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セイシュン通学路

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「緊張するよ。すごく」
 ズボンではなくスカートを履いたレイが言った。
 俺たちは今日、レイの家から登校する。14日ぶりの高校だ。今まで使っていたはずの通学路がまるっきり違うものに見える。ちゃんと高校に着くのだろうか。

「うん。でも、そろそろ戻らないとだから」
 長期休暇明けの学校ほど足が重くなることはない。あの苦しみを人工的に起こすとさらに辛い。
 朝の8時に着くように行動する。今は7時30分だ。太陽は登り切っていない。空は薄いグレーで視覚情報でも寒い。もちろん風が吹けが身体的にも寒かった。

「手、繋ぐ?」
 紅葉色のマフラーに顔を半分埋めながらレイが提案してくれた。
「うん。寒いしね」
「そう。寒いから」
 制服を着たままだと、密着することに言い訳が必要な気がした。本音を言えば手を繋ぎたいだけだ。
 
 駅にはサラリーマンが多い。ここから電車に乗って高校の最寄り駅へ行く事になる。いつかのように痴漢が出ないか心配だ。手を繋いでいれば少しは安心か。
 最寄り駅に着くころには制服が目立つようになる。高校生ばかりが電車に乗っていた。それが停車とともに一気に外の世界に吐き出される。

「おーい。大平君」
 久しぶりに聞く、男子にしては高めの声。シュンだった。
「あれ、大場君。たまたま?」
 シュンに話しかけるときもレイは俺の手を離さない。緊張のせいかもしれないが、離さないでくれるのが嬉しかった。

「おう。二人とも。元気だったか?」
 今度は高いところから響く、低音ボイス。圭吾だ。挨拶に使った右手には使い捨てカイロが握られている。

「俺が呼んだんだ。二人とも来てくれてありがとう」
 事前にスマホで連絡していた。俺が褐色肌の男を殴った時から、ほとんど毎日、連絡は取っていた。シュンが女の子に“人間じゃない”なんて言われた時の反省もある。友情もしっかり大事にしたい。
「そうなんだ。ありがと」

「なんだよぉ。二人で登校したかったとか言わないよね?」
 覗き込む様なポーズでシュンが言う。
「ホラ。通行人の邪魔になるから。歩きながらだ」
 圭吾が巨体を使って俺たちを誘導した。長い腕は俺たち3人を包めてしまいそうだった。

「そうだ二人とも、あとで休んでた分のノート送るから」
「すごい。圭吾くんがやってくれたの?」
 4人で列を作って歩きながら話した。ありふれた場面のはずなのに、なにか映画のワンシーンみたいに思える。

「いーなー。俺も休んでおけば良かったよ。後で見せてよ。大平君」
「いいよ。今度のテストは楽勝だね」
 左から2番目のレイが右隣のシュンと話す。一番右の圭吾はあきれ顔だ。

「そんなことしてたら、また二人してとんでもない点数を取るぞ。なぁ、勇人」
「そうそう。また4人で勉強しよう。あの物置部屋でさ」
 そんな話をしていると、すぐに校門までたどり着いた。あまりにも普通過ぎて、驚く位だ。制服、友達、笑顔。これがあれば高校生は他には何もいらないのかもしれない。

「お久しぶり。勇人クン、大平クン。ようこそ我らが一宮高校へ」
 学級委員長みたいに俺たちの前に仁王立ちするのはアオイちゃんだ。連絡は取っていない。わざわざ声を掛けてくれたのだろうか。
「いいね。そのスカート。似合ってるじゃん」
 両手を腰に当ててアオイちゃんは言う。前に会った時よりも明るい気がした。

「うそ。ありがとう。なんか感動しちゃうな。友達がいて、ありのままの自分が居る」
 レイにとっては奇跡のような体験だろう。堂々と手を繋いでいる俺にとってもそうだ。周りからの視線は確かにある。それでも4人、5人で楽しく過ごしていれば気にならない。青春のなせる小さな奇跡だ。

「ねぇ。ノートの事は話したの?圭吾クン。自分だけの手柄にしてない?」
「あっ。えっと。さっき言ってたノート。実は俺とアオイちゃんの二人で作ったんだ」
 アオイちゃんの肘が圭吾の脇腹に食い込んだ。圭吾は照れくさそうに笑っている。いつの間に仲良くなったのか。

「最近この二人、仲がいいんだ。なんか圭吾が相談に乗ったみたいで」
 俺とレイに聞こえるようにシュンが囁いた。レイはとにかく嬉しそうだ。
 2年3組の教室にはすぐ着いた。楽しい会話が階段を上っていた事も忘れさせていた。

「戻って来たな。俺たちの教室に」
 扉に手を掛けて力強くスライドさせた。高校生活はまだまだこれからだ。
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