宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

偽りの真実

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『君も頑なだな。ドルトイスの議長のことを思い出すよ』

強制通話アプリからその言葉が聞こえたとき、思わず声を上げそうになった。

(捉えましたよ、茅野宮美郷の秘密を)

ドルトイス。
彼女しか知らないのであろう謎の単語。
これを知ることができたアドバンテージは大きい。

私の頭がフル回転をはじめ、茅野宮美郷に接近するためのプランが組みたてられていく。

プランと言っても、秘密を共有することで、距離を縮めるだけの話だが。

私は手始めに茅野宮美郷と2人きりで会うことにした。

ドルトイスの名を出すことで、茅野宮美郷は私の呼び出しに応じた。

ここまでは予想通りだった。

しかし、そこでバキュラビビーとかいうトンデモナイ話をされるとまでは思っていなかった。

(これまた大きな妄想を抱えたもんですね……)

重度妄想患者を目の前にした私は思考を天秤にかける。

このまま電波な茅野宮の妄想に乗ったほうがよいか。

それとも現実に引き戻すべきか。

最終的には後者を目指したいが、最初から否定しては、そこで門戸が閉ざされてしまう。

ここは、話を合わせる他はない。
そう判断した。

だが、重度の妄想を抱えてしまった茅野宮美郷と接するうちに、また私の恋心は凍結するのではないか。

そんな恐れもあった。

茅野宮美郷が電波な話を語り終えるまでの間に、私は自分に何回も問いかけた。

行くべきか、引くべきか。

結論は、

『私にもあるんですよ、宇宙を飛び回っていた記憶が』

私はそう宣言した。

茅野宮美郷と偽りの真実を共有することに決めたのだ。

こうして私は、自分が茅野宮美郷の唯一の理解者であるかの如く、宇宙の記憶が残っているかのように装った。

最初のうちは、会話はあいまいに。
会話を重ねていくうちに、妄想を共有できるようになってくる。

会話を続けて親しさが増した頃、ちょうどよく茅野宮美郷と佐山定の間に不協和音生まれた。

精神的に参ったタイミングを見計らって、優しい言葉をかける。

そして居場所を提供する。

これほど効果のあるものはない。

茅野宮美郷は私を頼るようになっていった。

想定外だったのは……私の気持ちの方だ。

(茅野宮美郷は、このままのほうが幸せなのかもしれませんね……)

本当は頃合いを見計らって、彼女を現実に引き戻すつもりでいた。

しかし、今の私は、今の彼女と過ごす時間が心地よかった。

今の彼女が好きだった。

(もっと彼女のことが知りたい)

私の思いは強くなっていくばかりだった。

彼女のことは、愛用の手帳に整理して書き留めた。

書き留めるたびに、さらに知りたいことが出てきた。

彼女のことを知る機会は逃したくなかった。

そんなとき、私は彼女の部屋に入る機会を得た。

この機会を逃してはならない。

山崎大吾に協力を仰いで、盗聴、盗撮の機器を用意した。

彼女の部屋は隅から隅まで調査した。

調査結果は全て手帳に書き留める。

今、私は他の誰よりも茅野宮美郷に詳しい。

その自負がある。

今、私は他の誰よりも茅野宮美郷を理解している。

その誇りがある。

私は茅野宮美郷を盗撮していた。

それはそのとおりだ。

しかしそれがなんだと言うのだろうか。

私は何も間違ってなどいない。



「認識に齟齬があるのは嫌いなのでお聞きします」

私は内ポケットから手帳を取り出しながら聞く。

「私がこの手帳を持ち歩いてることをなぜご存知ですか? ブラフとかではなさそうですね?」

私が問いかけると西原諒介は8インチダブレットを取り出した。

「全部、こいつに映ってるんだよ」

西原諒介が差し出した画面には、茅野宮美郷の部屋で、部屋を調査して、手帳に書き込んでいる私の姿が映っていた。

「これは、昨日の映像ですね」

茅野宮美郷に電話がかかって中座した時だ。

「なるほど、盗撮はお互い様だったってことですか」

くっくっくと、不敵な笑いが自分より喉から漏れ出た。

「納得しましたよ、ありがとうございます。さて、この手帳が見たいですか?」

挑むように私は言う。

「見せられるものなら見せてみることっすね」

勝ち誇ったように言う西原諒介。

「いいでしょう」

私は言う。

「受け取ってください。私の彼女に対する思いの全てを」

私は胸ポケットから手帳を取り出すと、机の上へと放った。

「ちーちゃん、その手帳を見てごらん」

西原諒介が促す。

茅野宮美郷が手帳を手にとる。
そしてページをめくる。

そこには余すことなく書いている。

私の調べた彼女のことが。

私の中の彼女の気持ちが。

彼女が語った嘘のような話が。

全て。

茅野宮美郷の指が、ゆっくりとページをめくっていく。

1ページ1ページ、丹念に読み込んでいる速度だ。

その間、誰も一言も発さなかった。

ウェイトレスが西原諒介のことを気にしながらコーヒーとアップルジュースを持ってきた。

異様な雰囲気を察したのか、カップとグラスを置くと何も言わずに去っていく。

茅野宮美郷がアップルジュースに口をつける。
そして手帳の最後のページをめくり終わる。

手帳を閉じると彼女は私を見据えてこう言った。

「宇宙の記憶があると言ったのは、偽りなのだな」

「あるかないかと言われると、ありません。騙してしまったことは謝ります」

私は素直に頭を下げた。

「しかし、これも全て、あなたの記憶を聞き出すためでした」

「何のために私の記憶を探ろうとした?」

「あなたと同じ世界に生きるためですよ」

もともとの動機は違ったかもしれない。
しかし、今の私にとっては、それが紛れもない真実だ。

「そして私はこれからもあなたと生きたい」

私は茅野宮美郷の目を真っ直ぐに見返す。

「なぜだ?」

困惑したように言う茅野宮美郷に、私は
この言葉を伝えた。

「あなたを愛しているからです。バキュラビビー」
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