レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

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天使論

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 一宮高校の美術室はかなりボロい。さらに一階の日の当たらない場所にあるからジメジメしている気がする。四限なのに電気を全て付けないと暗いままだ。

「もうね。みなさんね。二年生の後半だし。今学期の授業も残り少ないからね。自由に描いて欲しいんだ」
 岡本先生は美術の教科書に登場する中国の仙人に似ている。60歳くらいだと聞いているが、学内では長老扱いだ。
 それで今日の授業は自由席で進むらしい。俺たちは四人で固まった。クラスメイトが見ている中で、この四人で居るのは初めてだ。男女両方から視線が注がれる。学校は狭い村社会みたいなモノですぐに噂が広まる。

「画用紙は前に置いておくからね」
 老先生が紙を置き終わる前に圭吾が取りに行ってくれた。
「はい。A4用紙が四枚な」
 面倒見が良いと言うより、面倒を見たいのかもしれない。

「ありがとう。圭吾くん」
 良くない事だが、レイがお礼を言う事に驚いてしまった。俺とシュンは世話になる事に慣れてしまって、お礼の言葉が出なかった。

「麗人くんだけだよ。お礼を言ってくれるのは」
 頬杖を突く圭吾から皮肉が届く。デカい体の低音ボイスで言われると、冗談だとわかっていても少し怖い。
「ごめん、ありがと」
「ごめんなさい。ケイ、ありがとう」
 俺たちが謝ると圭吾は大口開けて笑い出す。戦国時代の武将みたいだ。

「ほら、ほら。笑顔も良いんだけど、手も動かしてね」
 いつの間にか居た岡本先生。すぐに皆は手を動かし始めた。
 それに合わせて自分も机に向き直って画用紙を見つめてみる。
 ジッと見ても何も思いつかない。言われてみれば自由に描くと言うのは難しかった。
 
 お題があれば大きく外した絵は描かない。リンゴのデッサンと言われればそれなりに点数は取れた。しかし、自由となると苦手分野だ。
 意味もなく、パレットを開閉してみる。音が出るだけでアイディアは出ない。
 
 向いを見ると女子高生の絵が見えた。野原で横たわる女の子。四肢が力なく垂れていて、どこかエロティックを感じさせる。顔は詳しく描けていないが、上手い気がする。シュンはこれが好きなのだろう。
 
 対角線上にあるのはパエリアだった。黒い皿に盛りつけられた黄色い米に赤いエビ。ムール貝と散らされたパセリ。色鮮やかで美味しそうだ。そう言えば圭吾は料理も上手かった。

「む、難しいな」
 つい弱音が出てしまった。美術の授業に赤点は無い。それでも周りを見ると焦りが募る。俺だけ自分の好きを表現できていなかった。

「まぁ、自由って不自由だからね。大きな力に従っている方が楽だから」
 書き続けながらレイが独り言のように言い放つ。ポロリと出たその言葉が俺の動きを止めてしまった。言葉の矢が胸に刺さってしまったらしい。
「おぉ、確かにそうだ。しかしノックダウンされた奴がいるぜ。麗人くん」
 黄色と緑色が混ざった親指で圭吾が俺を指差した。どうにも唸る事しかできない。

「えぇ? ごめんねハヤト。ハハハハハ」
 
 何もなかったかのようにレイは笑う。何か言おうとして見てみると、レイの机には天使が居た。真っ白い裸体。背中から生える力強い白い翼。ポーズはイタリアにある石像みたいに捻じりがある。後光が差していて神々しい。そして大事なところに性器は無い。

「いいねぇ。コレ。いいよぉ。上手いじゃない。麗人くん」
 また現れた老先生がそう言った。確かに圧倒的に上手かった。
「ありがとうございます」
 先生の目を見てちょこんとお辞儀をしていた。
 
 岡本先生は曲がった腰を伸ばして覗き込んでいる。
「天使には性別が無いんだよね。未だ大人になりきっていない、曖昧な状態の君たちにそっくりだね」
 言い終わるとまた腰を曲げて歩いて行った。先生の言う通り高校生なんて曖昧な存在かもしれない。特に俺はそうだ。描きたいものさえハッキリしない。

「描けないなら宿題にしたら? どうせ、ぼくたち曖昧なんだ」
 レイの一言で今日の所は諦めた。今はまだ絵が描けない。
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