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2.流れた月日
しおりを挟むあれからどれだけの月日が流れただろう
彼を失った時に訪れていた冬を過ごすのは何度目だろう
ふとそう思っては悲しくなって涙を堪えたのは何回目だろう
彼を失った日から部屋に引きこもる生活が続いた
アルバムを見返しては彼の名前を呼び続け涙を流した
彼のいないこれからを生きていける気力もなければ、ここで自分の人生を終わらせる勇気も持ち合わせていない
廃人のように過ごす日々
そんな時たまたま床に置いていたリモコンを押してしまいテレビから映像が流れた
見た事のある景色が映し出されたその映像を眺めていれば思い出される彼の笑顔
2人で訪れたことのあるその場所は海が見える綺麗な所だった
2人で笑い合いながら海辺ではしゃいでいたあの時間
その時『お前の笑った顔、俺好きだなぁ』 そう彼が言っていた事を思い出した
「いってきます。」
玄関に飾った彼と撮った写真にそっと触れ家を出る
俺は過ごしていた街から2人で旅行に行った時に気に入った、あの日テレビで見た場所へ移り住んだ
「老後はここで2人、海を眺めながら過ごすのもありだな。」そう彼が話していたのも思い出したから
寒さに体を震えさせながら歩いていれば前から仲良さそうに手を繋ぎながら歩いてくる家族連れの姿が見えた
小さい足を必死に動かして歩く女の子と目が合ったその瞬間ニコッと可愛らしい笑顔を見せてくれた
それに俺も笑顔を返し手を振れば嬉しそうに両親と繋いだままの手をぶんぶんと振る
すれ違いざまに軽く会釈をした両親に俺も会釈する
少し歩いた所で振り返れば、変わらず手を繋いだまま笑い合う姿にいつの日か彼と話していた家族の姿を重ねてしまう
あの日彼が事故にあわなければ、死ぬ事がなければ、俺達もあんな風に過ごしていたんだろうか
子供が好きだった彼だからきっといいパパになっていたんだろうな
もし子供が出来なくても彼と2人ならそれでもいいと思えただろう
だけど今は、"彼と2人で過ごす" それすら叶わなくて、、、
ぼやけてくる視界に慌てて目を擦り上をむく
深呼吸をすれば外の冷たい空気が取り込まれほんの少しすっきりする
「よし、大丈夫だ。」そう言葉をもらし再び歩き出す
「おはようございます。」
そう挨拶をしながら扉を開ける
すると「「おはよう。」」と優しく穏やかな声がかえってきた
ここに移り住んですぐの頃、毎日海辺へ足を運んではぼんやりと眺めていた
そんなある日、1人の年配女性に声をかけられた
「最近よく来るねぇ。」
いきなりそう話しかけられビクッと体を動かせば「驚かせてごめんなさいね。」そう申し訳なさそうに言う
「隣いいかな?」遠慮がちにそう問いかけられ、戸惑いながらも「あっ、はいどうぞ。」と言えば「ありがとう。」笑顔でそう言いながら俺の隣へ腰を下ろす
「私ね、ここの近くでお店やってるの。」
「そうなんですね、、」
「ふふっ、良かったら来ない?」
「えっ?」
「洋食屋なんだけどね、あなた朝からここに居るけど何も食べてないでしょ。お店からよく見えるのよ。」
「あっ、でも食欲なくて、、、」
「いいのよ少しでも。うちの料理美味しいのよ。」
そう言って笑顔をみせる女性の誘いを断れず「それじゃあ行きます。」そう答えた
すると、さらに嬉しそうな表情で「よかった。私はね、山城まみこって言うの、よろしくね。」自己紹介をした
「あっ、俺は花白 結です。」
「ゆいくんね、いい名前ね。」
そう言って手を差し出す
それに遠慮がちに自分の手を出せばぐっと握ってきた
その手が温かくて何だかじんわりと心まで温かくなった気がした
するとそのまま手を繋いだまま歩き出した
「えっ、」そう声をもらしながら何とかついて行く
ほんの数分だった
「はい、ついた!」そう言って離された手
転ばぬよう足元を見ていた顔を上げれば白い建物に大きな窓があるお店の前にいた
"カラン" と音を立てて扉が開けば中から年配の男性が顔を出す
「やっと帰ってきたか。」そう言いながらまみこさんを見れば「外、こんな寒いのになんで薄着なんだ。」とムスッとした顔に変わる
そのやり取りを静かに聞いていれば後ろにいる俺に気付いた男性と目が合う
軽く会釈をすれば同じように会釈を返される
その間にお店の中へ入ったまみこさんが「結くん、ほら入って!すぐに用意するから好きな席に座ってね。」そう言った
「あっ、はい。」慌てて返事をし「失礼します。」そう言いながらお店の中に足を踏み入れる
