15 / 45
バキュラビビーの葛藤
星空の下のディスコード(上)
しおりを挟む
「ジョーさん、なんか調子悪そうですね」
檜山から、指摘された。
「そうか?」
「ほら、またここに脱字がありますよ?」
「あ~、すまん」
「これで今日3つ目ですよ」
どうも集中力が欠けているようだ。
理由は分かっている。美郷のことが気にかかっているのだ。
この前、家を出て行ってから連絡一つよこさない。
いや、こちらから連絡するべきなのは分かっているのだが……。
「疲れてんのかな。今日は早めに引き上げるわ。こっちの資料、代筆頼めるか?」
「お、任せてくれるんですか?光栄だなぁ」
「部下に一任するのがいい上司ってやつだよ」
調子のいいことを言って檜山に仕事を丸投げした。
そのまま鞄を持ってオフィスを出る。
定時はすでに過ぎているから問題ない。
駅に向かい、電車に乗る。
今日も電車の中は満員だ。
(しかし、なんて言って切り出せばいいんだ?)
美郷のことで悩んでいると、二つめの駅についた。
開いたドアから見知った顔が乗ってくる。
美郷だ。
こちらが乗っているのはお見通しといった様子で、人混みを押し除けて、美郷は俺の横に立つ。
電車が発車すると、間もなく、
「怒らせてしまったみたいでごめんなさい」
と、美郷は言った。
俺は美郷の顔を凝視した。
額の怪我はすでに治っている。
「実はね、仲直りしたいと思ってるの」
口調が女らしいもの戻っている。
(もとの美郷に戻ったのか?)
期待してしまったが、密集した衆人環境なので、擬態しているだけだと気付いた。
「……こっちこそ、驚かせてすまなかった」
いろいろとツッコミたいところだが、まずは素直に謝った。
「少し話ができるかな?」
美郷が言った。
「ああ」
と答えたものの、その後は無言になった。
しかたなく、スマホでニュースサイトをチェックする。
美郷もスマホを取り出して。
何が忙しそうに入力していた。
(こうしていると、ただの女なのにな……)
電車が駅に着く。
俺が電車を降りると美郷もいっしょに降りてきた。
俺の家まで来るつもりだろうか。
何か話しかけようとしたとき、
「この時間の電車は疲労するな」
と、美郷が呟いた。
口調が軍人のようなものに戻ってしまった。
(その喋り方はやっぱりムカつくなぁ……)
と、改めて思う。
喋る気がなくなってしまい、無言のまま、俺たちはマンションまでの道を歩いた。
「……こっちで少し話そうか」
公園の前を通りかかったとき、美郷が言った。
大きめの公園だ。綿久公園という名前は知っているが、あまり入ったことはない。
奥には展望台もあり、景色が綺麗だとは聞いたことがある。
「空を見ながら話したい」
と言いながら、展望台のほうに向かって美郷は歩き出した。
ロマンチックなことを言うようになったもんだ。
展望台まで来ると、美郷は星が出ている空を眺めながら言った。
「私は星空が好きだ。やはり、この星空の中で生きていたいと願ってしまう」
何か語り出した。
正直、俺にはどうでもいい。
「この前は、おどかしてすまなかった」
俺は言った。
「気にやまなくていい。私は特に気にしていない」
美郷はそう言ってくれた。
あの時、俺が振り上げた拳は、美郷には当たらなかった。
美郷の横の枕にクリーンヒットした。
ギリギリで抑制が効いたようだ。
『……今日は帰ってくれ』
一緒にいる気もなかったので、そう言って追い返した。
美郷が出て、ベッドの上でぼんやりしていると、
どさどさどさ。
と、すごい音をが聞こえてきた。
驚いて部屋の外に見に行くと、美郷が階段の踊り場に倒れていた。
足を踏み外して転げ落ちてしまったらしい。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄った俺に、美郷は額から血を流しながらこう言った。
『マグワヒとは足腰を痛めるものなのだな。足に力が入らなかったよ』
「怪我はもう大丈夫なんだな」
「君が気に止むことはない。私が勝手に怪我しただけだからな。修復には1週間かかったが」
今の美郷は本当のことしか言わない。裏を勘繰る必要もない。だから本当に気にしていないのだろう。
「だが、私といることで、君は満足なのか?」
「……ん?」
「私といることで、君が余計な苦労を抱えるのなら、私は君から離れるべきではないだろうか」
「……確かに、お前といるとすごいストレスだよ。可愛い美郷の口から小難しい言葉が出てくるのは、なんかムカつくしな」
「……やはりそうか」
「だから、1つだけワガママ言わせてくれ。口調だけは、俺の前でも美郷のように擬態してくれ」
「…….わかった。こんなかんじでいい?」
「ああ。それなら俺もストレスが少なく過ごせる。助かるよ」
「それで?」
「ん?」
「このまま、私と生活していくつもり? 口調は直したけど、根本的な解決になってないと思うけど?」
ん?
