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長い空虚の最果てに
しおりを挟む「あ、ああ、ああああああああああ」
嗚咽が止まらなかった。
いつのまにか夢からは覚めていた。
胸を締め付けるような悲しさに襲われて、暗い部屋の中で真理は号泣していた。
「いやだ……いやだ……」
何が嫌かなんて分からない。
「誰か助けて。誰かここから連れ出してよ……」
寂しさの限界だった。
とにかくここに居たくなかった。
でも、一人でどこに行けばいいのかも分からなかった。
「誰か、誰か……」
その時だった。
ガチャリとドアが開く音が聞こえた。
「田平先輩?」
戸口に誰かが立っているのが見えた。
だが、暗くて誰なのか分からない。
「誰か」が入ってくる。
本来悲鳴でも上げるべきかもしれないが、怖さと期待が入り混じり、真理は声を出さずに「誰か」がやってくるのをじっと待った。
ハロゲンライトに照らされたその顔は……
「灯りも付けずに何をやっとるんだ?」
柴田だった。
「……柴さんこそ、女の子の部屋に勝手に入らないでくださいよ」
びっくりするとともに拍子抜けした。
「インターフォン、壊れてるんじゃないのか? 何度も鳴らしたんだが」
「接触が悪いんです。直してくれてもいいですよ」
「自分でできるだろう。それより小田さん、携帯の電源が切れてるんじゃないか? 連絡が取れないと木島さんが言っていたよ」
「え?」
そういえば、携帯はどこにやっただろう。テーブルの上を探ってみるが見つからない。床も調べてみるが落ちていないようだ。
「あれぇ?」
と、すると車の中か。
「ま、こうして会えたんだからいいよ。いっしょに来て欲しいから、出かける準備をしてくれないか?」
「え、仕事ですか?」
「違うよ。クリスマスパーティーさ。独身だけのね。いいから、その酷い顔をなんとかしておいで」
そういえば、号泣した後だった。
いろいろと釈然としないが、顔を洗って身支度することにした。
暗闇の中、記憶をたよりに洗面所の水を出して顔を洗う。
メガネをかけて、お出かけ用の服に着替える。
仕事用の野暮ったい作業着ではなく、ピンクのダウンを羽織る。
「で、どうして突然パーティになったんですか?」
「木島さんからの急な呼び出しでね。車の中で話すから乗っとくれ」
アパートの前には柴田の車が止まっていた。銀色のセダンだ。
真理の車とは違い、余計な物は載っていない。
きれいなものだ。
真理は助手席に乗り込む。
続いて柴田が運転席に乗り込む。
そして、さっさとエンジンをかけると
「じゃ、行こうか」
と言って出発した。
「木島さんがボーイフレンドと喧嘩したらしくてね、パーティーしなおしたいからって、独り身の私たちに声をかけてきたんだ。でも小田さんが電話に出ないもんだから、見てきてくれなんて言われてね」
大先輩を顎で使うとは恐るべし。
それで様子を見にくる柴田も柴田だが。
「場所はこの近くの洋食屋だからすぐに着くよ」
言ってほどなく、車が止まった。
閑静な住宅街の中。
小さく木の看板が出ているのが、その店のようだ。
赤白緑の三色旗が出ているのを見ると、イタリア料理店なのだろう。
柴田とともに車を降りて店のドアを開ける。
カランカランカラン
と、音が鳴った。
店の中を見回す。
テーブルが4つあるだけのこじんまりとした作り。
隅にはツリーを飾っている。
そして客として座っているのは奈美だけだった。
「遅いですよ、先輩」
ひどく不機嫌な顔をしており、近づきがたい。
しかし、ここまで来てしまったので仕方ない。
真理は奈美の右隣に座った。
柴田は奈美の正面に座る。
「電話に出ないで何してたんですか?」
「携帯なくしたみたいで」
「ええ~、ありえなくないですか。普通すぐ気づくでしょ」
イラッとしたが、こらえた。
「まあ、別にいいんですけど。急に呼んだのはこっちですし。それより聞いてくださいよ」
食事の注文も待たずに奈美はしゃべりだした。
「今日の人、とにかくひどかったんですよ」
「約束に10分も遅れたんですよ。ありえなくないですか?」
「プレゼントなんてその辺のコンビニで買ったお菓子ですよ。意味わからない」
「もう帰ろうと思って席を立ったら『ホテルは?』だって。はぁ?って感じ!」
ヒゲの店員がこっそりと注いでくれた炭酸水を飲みながら、真理は
「はぁ……」
と、生返事を繰り返した。
「さらには食事代払えとか言い出して、もう最悪。誰が払うかっつーの。こっちだってお金と時間かけて準備してきたんだっつーの」
だんだん言葉が悪くなってくる。
(う、うざい……)
そう思いながらも、痛い目にあっている奈美の姿がちょっと小気味よかった。
「でもですね、その時ちょっといいことがあったんですよ~」
さっきまで般若のような顔をしていたのに、急にニンマリとした笑顔になった。
「隣の席に座ってた人がですね、『彼女のぶんは僕が払いますよ』って言ってくれたんです。もちろんそんなの悪いから断ったんですけどね、キリッとしててかっこよかったなぁ~」
携帯をいじりながらクネクネしている。
「で、じゃ~ん。アドレスの交換までしちゃいました」
「は?」
柴田と真理から同時に声が出た。
あつかましいというか、図々しいというか、肝が座っているというか。
「最近の若者は恐ろしいですね」
「お前さんが言わんでくれ」
そのとき、奈美が見せびらかしていた携帯がブルブルっと震えた。
奈美がいそいそと確認する。
「あ、その人、今から来るそうです」
「へ?」
「ここに?」
「はい、ここに。パーティーやってるんで飲みなおしませんかって送ってたんですよ~」
(知らない人と飲むほどの元気はないんだけど)
真理はゲンナリしてきた。
愚痴が止んだのを見計らったのか、ヒゲの店員がメニューを持ってきた。
イタリア料理なんてそんなに知らないので、みんなでシェアするつもりでパスタとグラタンとピザを1品ずつ頼んだ。
「先輩はせっかくのクリスマスになんで1人なんですかね?」
「そんなの私の勝手でしょ」
パスタをとりわけながら真理は反論する。
「クリスマスって言ってもただの平日でしょ。無理に恋人とイチャイチャしなくてもいいし、パーティーしなくてもいいの」
「でも、街中もこんな雰囲気ですし、それになんていうか、あれですよ。この時期寒いから人肌恋しくありません?」
「恋しくありません」
ピシャリと言ったものの、
(恋しくないなんて、嘘だな)
と、真理は思っていた。
カランカランと音をたてて入り口のドアが開く。誰かが入ってきたようだ。
奈美の言っていた人だろう。
「うわぁ、きてくれたんですね! 田平さん。うれしい~。夢みた~い」
ピザを喉につまらせそうになりながら真理は振り向いた。
そこにいたのは、困った顔をした、あの田平だった。
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