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現実世界

死ぬ。Ⅲ

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山口実ヤマグチ ミノルは緊張した。それは、自分の身が危ないのではないかという心配よりも自分以外の誰かが死んだら、またあの”死”について螺旋迷宮のように考えをめぐらせなければならなくなるのではないかという事への恐怖から来る不安であった。

「こちらは丸腰だ!何も持っていない!要求は何だ?」

ミノルは容疑者である足立アダチを刺激してはなるまいと両手を挙げて丸腰であることを示した。そしてまた、人質を取るからには何か要求があるのだろうと思い要求を聞こうと試みた。

「要求なんて無いぃ!俺はこの子を愛しているだけなんだぁ!!」

容疑者の足立アダチミノルの言葉に反応して叫んだ。
そして彼は左手で人質の福島奈緒美フクシマ ナオミの左肩にぐっと抱きついた。

「やめろ!」

今度はミノルが叫んだ。容疑者を刺激する可能性を秘めた叫びではあるが人質を傷つけるわけには行かないという彼の判断から導き出した行動であった。

「うるさいぃぃ!」

足立アダチはもう一度叫んだ。そして彼は3Dプリンターで製造された銃の銃口をミノルに向け照準をあわせようとしていた。

「もうよせ!その娘はお前のことを愛してなんかいないんだ!」

ミノルはこういいながらジリジリと足立アダチに向かって足を運んだ。彼は足立が発砲するかもしれないと思いまた緊張し始めた。しかし同時に安心もした。足立アダチの銃の標準は自分にあっているからだった。ミノルは自分以外が死ぬのは絶対に避けたかった。そして自分が死ぬ分にはまぁ良いだろうというくらいにしか思っていなかった。

この感情はある種の自己犠牲的な美談ではなく、彼の本心であった。”死”はこの世から目をそらす最大の手段だと口にすることさえしないが内心は思っていた。だから、彼女、福島奈緒美フクシマ ナオミさえ助けられれば自分は死んでもいいとしんから望んでいた。

もし仮に自分が死んでも若いとはいえ後輩二人が足立アダチを捉えるだろうと思っていた。事実、ミノルに注意を向けている足立アダチを、万一に備えている若い二人が取り押さえ福島奈緒美フクシマ ナオミを救出することは容易なことであるように思われた。
ミノルはさらに足立アダチに近づいた。足立アダチとの距離は約3mにまでなった。

「来るなといっているぅ!!」

足立アダチは再び叫んだ。足立アダチの手が震えながらもその手に握る銃の銃口はミノルへと向けられていた。

奈緒美ナオミさんを放すんだ!!!」

ミノルも叫んだ。撃たれるかもしれない。そう思いながら叫んだ。あるいは撃たれることを望んで叫んだのかもしれなかった。

本格的に雨が降り始めていた。足立アダチの手が動いた。銃声が鳴った。

青森アオモリ秋田アキタはすぐに反応した。青森アオモリは事前の打ち合わせどおりに福島奈緒美フクシマ ナオミを救出した。秋田アキタもまた、事前の手はずどおりに足立アダチから武器を取り上げ確保した。

足立文也アダチ フミヤ!銃刀法違反他、現行犯で逮捕する!」

秋田アキタはそう大きな声でしかし自制するように叫んだ。

サイレンが鳴り響いた。警察の応援と救急車が駆けつけてきた。

「こっちです!早く!」

青森アオモリは自制することなく思いのまま叫んだ。叫ばずにはいられなかった。それは福島奈緒美フクシマ ナオミの保護と秋田アキタが現行犯逮捕した足立文也アダチ フミヤに対しての援護要請でもあった。

しかし、彼女の本心は銃弾を受け、倒れている実を助けてほしいという思いだった。

 ミノルは倒れた。左胸から血が出た。気は遠くなっていく。

「あぁよくやった。足立アダチを逮捕し奈緒美ナオミさんを助けたんだな」

ミノルは口を動かしていた。良かった。しんの底からそう思った。誰も死ななかった。ミノルはそう思って安心していた。そして彼は最後に微笑んだ
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