「お前は……俺も別れたいのか?」
「私と別れた方がいいんじゃないの? って言ってるんだけど?」
ぞわり。
あくまで、俺のために、というスタンスのフリをして。
別れる方向に持っていこうとしている。
冗談じゃない。
婚約までしてるんだ。
今更別れるものか。
ぞわりぞわり。
悪寒のようなものが、体の中を駆け巡る。
自分が悪くないというフリをして、別れようとしている。
こんなケースは以前にも経験がある。
「お前、他に男ができたのか?」
「……なんのこと?」
間があった。視線が下に落ちた。
間違いない。
濃厚に男の気配を感じた。
「どういうことだよ、おい」
美郷の胸ぐらを掴む。
「痛い。やめてよ」
「詳しく話せ。でないと離さん」
俺の腕に力がこもる。
今度は抑制が効きそうになかった。
檜山から、指摘された。
「そうか?」
「ほら、またここに脱字がありますよ?」
「あ~、すまん」
「これで今日3つ目ですよ」
どうも集中力が欠けているようだ。
理由は分かっている。美郷のことが気にかかっているのだ。
この前、家を出て行ってから連絡一つよこさない。
いや、こちらから連絡するべきなのは分かっているのだが……。
「疲れてんのかな。今日は早めに引き上げるわ。こっちの資料、代筆頼めるか?」
「お、任せてくれるんですか?光栄だなぁ」
「部下に一任するのがいい上司ってやつだよ」
調子のいいことを言って檜山に仕事を丸投げした。
そのまま鞄を持ってオフィスを出る。
定時はすでに過ぎているから問題ない。
駅に向かい、電車に乗る。
今日も電車の中は満員だ。
(しかし、なんて言って切り出せばいいんだ?)
美郷のことで悩んでいると、二つめの駅についた。
開いたドアから見知った顔が乗ってくる。
美郷だ。
こちらが乗っているのはお見通しといった様子で、人混みを押し除けて、美郷は俺の横に立つ。
電車が発車すると、間もなく、
「怒らせてしまったみたいでごめんなさい」
と、美郷は言った。
俺は美郷の顔を凝視した。
額の怪我はすでに治っている。
「実はね、仲直りしたいと思ってるの」
口調が女らしいもの戻っている。
(もとの美郷に戻ったのか?)
