インスタントフィクション 400文字の物語 Ⅱ

Q

　マーラーの交響曲第6番である。
　
　男がバルコニーへ出てレコードを掛けた。
　朧げな満月と涼風。
　
　男は南国風の長椅子にもたれかかった。
　腹の上でノートパソコンに数単語、書き込む。それが終わると丸型のキャビネットに置かれたグラスにワインを注いだ。
　男の心は澄み渡り、反比例する様に世界の方は騒がしい。

　ドアが大きな音を立てて開いた。
　重い靴の音が加速度的にバルコニーに近づいてくる。

「お前がQか？」
　単身乗り込んできた刑事が言った。彼は音楽が大きなと耳で感じながらも、銃口をQへ向けた。

「今更遅いよ。世界は憎悪で分断された。私を殺しても次のQが現れるだろう」

　いや、それどころかQはすでに複数人いるかもしれない、と刑事は考えていた。
　それでも目の前のQが許せない。

　いまや世界中で内戦だ。匿名掲示板に書き込むだけで、数億人を殺した男。
　
　銃声が響き、ワイングラスに大量の血が飛び散った。
　マーラーの交響曲第6番『悲劇的』は止まらない。