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ゲイ?

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 一限が終わってすぐ、右手首を嗅いだ。微かにレモンの匂いがする。学校へ来る前に付けてきた。
 シュンのオカマ発言以来、俺とレイはクラスでの会話を控えている。レイは状況をよく分かってくれて、話すのは放課後になっている。それでなくても、タブレット上のやり取りだ。クラスの政治はややこしい。

「落ち込む必要なんか無いって、勇人」
 声を掛けてきたのはシュンだ。その優しさをレイにも向けてはくれないだろうか。
「そうそう。イケメンに生まれた宿命さ」
 
 圭吾も続いて慰める。俺の落ち込みはアオイちゃんを振ったところか、それともレイについて考えがハッキリしないところか。この面倒な思考が落ち込ませている原因だ。
 レイが好きだと言えればいいのに。いや、レイ本人の気持ちはどうか。そもそも俺は男が好きなのか。だとしたら隠すべきか。
 
 そうしてまた思考の迷路に迷い込む。

「瀬七勇人クンってこのクラス?」
 すぐ右のドアが開いた。立っているのは知らない顔の女の子。女子にしては背が高い。毛先の整ったショートヘア。マスクはしていなかった。

「俺だけど」
「ちょっと来てよ」
 また教室がざわつく。さすがに二日続けて告白されたことは無い。
 相手は廊下へ歩きだす。

「勇人。あれ、一組の紫織さん。遊び人で有名なんだ」
 シュンが手を引いて、コッソリ教えてくれた。その遊び人が何の用なのか。

「気晴らしにヤるだけヤっちゃえば?」
 もっと小さな声で言う。常識的ではないが、シュンからすると真面目なアドバイスなのだろう。圭吾が高い位置から心配そうに眺めてる。

「ねぇ、まだ?」
 廊下から気だるそうな声が聞こえる。紫織さんが急かしてきていた。
「今行く」
 上の階に上がる途中。踊り場で足が止まった。授業開始の3分ほど前。上っ面が真面目なのか、生徒は少ない。

「ねぇ。私と付き合ってよ」
「は? なんで」
 突然すぎる。同じクラスのアオイちゃんでも断ったのに、今日知り合った女と付き合うなんてありえない。

「じゃあさ、ヤるだけでもいいよ」
 紫織さんがカーディガンの下、シャツのボタンを手際よく外す。大きな胸の上半分が露出した。

「なんなんだ。いきなり来て、意味が分からない」
 俺が言うと、紫織さんは口角を目一杯に上げて笑った。
「やっぱり嫌なんだ。女だから?」
 その言葉に冷や汗が出た。この女、付き合うことが目的じゃない。もしかして、探りを入れに来たのかも。

「いや、別に。お前が失礼な女だからじゃない?」
「ウソなんて吐くなよ。私のカラダを見て反応しない男なんて居ないんだから。それとも私が男だったら興奮してたの?」
 吐き気がした。目の前の女に対しても、ハッキリ言えない自分にも。俺は大平麗人という人が好きだ。この一文がなかなか言えない。頭の中でストップがかかる。

「やっぱさぁ。アンタ、ゲイなんじゃないの?」
 ニヤニヤ笑う目の前の女。変わらず見せてくる胸元が気色悪い。意識が遠のく程の嫌悪感。そんなに俺が面白いのか。

「授業始まるよ!」
 大きな声が階段に響いた。そして何とか意識は保った。声を出したのはアオイちゃんだ。
「チッ」
 紫織さんが大きな舌打ちをして、階段を下りていく。これで終わりだ。そう思うと落ち着いた。

「勇人クンに酷いこと言わないで」
 アオイちゃんと紫織さんのすれ違いざま。アオイちゃんが言ってくれた。紫織さんからは憎悪の視線が放たれていた。

「いこう。勇人クン」
 以前は名前も覚えてなかったアオイちゃんに救われた。
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