味に言った。
「うん。ありがと。ちゃんと考えるから」そう言って洋子は席を立った。



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