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死後の世界

死後。

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 死んだ。死ぬことができたのだ。

山口実ヤマグチ ミノルはそう思っていた。

「あぁ!死ぬことができたのだ!ようやくあの現世から開放されたんだ!」

彼はこのように思った。彼の今までの職務上”死”とふれあい、また親友の死という重責を思えば彼のこの感情は放たれてしかるべきだった。

さらに人間関係上の不愉快からも開放された。彼はあの悟の両親や親戚連中、その他諸々の人間関係上の厄介事が一切合切、終了したのだと思った。

「最期もなかなか良かったじゃないか!」

彼は彼自身の死を自画自賛した。彼はファンタジーライトノベルを読むにあたって、

「おぉ俺もこんな風に滑稽に死んで死後は中世ファンタジーの世界へ行くのだ!」

と夢想することが多かった。周囲の者達は職務に従事しているときの彼についてしか知らないであろうから、彼がこんなことを夢想しているなどとはとても想像もできないだろう。

そして彼はその”死”についてもファンタジーライトノベルに多く散見される面白おかしい滑稽な”死”などではなかった。そのテキトーな”死”を超えたヒロイックな死に方をしたものだと思っていた。ゆえに彼は彼自身の最期を自画自賛するのであった。

「さぁ!そろそろ出番じゃないのか!?麗しき女神様か?それとも力を授けてくれる神様か?」

彼は死後必ず自分はライトノベルの定石のように勇ましい勇者になるか、美しいヒロインとともに冒険に出かけるのだと信じて疑わなかったのである。彼にとって死後とは新たな人生の幕開けであり輝かしい栄光への扉であった。

彼の希望は虚空へ消えた。何の反応も無かった。神も女神も現れなかった。

はたして彼は、そもそも自分の肉体の有無すらも良くわかっていなかったのだ。ただ意識の存在を認めるのみであった。

「ダメなのか?俺は勇ましく死んだ!辛い現実を生きた!なのになぜ・・・?」

彼は昔から持っていた希望がただの希望でしかなかったことを自覚しようとした。しかし、一方でなぜ自分はファンタジーの世界へいけないのだろう?と疑問に思った。さて、死後、ファンタジーの世界へいけないとどうなるのだろう?彼はそう考え始めた。

「もしかしてずっとこのままなのか?死後の世界とは、一部の無神論者達が言うように何も無い、何も残らないただ
真っ暗な世界なのか?」

 不安が彼を襲った。この不安は今まで抱いてきた不安とはまるで異なっていた。今まで抱いてきた不安は人間関係上の取るに足らないものや他者の死、何よりも親友である悟の”死”について考えをめぐらせることだった。

しかし今彼は矛盾に気がついた。悟の”死”について考えるのを不安がる一方で自分自身は滑稽な死と存在しないその後の輝かしい冒険譚を夢見ていたのだ。死んだ人間について考えると不安になるのに自分となると死にたいと思っていたのだ。

「あぁ俺は都合が良すぎたのだ・・・死ねば新しい人生が切り開かれる打なんて」
 彼は絶望に打ちひしがれた。

・・・彼に不思議な感覚がした。意識しかないこの世界で肉体がわずかに振動するように感じたのだ。

「もういい・・・変に希望を持たせないでくれ。俺はもう疲れたんだ」

彼は希望と絶望とを行き来して事実疲れていた。しかし振動は止まらない。だんだんと振動は強くなる。体がグワングワンと揺さぶられるような感覚に陥った。
そこで彼の意識はまたも途絶えた。
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