幻飾イルミネーション

GMJ

文字の大きさ
上 下
5 / 8

長い空虚の最果てに

しおりを挟む

「あ、ああ、ああああああああああ」

嗚咽が止まらなかった。

いつのまにか夢からは覚めていた。

胸を締め付けるような悲しさに襲われて、暗い部屋の中で真理は号泣していた。

「いやだ……いやだ……」

何が嫌かなんて分からない。

「誰か助けて。誰かここから連れ出してよ……」

寂しさの限界だった。
とにかくここに居たくなかった。
でも、一人でどこに行けばいいのかも分からなかった。

「誰か、誰か……」

その時だった。
ガチャリとドアが開く音が聞こえた。

「田平先輩?」

戸口に誰かが立っているのが見えた。
だが、暗くて誰なのか分からない。

「誰か」が入ってくる。
本来悲鳴でも上げるべきかもしれないが、怖さと期待が入り混じり、真理は声を出さずに「誰か」がやってくるのをじっと待った。

ハロゲンライトに照らされたその顔は……

「灯りも付けずに何をやっとるんだ?」

柴田だった。

「……柴さんこそ、女の子の部屋に勝手に入らないでくださいよ」

びっくりするとともに拍子抜けした。

「インターフォン、壊れてるんじゃないのか? 何度も鳴らしたんだが」

「接触が悪いんです。直してくれてもいいですよ」

「自分でできるだろう。それより小田さん、携帯の電源が切れてるんじゃないか? 連絡が取れないと木島さんが言っていたよ」

「え?」

そういえば、携帯はどこにやっただろう。テーブルの上を探ってみるが見つからない。床も調べてみるが落ちていないようだ。

「あれぇ?」

と、すると車の中か。

「ま、こうして会えたんだからいいよ。いっしょに来て欲しいから、出かける準備をしてくれないか?」

「え、仕事ですか?」

「違うよ。クリスマスパーティーさ。独身だけのね。いいから、その酷い顔をなんとかしておいで」

そういえば、号泣した後だった。
いろいろと釈然としないが、顔を洗って身支度することにした。

暗闇の中、記憶をたよりに洗面所の水を出して顔を洗う。
メガネをかけて、お出かけ用の服に着替える。
仕事用の野暮ったい作業着ではなく、ピンクのダウンを羽織る。

「で、どうして突然パーティになったんですか?」

「木島さんからの急な呼び出しでね。車の中で話すから乗っとくれ」

アパートの前には柴田の車が止まっていた。銀色のセダンだ。
真理の車とは違い、余計な物は載っていない。
きれいなものだ。

真理は助手席に乗り込む。
続いて柴田が運転席に乗り込む。
そして、さっさとエンジンをかけると

「じゃ、行こうか」

と言って出発した。

「木島さんがボーイフレンドと喧嘩したらしくてね、パーティーしなおしたいからって、独り身の私たちに声をかけてきたんだ。でも小田さんが電話に出ないもんだから、見てきてくれなんて言われてね」

大先輩を顎で使うとは恐るべし。
それで様子を見にくる柴田も柴田だが。

「場所はこの近くの洋食屋だからすぐに着くよ」

言ってほどなく、車が止まった。
閑静な住宅街の中。
小さく木の看板が出ているのが、その店のようだ。
赤白緑の三色旗が出ているのを見ると、イタリア料理店なのだろう。

柴田とともに車を降りて店のドアを開ける。

カランカランカラン

と、音が鳴った。


店の中を見回す。
テーブルが4つあるだけのこじんまりとした作り。
隅にはツリーを飾っている。

そして客として座っているのは奈美だけだった。

「遅いですよ、先輩」

ひどく不機嫌な顔をしており、近づきがたい。
しかし、ここまで来てしまったので仕方ない。

真理は奈美の右隣に座った。
柴田は奈美の正面に座る。

「電話に出ないで何してたんですか?」
「携帯なくしたみたいで」
「ええ~、ありえなくないですか。普通すぐ気づくでしょ」

イラッとしたが、こらえた。

「まあ、別にいいんですけど。急に呼んだのはこっちですし。それより聞いてくださいよ」

食事の注文も待たずに奈美はしゃべりだした。

「今日の人、とにかくひどかったんですよ」
「約束に10分も遅れたんですよ。ありえなくないですか?」
「プレゼントなんてその辺のコンビニで買ったお菓子ですよ。意味わからない」
「もう帰ろうと思って席を立ったら『ホテルは?』だって。はぁ?って感じ!」

ヒゲの店員がこっそりと注いでくれた炭酸水を飲みながら、真理は

「はぁ……」

と、生返事を繰り返した。

「さらには食事代払えとか言い出して、もう最悪。誰が払うかっつーの。こっちだってお金と時間かけて準備してきたんだっつーの」

だんだん言葉が悪くなってくる。

(う、うざい……)

そう思いながらも、痛い目にあっている奈美の姿がちょっと小気味よかった。

「でもですね、その時ちょっといいことがあったんですよ~」

さっきまで般若のような顔をしていたのに、急にニンマリとした笑顔になった。

「隣の席に座ってた人がですね、『彼女のぶんは僕が払いますよ』って言ってくれたんです。もちろんそんなの悪いから断ったんですけどね、キリッとしててかっこよかったなぁ~」

携帯をいじりながらクネクネしている。

「で、じゃ~ん。アドレスの交換までしちゃいました」

「は?」

柴田と真理から同時に声が出た。
あつかましいというか、図々しいというか、肝が座っているというか。

「最近の若者は恐ろしいですね」
「お前さんが言わんでくれ」

そのとき、奈美が見せびらかしていた携帯がブルブルっと震えた。
奈美がいそいそと確認する。

「あ、その人、今から来るそうです」
「へ?」
「ここに?」
「はい、ここに。パーティーやってるんで飲みなおしませんかって送ってたんですよ~」

(知らない人と飲むほどの元気はないんだけど)

真理はゲンナリしてきた。

愚痴が止んだのを見計らったのか、ヒゲの店員がメニューを持ってきた。

イタリア料理なんてそんなに知らないので、みんなでシェアするつもりでパスタとグラタンとピザを1品ずつ頼んだ。

「先輩はせっかくのクリスマスになんで1人なんですかね?」
「そんなの私の勝手でしょ」

パスタをとりわけながら真理は反論する。

「クリスマスって言ってもただの平日でしょ。無理に恋人とイチャイチャしなくてもいいし、パーティーしなくてもいいの」
「でも、街中もこんな雰囲気ですし、それになんていうか、あれですよ。この時期寒いから人肌恋しくありません?」
「恋しくありません」

ピシャリと言ったものの、

(恋しくないなんて、嘘だな)

と、真理は思っていた。

カランカランと音をたてて入り口のドアが開く。誰かが入ってきたようだ。
奈美の言っていた人だろう。

「うわぁ、きてくれたんですね! 田平さん。うれしい~。夢みた~い」

ピザを喉につまらせそうになりながら真理は振り向いた。

そこにいたのは、困った顔をした、あの田平だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...