23 / 33
バキュラビビーの葛藤
不審者と不審者
しおりを挟む朝。
ちーちゃんが一人でアパートから出てくる。
鍵を閉めて駅の方に向かって歩き出す。
郵便局の角を曲がり、姿が見えなくなったことを確認。
「よし、行くか」
ここは綿久川の堤防。
ここから双眼鏡を使うと、ちーちゃんのアパートがよく見えるのだ。
別にやましい気持ちで覗きをしているわけじゃない。
今日はコーリヤマの化けの皮を剥がすための大事なミッションがあるのだ。
そのために、ちーちゃんがいない隙にアパートの中に入る必要がある。
川からアパートまで車で3分。
「ちーちゃん入るよー」
誰もいないとわかっていながらも、小声で断りを入れつつ部屋の中に入る。
遮光カーテンが閉められて薄暗い中を、僕は注意深く観察する。
(おとといちーちゃんに渡した荷物は……)
最初に置いた位置から動いていない。
さすが家ではズボラなちーちゃんだ。
荷物の中から例の物を回収する。
(何か決定的なものが出てくればいいんだけど)
あと、ちょっと気になっていたことを調査しておく。
(このwifiルーターも、ちょっとデカすぎだろ)
A4サイズのアンテナ付きの箱を触ってみる。
なんだかバランスがおかしい。
やはり筐体の中に不自然な空間があるようだ。
(このツメを外せば開きそうだな)
なんとかカバーを開けることに成功する。
中には電子部品が載っかったプリント基板があり、ビスで固定してあった。
(これはマイコンってやつか?)
これがどんな役割を果たしているのか、なんとなく予想がつく気がした。
そのとき、
「ぐふふふふ。こんな朝から抜け駆けとはいけませぬなぁ」
背後から声がした。
振り向くと、小太りで黒縁メガネをかけた男が立っていた。
「だれだお前」
僕は男を睨みつけながら凄んだ。
「おりょ? てっきり郡山氏かと思ったら違いましたな? そっちこそ何奴?」
「コーリヤマの知り合いか?」
「答える義理はありませぬな」
ニマニマとした気色悪い顔で男が答える。
それにしてもなんなんだ、この状況。
女性の部屋で不審な男が二人、お互いの素性も知らず睨み合っているとか、謎のシチュエーションすぎる。
「む?」
小太り男が僕の右手を見ながら声を上げた。
「ワタクシのかわいいブルーベリータルトちゃんに何する気ですかな?」
「ブルーベリータルト?」
ケーキなんか食ってないと言おうと思ったが、奴の視線から何を指しているのか理解した。
右手に持ったルーター。
正確には、その中のマイコンだ。
「これのことか? マイコンに変な名前つけてんじゃねーよ」
「変とは心外ですな。ブルーベリータルトちゃんは世界中で使われている有能IOTデバイスですぞ?」
「知らねーよ、そんなの」
オタクの長話に付き合う義理はない。
「ともかくブルーベリータルトちゃんは返していただきますぞ。それに茅野宮様のお住まいに不法侵入する輩を、ほっとくわけには行きませぬしな」
「てめえだって不法侵入じゃねえか」
「ほっほっほ。ワレワレは茅野宮様を監視もといお見守りする親衛隊だからいいのですよ」
「ストーカーかてめえ」
ワレワレと言ったか、コイツ?
集団ストーカーってやつなのか??
ふつふつと怒りが湧いてくる。
おそらくこのケーキみたいなマイコンも盗撮用機材だ。
「頭にきた。てめえはここでぶちのめす」
「ほっほっほ。デブを舐めては痛い目に遭いますぞ」
そういうなり、ストーカー男は僕に向かって突っ込んできた。
「グラビティプレス!!」
ストーカー男が叫びながら僕にぶつかってくる。
そんなタックル効くものか……そう思ったのが間違いだった。
「がはぁっ!」
想像以上の衝撃。
圧倒的質量の前に、僕の体は部屋の端まで吹っ飛んだ。
ルーターも僕の手から離れて部屋の隅まですっ飛んでいった。
「うほほほほほ。この肉体こそが武器なのですぞ」
脂肪の塊がなんか言ってやがる。
「うるせー。ちょっと油断しただけだ」
立ち上がると、僕は拳を構える。
「おろ? おにーさん、格闘技かじってますかな??」
「空手に柔道、ボクシングもやってる。まあ相撲は専門外だけどな」
どれも役作りのためにかじった程度だったりする。
「無駄な脂肪ほど脆いものはないって教えてやるよ」
質量があっても所詮は素人。
隙だらけのストーカー男に向かって一気に間合いを詰めると、顔面めがけて右の拳を繰り出す。
「おっと!」
声を出しながらのけぞって避けるストーカー男。
だけど、それは僕の思うツボ。
体制が崩れたところに左の拳でボディーブローを喰らわせる。
「あべしっ!」
「いちいちうるせえ奴だな!」
怯んだところにラッシュを加え壁際に追い詰める。
「ひでぶ! ひでぶ! タンマ! タンマですぞ!!」
大袈裟な声を上げ続けるストーカー男。
ロクに鍛えてないやわやわな脂肪の塊じゃ耐え切れないだろう。
「あ、茅野宮さま! 助けてくだされ! 狼藉者でござる!!」
ストーカー男が玄関を見ながら叫び出した。
殴るのに夢中でちーちゃんが帰ってきたのに気づかなかった……と思ったら、
「……いねえじゃねえか」
玄関にちーちゃんの姿など、影も形もなかった。
その瞬間、ストーカー男は僕の脇を抜けて脱兎の如く走り出した。
「ふはははは、さらばですぞー!!!」
速い。
あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「デブの癖に逃げ足だけは早い奴だな……」
半開きのままの扉を見ながら、僕は呟いていた。
さて、こっちも撤退するとしよう。
置き忘れたものがないか確認していると、スマホがないことに気がつく。
「あ……あのとき取られたか……」
最初のタックルのときだ。
あのときすでにスマホをポケットから抜き取っていたようだ。
(まずいな、これじゃ佐山に連絡がつかない……)
ピンポイントに困ることをしてくれる。
今夜、コーリヤマと佐山の話し合いが始まる前に、佐山に連絡を取る必要があるのだ。
(家に行ってみるか?)
そう考えてもみたが、今行っても仕事に出て行ってしまってるので無駄足だと思い直した。
「ホントに困ったな……。やってくれるぜあの野郎……」
ストーカー男を今から追いかけるか。
それともスマホなしで佐山に連絡をとる方法を探すか。
(どっちが楽かな……)
僕は本気で悩んでしまった。
ちーちゃんが一人でアパートから出てくる。
鍵を閉めて駅の方に向かって歩き出す。
郵便局の角を曲がり、姿が見えなくなったことを確認。
「よし、行くか」
ここは綿久川の堤防。
ここから双眼鏡を使うと、ちーちゃんのアパートがよく見えるのだ。
別にやましい気持ちで覗きをしているわけじゃない。
今日はコーリヤマの化けの皮を剥がすための大事なミッションがあるのだ。
そのために、ちーちゃんがいない隙にアパートの中に入る必要がある。
川からアパートまで車で3分。
「ちーちゃん入るよー」
誰もいないとわかっていながらも、小声で断りを入れつつ部屋の中に入る。
遮光カーテンが閉められて薄暗い中を、僕は注意深く観察する。
(おとといちーちゃんに渡した荷物は……)
最初に置いた位置から動いていない。
さすが家ではズボラなちーちゃんだ。
荷物の中から例の物を回収する。
(何か決定的なものが出てくればいいんだけど)
あと、ちょっと気になっていたことを調査しておく。
(このwifiルーターも、ちょっとデカすぎだろ)
A4サイズのアンテナ付きの箱を触ってみる。
なんだかバランスがおかしい。
やはり筐体の中に不自然な空間があるようだ。
(このツメを外せば開きそうだな)
なんとかカバーを開けることに成功する。
中には電子部品が載っかったプリント基板があり、ビスで固定してあった。
(これはマイコンってやつか?)
これがどんな役割を果たしているのか、なんとなく予想がつく気がした。
そのとき、
「ぐふふふふ。こんな朝から抜け駆けとはいけませぬなぁ」
背後から声がした。
振り向くと、小太りで黒縁メガネをかけた男が立っていた。
「だれだお前」
僕は男を睨みつけながら凄んだ。
「おりょ? てっきり郡山氏かと思ったら違いましたな? そっちこそ何奴?」
「コーリヤマの知り合いか?」
「答える義理はありませぬな」
ニマニマとした気色悪い顔で男が答える。
それにしてもなんなんだ、この状況。
女性の部屋で不審な男が二人、お互いの素性も知らず睨み合っているとか、謎のシチュエーションすぎる。
「む?」
小太り男が僕の右手を見ながら声を上げた。
「ワタクシのかわいいブルーベリータルトちゃんに何する気ですかな?」
「ブルーベリータルト?」
ケーキなんか食ってないと言おうと思ったが、奴の視線から何を指しているのか理解した。
右手に持ったルーター。
正確には、その中のマイコンだ。
「これのことか? マイコンに変な名前つけてんじゃねーよ」
「変とは心外ですな。ブルーベリータルトちゃんは世界中で使われている有能IOTデバイスですぞ?」
「知らねーよ、そんなの」
オタクの長話に付き合う義理はない。
「ともかくブルーベリータルトちゃんは返していただきますぞ。それに茅野宮様のお住まいに不法侵入する輩を、ほっとくわけには行きませぬしな」
「てめえだって不法侵入じゃねえか」
「ほっほっほ。ワレワレは茅野宮様を監視もといお見守りする親衛隊だからいいのですよ」
「ストーカーかてめえ」
ワレワレと言ったか、コイツ?
集団ストーカーってやつなのか??
ふつふつと怒りが湧いてくる。
おそらくこのケーキみたいなマイコンも盗撮用機材だ。
「頭にきた。てめえはここでぶちのめす」
「ほっほっほ。デブを舐めては痛い目に遭いますぞ」
そういうなり、ストーカー男は僕に向かって突っ込んできた。
「グラビティプレス!!」
ストーカー男が叫びながら僕にぶつかってくる。
そんなタックル効くものか……そう思ったのが間違いだった。
「がはぁっ!」
想像以上の衝撃。
圧倒的質量の前に、僕の体は部屋の端まで吹っ飛んだ。
ルーターも僕の手から離れて部屋の隅まですっ飛んでいった。
「うほほほほほ。この肉体こそが武器なのですぞ」
脂肪の塊がなんか言ってやがる。
「うるせー。ちょっと油断しただけだ」
立ち上がると、僕は拳を構える。
「おろ? おにーさん、格闘技かじってますかな??」
「空手に柔道、ボクシングもやってる。まあ相撲は専門外だけどな」
どれも役作りのためにかじった程度だったりする。
「無駄な脂肪ほど脆いものはないって教えてやるよ」
質量があっても所詮は素人。
隙だらけのストーカー男に向かって一気に間合いを詰めると、顔面めがけて右の拳を繰り出す。
「おっと!」
声を出しながらのけぞって避けるストーカー男。
だけど、それは僕の思うツボ。
体制が崩れたところに左の拳でボディーブローを喰らわせる。
「あべしっ!」
「いちいちうるせえ奴だな!」
怯んだところにラッシュを加え壁際に追い詰める。
「ひでぶ! ひでぶ! タンマ! タンマですぞ!!」
大袈裟な声を上げ続けるストーカー男。
ロクに鍛えてないやわやわな脂肪の塊じゃ耐え切れないだろう。
「あ、茅野宮さま! 助けてくだされ! 狼藉者でござる!!」
ストーカー男が玄関を見ながら叫び出した。
殴るのに夢中でちーちゃんが帰ってきたのに気づかなかった……と思ったら、
「……いねえじゃねえか」
玄関にちーちゃんの姿など、影も形もなかった。
その瞬間、ストーカー男は僕の脇を抜けて脱兎の如く走り出した。
「ふはははは、さらばですぞー!!!」
速い。
あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「デブの癖に逃げ足だけは早い奴だな……」
半開きのままの扉を見ながら、僕は呟いていた。
さて、こっちも撤退するとしよう。
置き忘れたものがないか確認していると、スマホがないことに気がつく。
「あ……あのとき取られたか……」
最初のタックルのときだ。
あのときすでにスマホをポケットから抜き取っていたようだ。
(まずいな、これじゃ佐山に連絡がつかない……)
ピンポイントに困ることをしてくれる。
今夜、コーリヤマと佐山の話し合いが始まる前に、佐山に連絡を取る必要があるのだ。
(家に行ってみるか?)
そう考えてもみたが、今行っても仕事に出て行ってしまってるので無駄足だと思い直した。
「ホントに困ったな……。やってくれるぜあの野郎……」
ストーカー男を今から追いかけるか。
それともスマホなしで佐山に連絡をとる方法を探すか。
(どっちが楽かな……)
僕は本気で悩んでしまった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる