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一緒に寝ようか

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  20時くらいだった。暗い中、レイの家に向かって行く。夜遅いとか、彼の親とか、細かいことは考えなかった。
「きて」
 レイとシュンの仲が悪かった時もこの二文字で俺たちは会った。この返信を大事にしたい。
 
 住宅街は黄色い光が多かった。みんな家に居て、家族団らんの時間を過ごしているのかもしれない。それなら俺もレイと一緒に過ごしたい。
 インターフォンを押すと、すぐにレイが扉を開けてくれた。
 
 ネグリジェ姿で、ウィッグも付けていない。顔色も唇の色も想像よりは悪くない。そこが分かっただけでも嬉しかった。
「やっぱり嬉しいな。ハヤトが来てくれると」
 口の両端がちょっとだけ上がった。気休めではないらしい。

「俺も嬉しいよ。レイ」
 言いながら玄関に入る。靴を脱ぐとき、灰色のパンプスがあるのが見えた。地味でシンプルなデザイン。レイの好みではない気がする。

「あぁ、今お母さんが居るんだ」
「えっ。って、普通そうか。どうしよう? 挨拶する?」
 家に入るのを躊躇っていると奥から落ち着いた声がした。

「どなた?」
 こうなったら挨拶するしかない。
「同じクラスの瀬七勇人です。夜遅くにすいません」
 
 微かな足音とともに現れたレイの母親。綺麗なパジャマに綺麗な顔。
 パジャマの方はシルクだろうか。藍色が少し光沢を帯びている。
 
 顔はやはりレイに似ている。色は白く、目は大きく、唇は小さい。ナチュラルな黒髪は胸のあたりまで下りていて、先にウェーブが掛かっている。

「何分夜ですから、こんな格好ですみません」
 そう言って丁寧に頭を下げられた。パジャマに襟などないから胸元が見えそうになる。
「こちらこそ、すいません。レイのクラスメイトです」
 なんとか視線を逸らして答えた。友人とも言えなかったし、ハッキリとパートナーだとも言いづらい。まだレイに告白している訳じゃない。

「そうですか。レイの」
 レイの母親は驚いたように言ってから続ける。
「ウチの麗人と仲良くしてくださいね」
 そう言って部屋の奥に下がっていった。夜中に来たお咎めは全くなかった。

「美人だね。レイのお母さん。恥ずかしくて目を逸らしちゃった。もっと見てれば良かったかな?」 
 おどけてそう言ってみる。自室の扉を開けながらレイは言い返してきた。
「ヒトの家に来てお母さんを見ていくの? ぼくがいるのに」
 可愛い切り返し方だ。ちょっと嫉妬交じりに言っているような所が良い。会話ができないほど落ち込んでいるわけではなさそうだ。
 
 いつものようにソファに座った。奥が俺で手前がレイだ。
「来てくれてありがとね」
「いや、俺が会いたくて」
 右手を隠しながらそう言った。殴った話は伏せておこう。

「そう言えば『ローマの休日』見たよ。面白かった」
 レイの方を見るとソファから降りて床に座っていた。左足を抱えて右足を伸ばしてこちらを見ている。
「ギターで殴りつけたくなったでしょ」
「うん。良い話だったよね。ラストの決断は立派だった」
 話を逸らした。レイの前で殴る話はしたくない。

「『ローマの休日』ってね。タイトルに別の意味があるんだ。英語で言うとRoman Holiday ローマ人の休日って意味」
 テストで聞かれない様なレイの得意分野。是非聞きたい。
「あれ? 主人公はアメリカ人とどこかの王女様じゃなかった? ローマ人って言うと変な気がする」
「そう。で、古代ローマ人の休日の楽しみって何だと思う?」
「うーん。降参だな」
「ハハハハ。ローマ人の娯楽はね、コロッセオに行って剣闘士の殺し合いを見る事なんだ。誰かの犠牲の上に、楽しみがあるって事」
 笑い声とは裏腹の残酷な話だ。現代的な価値観では受け入れがたい。
「その誰かの犠牲って言うのは……」
「今回はぼくたちだったね」
 レイが俯いて寂し気に左足を抱えている。何かしてあげたい。
「映画はハッピーエンドだった。大丈夫だよ。俺たちも」
 そう言ってソファとレイの間に座った。狭いけどこれで良い。そして、後ろから腕を回した。お腹を優しく両手で抱える。触れたお腹が冷えている気がした。レイも不安だったに違いない。

「ありがと……」
 少なくとも、お腹が暖かくなるまではそうしていた。
「飲む?」
 回した俺の腕をほどいて、ガラス机の上から瓶を差し出してきた。

「好きでしょ。レモンみたいな匂い」
 差し出されたのは香水ではなく、お酒だった。
 レイが瓶のふたを開けると、柑橘系の強いにおいがした。
「レイ、これって……」

「ジンだよ。きらい?」
「そうじゃない。俺たち、まだ未成年だ」
 香りは正直言って嫌いじゃなかった。でも飲みたいとは思わない。正確にはレイに飲ませたくない。
「意外と真面目クンだね。ハヤトは」
 ガッカリしたようにガラス机に瓶を戻す。

「ダメだよレイ。俺はレイにそういう事はして欲しくない」
 真面目だと言われようが、ガッカリされようが嫌だった。
 レイの右手を掴んで言った。
「そう? じゃあ止めておこうかな」
 意外にも素直な対応だ。逆に怪しい気もする。

「まさかタバコなんてやってないよな?」
 聞くと露骨に視線を逸らされた。
「うーん。どうだったかな?」
 レイがこんなに不良少年だったとは。
 苦しい時に何かに頼りたい気持ちはわかる。飲んだり吸ったりしたいタイミングかもしれない。でも嫌だ。

「ダメだよ。レイ。そう言うのばっかりに頼ってたら」
「ハイハイ。ハヤトがそこまで言うなら止めておくよ」
 頭を掻くような動きをしてレイが頷いた。
「はぁ、俺たちってどっちかと言うと、俺の方が悪いことしそうな格好してるのに。金髪だし。ピアス空けてるし」
「ハハハハ。偏見かもしれないけど、そうだね。ホント、ハヤトの方が悪そうだ」
 一度苦笑いをすると、つられて本物の笑顔に変わってしまった。レイが笑っているとどうしても笑顔になる。

「ねぇ……。お酒もタバコもダメになると、頼るものが無くなっちゃう」
 レイが前かがみになってしっかり目を合わせに来た。さらに意味ありげに両手を握られる。

「もう遅いしさ。一緒に寝よ?」
「えぇ!?」
 今日は泊まる予定なんて無かった。どうしたものか。制服のままだし、なにより恥ずかしい。

「こ、心の準備ができてないよ」
 レイの大きな両目が迫ってきている。もう直視できなかった。
「頼らせてよ。ぼくからお酒とタバコを奪ったんだ、それくらいしてほしいな」
 満面の笑みで言われてしまった。こうなるともう断れない。

「わ、わかったよ」
「やったね」
 それから手を引かれてベッドに押し倒された。レイが毛布を素早く掛ける。

「電気消すね」
 セリフの全てに緊張した。心臓が破裂しそうなくらいに恥ずかしい。とにかく顔が近かった。身体だってかなり近い。

「おやすみ」
 電気が消える前、レイの笑顔がハッキリ見えた。
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