そのやり取りを見ていた男性が状況を飲み込めずに「知り合いなのか?」そう聞きながらまみこさんの後を追って裏の方へ向かった
その後ろ姿を見送った後に店内をぐるりと見渡し目に止まった席に着く
窓の近くにある席で目の前に先程までいた海辺が見えた
しばらく待っていれば「お待たせ。」そう言ってまみこさんが俺の目の前にオムライスを置いた
少し小さめに作られたオムライスからはいい匂いがして思わず「美味しそう、、、」と呟いた
その声が聞こえたのか、まみこさんがふふっと笑いながら「召し上がれ。」そう言った
「いただきます。」そう言って一口運べば、手を握られた時と同じ温かさが再び俺の身体を包んだ
二口、三口と運ぶ度に広がる温かさに自然と涙が零れてきた
それでも止まることなく食べ続ける
そして最後の一口を食べた時そっと抱きしめられた
「美味しいでしょう?うちの料理 」
そう言われこくりと頷きながら俺もその背中に手をまわした
「....美味しいです....すごく....おいしぃ.....」
泣きながらそう言う俺に「ふふっ、よかった。」そう言いながら優しく背中を撫でてくれた
そんな俺達の様子に戸惑いながらも、そっと近付き男性も俺の頭に手を乗せ優しく撫でてくれた
どれだけその状態でいただろう
落ち着きを取り戻した俺は慌ててまみこさんから離れ「急にすみません、泣いたりなんてして。」そう謝る
すると「いいのよ、今はお店閉めてる状態で他に誰もいないし、気にしないで。」と笑顔をみせる
俺、この短い時間で何度この人の笑顔を見ただろう
そしてその笑顔に何度癒されただろう
そう思っていればまみこさんの後ろで未だに状況が分かっていない男性と目が合う
俺は急いで立ち上がり挨拶をする
「遅くなってすみません。俺、花白 結って言います。」
「あっ、いえ。俺は山城晃でまみこの旦那です。」
「旦那さん、ってことは夫婦でお店を?」
「そうなの。もう何十年になるかしらね?」
なんて言いながら晃さんの方を向くまみこさん
それに「何年だろうなぁ。」なんて言って天井を見上げる晃さん
その2人に笑みが溢れれば、まみこさんが「可愛らしい笑顔ね。」俺を見ながらそう言う
その言葉に「そうですかね、、、」と少し声小さめに言えば「男の子に可愛いは違うんじゃないか?」と晃さんが言った
「そうなの?気を悪くさせたらごめんなさいね。でも私、結くんの笑顔素敵で好きだわ。」
「...大丈夫です...。」そう言うけど、笑顔が好きだなんて彼と同じような事を言われ声は震えていたと思う
このままだとまた泣いてしまう、、、そう思った俺は「そろそろ帰りますね。会計お願いします。」そう言えば「私が連れてきたのだからお代はいいわ。」そう言って財布を出した俺の手を止める
「あんな美味しいのを頂いたのに申し訳ないです。」そう言えば「それじゃあ今度は、結くんが自分からお客さんとして来てくれる?」そう言った
「それはもちろん。」そう答えればてとも嬉しそうに晃さんの背中を叩き「結くんまた来てくれるわよ。」なんて言う
それを少し痛がりながら「また待ってるよ。」俺を見ながらそう言った
そんな2人に俺は頭を下げ「ありがとうございます。」とお礼を告げお店を後にした
それから俺はお店の常連となった
最初に座ったあの席でその日のオススメを口にする
今まで暗くなるまで海を眺めながら思い出に浸り
帰ってからもアルバムをひらいては彼の事を思い出して泣く
廃人のような生活から抜け出そうと思いながらやってきたはずなのに変わらず過去に縋ってばかり
そんな日々だったのがお店に通い、2人と会話をする事で少しだけ前を向けたような気がしていた
何も聞かずにただお店に通う俺をそっと見守るような、そんな2人がいるこの空間が心地よかった
その日もいつもの様にお店に来ていた
するとまみこさんから「うちで働いてみない?」と提案された
ずっと2人でやってきたけど、年齢のこともあり人手を増やそうかと考えたらしい
まだ短い付き合いとはいえ間違いなく俺の生活を変えるきっかけとなったこのお店で働けるのなら、何より2人の役に立てるのなら、そう思って引き受けた
それが1年ほど前。
あの時と変わらない優しい笑顔で今日も2人が俺を迎える
「今日は予約が入ってるから少し忙しいかもね~」
そうまみこさんがパソコンを見ながら呟く
「任せてください。俺頑張りますよ~!」そう言えば「まぁ頼もしい。」なんてやり取りに心から笑えている気がした
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