期待してしまったが、密集した衆人環境なので、擬態しているだけだと気付いた。
「……こっちこそ、驚かせてすまなかった」
いろいろとツッコミたいところだが、まずは素直に謝った。
「少し話ができるかな?」
美郷が言った。
「ああ」
と答えたものの、その後は無言になった。
しかたなく、スマホでニュースサイトをチェックする。
美郷もスマホを取り出して。
何が忙しそうに入力していた。
(こうしていると、ただの女なのにな……)
電車が駅に着く。
俺が電車を降りると美郷もいっしょに降りてきた。
俺の家まで来るつもりだろうか。
何か話しかけようとしたとき、
「この時間の電車は疲労するな」
と、美郷が呟いた。
口調が軍人のようなものに戻ってしまった。
(その喋り方はやっぱりムカつくなぁ……)
と、改めて思う。
喋る気がなくなってしまい、無言のまま、俺たちはマンションまでの道を歩いた。
「……こっちで少し話そうか」
公園の前を通りかかったとき、美郷が言った。
大きめの公園だ。綿久公園という名前は知っているが、あまり入ったことはない。
奥には展望台もあり、景色が綺麗だとは聞いたことがある。
「空を見ながら話したい」
と言いながら、展望台のほうに向かって美郷は歩き出した。
ロマンチックなことを言うようになったもんだ。
展望台まで来ると、美郷は星が出ている空を眺めながら言った。
「私は星空が好きだ。やはり、この星空の中で生きていたいと願ってしまう」
何か語り出した。
正直、俺にはどうでもいい。
「この前は、おどかしてすまなかった」
俺は言った。
「気にやまなくていい。私は特に気にしていない」
美郷はそう言ってくれた。
あの時、俺が振り上げた拳は、美郷には当たらなかった。
美郷の横の枕にクリーンヒットした。
ギリギリで抑制が効いたようだ。
『……今日は帰ってくれ』
一緒にいる気もなかったので、そう言って追い返した。
美郷が出て、ベッドの上でぼんやりしていると、
どさどさどさ。
と、すごい音をが聞こえてきた。
驚いて部屋の外に見に行くと、美郷が階段の踊り場に倒れていた。
足を踏み外して転げ落ちてしまったらしい。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄った俺に、美郷は額から血を流しながらこう言った。
『マグワヒとは足腰を痛めるものなのだな。足に力が入らなかったよ』
「怪我はもう大丈夫なんだな」
「君が気に止むことはない。私が勝手に怪我しただけだからな。修復には1週間かかったが」
今の美郷は本当のことしか言わない。裏を勘繰る必要もない。だから本当に気にしていないのだろう。
「だが、私といることで、君は満足なのか?」
「……ん?」
「私といることで、君が余計な苦労を抱えるのなら、私は君から離れるべきではないだろうか」
「……確かに、お前といるとすごいストレスだよ。可愛い美郷の口から小難しい言葉が出てくるのは、なんかムカつくしな」
「……やはりそうか」
「だから、1つだけワガママ言わせてくれ。口調だけは、俺の前でも美郷のように擬態してくれ」
「…….わかった。こんなかんじでいい?」
「ああ。それなら俺もストレスが少なく過ごせる。助かるよ」
「それで?」
「ん?」
「このまま、私と生活していくつもり? 口調は直したけど、根本的な解決になってないと思うけど?」
ん?
「お前は……俺も別れたいのか?」
「私と別れた方がいいんじゃないの? って言ってるんだけど?」
ぞわり。
あくまで、俺のために、というスタンスのフリをして。
別れる方向に持っていこうとしている。
冗談じゃない。
婚約までしてるんだ。
今更別れるものか。
ぞわりぞわり。
悪寒のようなものが、体の中を駆け巡る。
自分が悪くないというフリをして、別れようとしている。
こんなケースは以前にも経験がある。
「お前、他に男ができたのか?」
「……なんのこと?」
間があった。視線が下に落ちた。
間違いない。
濃厚に男の気配を感じた。
「どういうことだよ、おい」
美郷の胸ぐらを掴む。
「痛い。やめてよ」
「詳しく話せ。でないと離さん」
俺の腕に力がこもる。
今度は抑制が効きそうになかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男性向けフリー台本集
氷元一
恋愛
思いついたときに書いた男性向けのフリー台本です。ご自由にどうぞ。使用報告は自由ですが連絡くださると僕が喜びます。
※言い回しなどアレンジは可。
Twitter:https://twitter.com/mayoi_himoto
YouTube:https://www.youtube.com/c/%E8%BF%B7%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E6%B0%B7%E5%85%83%E4%B8%80/featured?view_as=subscriber
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる