宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

佐山定32歳

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河辺電気。
街の小さな電気屋から始まって、電気工事、配線などを手掛けてそこそこの大きさまで成長した中小企業だ。

俺は今、その河辺電気の応接室に座っている。

向かいには、いい歳をしたオヤジが3人並んで座っている。
社長、専務、常務の3人だ。

「あらためましてこんにちは。アッセンブリーの佐山です。本日は最終報告に参りました」

俺が3人に渡した資料の表紙には「河辺電気のレガシー技術の再利用とIOT時代に対応するための施策」というタイトルが振られている。

「……以上が御社の抱えている問題点と、その対策をまとめたレポートとなります」

資料を見ずにたっぷり45分喋り続けたあと、俺はそう締めくくった。

役員連中は、神妙な顔をしてウムウムと頷いている。

(いけるな)

「ご承認いただけますでしょうか」
「うむ。この対応策を実施すれば絶対に大丈夫なんだな」

オデコがつるんとした専務が言った。

「お言葉ですが、絶対というものはありません。ここからは、御社がどれほど徹底して施策を行えるかにかかっています。しかしこれだけは言えます。改善の努力を怠ることなく行動すれば、必ずやこの苦境を抜け出せます」

オデコ専務はうむうむと満足そうに呟いていた。

俺は一般論しか語ってないのだが、おそらく気づいていない。

「最後の納品物として、本日の議事録を早急に送ります。その承認を持って契約の完了となりますがよろしいでしょうか?」

「いいでしょう。詳細なレポートをありがとうございました」

社長が締めたことで会議は解散となった。

(ちょろいな)

レポートに嘘偽りは一切ないが、この経営陣が扱い切れるかと言われると、俺は無理だと思っている。

だけど、コンサルという商売は分析結果を売るのが仕事だ。

その後でこの会社がどうなるなんて、こちらの責任じゃない。

仕事に手は抜かないが、無駄な時間をかけるのは嫌いなのだ。

わかりもしない相手に事細かく説明してやるほど俺は優しくない。

耳障りのいい言葉で、相手が納得すればそれで終わりなのだ。

むしろ、その手法のおかげで俺の評判がいいことも知っている。

いちいち不要なことまで客先に説明して、状況をややこしくしているセンパイもたくさんいるが、アホじゃないかと思ってしまう。

会社に戻ると、俺はさっさと議事録を書き上げる。難しい単語を多く織り混ぜて、最後に「お客様了解」と付け加える。

これを送れば、たいした確認もせずに印鑑が押されて戻ってくるだろう。

いくつもの案件を扱ってきたが、議事録を細部まで読むやつなんて本当に一握りしかいない。

「檜山! これ河辺電気に送っといて」

事務スタッフに書類を渡して俺の仕事は終了。

仕事さえ終わればいつ帰ってもいいので、そうそうに帰る準備にとりかかる。

「ジョーさん、もう終わりですか?」

事務スタッフの檜山が封筒を出しながら聞いてくる。

「今日のぶんは終わったからな。今はプライベートのほうが忙しいから早く帰らないといけないんだよ」
「お、デートですかね?」
「デートっつうか、式の準備だよ」
「ああ、そうでしたね。5月でしたっけ?」
「ゴールデンウィークが終わった後だな。いろいろとお互いがやりたいことすり合わせるのも大変だよ」
「でも羨ましいですね。ボクは式挙げてないもんで」
「最近は多いよな。そういうの」

檜山は俺より2つ年下。今月ちょうど30歳になったはずだ。
結婚したのは去年と言っていたか。

「ま、俺はケジメのためにも挙げておくべきだと思うけどな」
「子育てが終わった後にでも挙げますよ」

そこで話を切り上げて会社を出た。
マンションまでは電車で2駅。

ホームに着くと同時に電車が来る。
タイムマネジメントは完璧だ。

電車のなかではニュースのチェックを怠らない。
スマホでチマチマスクロールするのは嫌なので8インチタブレットを使っている。

駅に着いたらマンションまでは徒歩5分。
エレベータで6階まであがり、一番奥の601号室までたどり着く。

そこで初めて俺は

「はああぁぁぁぁぁ…………」

と、息をついた。
家に着いた途端、疲労感が押し寄せてくる。

「あ~つかれた」

言いながら鍵を開けた。

「なんとか今日も乗り切ったなぁ。しっかしなぁ……」

いつの間にか独り言を言うようになってしまった。

「今度の打ち合わせも何事もなくいけばいいけどな……」

リビングに入ると、隅にあるデスクでカチカチとマウスをクリックし続ける美郷の姿があった。

こちらには気付いていないようだ。

画面を覗いてみると「なんとかスピリチュアル」とかいうブログの記事を読み進めている。

「おい。なにやってんだ?」

返事はない。

「ったく……」

没頭している美郷は置いといて、荷物を置いて着替えることにする。

「あのとき」から、美郷は俺のマンションに入り浸るようになった。

来て何をしているかって、ネットサーフィンに夢中になっているのだ。

「目に入るなにもかもが新鮮ってか? ガキじゃあるまいし」

ムカムカして乱暴に荷物を置く。

それなりに物音を立てているはずなのに、美郷からは何の反応もない。

部屋着に着替えながら、すこし大きめの声で呟いてみる。

「美郷……俺、これからもお前のこと愛せるかなあ……」

やはり反応はない。
ネットに夢中の美郷には、まったく聞こえていないようだ。

カチカチと、マウスのクリック音だけが響く。

リビングに戻ってくると、画面は難しそうな学術サイトに変わっていた。

「本当に、愛していけるのかよ、こんな奴……」

今度は力なく呟いた。
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