宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

マリッジブルーの行方

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美郷がおかしくなったのは、正月を一緒に過ごして初詣に行ったあと。
帰り道に寄ったホテルでのことだった。

晴れ着だからと嫌がる美郷をホテルに連れ込み、半ば強引に行為に持ち込んだのだ。

あのときは興奮した。最高だった。

そしてアノ瞬間も最高だった。

そのあと疲れ果てて眠る美郷の体も最高だった。

そんな美郷とベッドで横になっている時も最高だった。

そして美郷が目覚めた。

悪夢は始まったのはこの時だった。

「ここはどこだ?」

目をさますなり、美郷はそう言った。
俺を見る目つきがおかしいと思ったが、俺は普通に答えた。

「ホテルだよ。いったあと、そのまま寝てたみたいだな」

「ホテル? 宿泊所か? まあそれはいい」

口調がおかしかった。

「地球? 太陽系第三惑星? 知らないな。ドルトイスとの距離は? ダメだな。ベースとなっている記憶回路にデータがない」

何か1人でぶつぶつ言い出した。
言っていることが理解できなかった。

「まあいい。私の状態把握に移ろう。いったあとに寝ていたと言ったな。……そうか、マグワヒのあとということなのか。惜しかったな。もう少し早く復活していればマグワヒを体験できたかもしれないのにな」

抑揚のない調子で喋り続ける美郷。
ひたすら不気味だった。

「君が私のツガイというわけだな。すまないな、混乱していることだろう。今後の君の生活のためにも説明しておく必要がありそうだな。私はバキュラビビー。父なるドルトイスが生み出した戦闘用演算回路だ」

それから後の説明はろくに覚えていない。
あんまりめちゃくちゃな話だったので、脳味噌がフリーズしてしまったからだ。



「こちらが引き出物リストになっております。この中から選ばないといけないわけではないですが、業者と提携している
ので、お安くできますよ」

式場スタッフの高木が言った。
こいつはやたらとまくし立ててくるので、あまり好きじゃない。

今日は結婚式場との何回目かになる打ち合わせの日だ。

口調こそ穏やかだが、高木はすでにピリピリしているようだ。

これまで美郷がやたらと注文や指摘を繰り返してきたからだろう。

『また何か言われるんじゃないだろうか』

そう思っているのをヒシヒシと感じる。

「なるほどですね。検討させていただきます」

美郷はそういうなり素直にリストを受け取ったり

いつもなら、1つか2つ質問してから受け取るところだが。

(ま、今の美郷からしたらどうでもいだろうからなぁ)

美郷が素直なので、打ち合わせはスムーズに進む。

(これでいい。変なボロが出る前に帰りたい)

「擬態は完璧だ」とか美郷は言っていたが、俺は全然信用していない。

ひととおり話が終わって帰ろうとしたとき、

「美郷さん、気分がのらないみたいですね。大丈夫ですか?」

披露宴のホールスタッフがこそっと聞いてきた。

東島という若い女だ。
可愛い顔をしているが、勘が鋭く人を刺すような発言をすることがある。

今日も素直すぎる美郷の様子に違和感を感じたのだろう。

なにが「擬態は完璧」だ。

「今日はたまたま、ね」
「やっぱりマリッジブルーなんでしょうか。今まで、あんなに張り切ってらしたのに」
「ははは。ちょっと張り切りすぎてつかれちゃったのかな?」

適当なことを言ってごまかす。

「自分はバキュラビビーだ」と言い出してから、美郷は結婚式に対して興味を失っていた。

結婚式に、というより結婚そのものに対して興味を失っているといったほうがいい。

『大丈夫だ。今までの生活から逸脱するようなことはしない。約束しよう』

美郷はそう言っていた。
だから、興味を失っても式の準備には付き合ってくれている。

まあ、つまりは義理でやってるだけ、ということなのだが……。

(そんな結婚式が意味あるのか?)

この疑問がすぐに頭の中を駆け巡る。

(だからって、今からやめられるかよ)

そして疑問はこの言葉で打ち消される。

そうだ。

ここまでくるために、どれだけ苦労したことか。

施設育ちの美郷と結婚するために、頭の古いオフクロに何回頭を下げたことか。

美郷には両親はいない。
飛行機事故で、美郷が3歳のころに亡くなっている。

美郷が施設育ちであると分かると、うちのオフクロは露骨に嫌な顔をしたものだ。

『後悔はさせない。一生愛してみせる』

オヤジとオフクロの前でそう啖呵を切って、結婚にこぎつけたのだ。

式場への前金も払い終わっている。
結婚式の招待状の郵送も終わっている。

(だいたい、なんて説明すればいいんだよ)

婚約者が狂った?

そうとしかいいようがない状況だ。

だが、困ったことに「擬態は完璧」を自称するだけあり、外から見れば正常だし、判断力に異常があるわけでもない。

ただ、俺の前で「おかしな話するようになった」というだけなのだ。

(ここにきて、性格の不一致で分かれるとか言い訳するのか? そんなみっともないことできるかよ)

俺はかっこ悪い生き方はしたくない。
このまま結婚式を挙げる。
籍も入れる。

もう後戻りはできないのだ。

「大丈夫ですよ。式までには元気になりますって」

東島にはニコリと笑いかけながら、さわやかに返しといた。

(式までに? そんなわけが、ないだろう)

心の中で声がした。

今は取り繕えても4ヶ月間後はどうなっていることやら。

式を迎える頃にはいろいろなことが破綻しているような気がする。

果たして無事に式を迎えられるのか。

(そんなわけが、ないだろう)

再び心の中で声がした。

そうだ。
俺は不安なのだ。

というより、この結婚。
はっきり言って不安しかないのである。

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