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救いの御子は来れども
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田平が奈美に何か話している。
しかし、真理にはその言葉がまったく聞こえていなかった。
体が熱い。
田平は真理の姿を見て、
『はじめまして』
とは言わなかったが、
『ひさしぶり」
とも言わなかった。
真理のことには気づいているが、なんでもないフリをして奈美の左の席に座っていた。
(奈美の誘いに乗るなんて)
という気持ちが真理の中に湧いてきたが、今は彼氏彼女の関係ではない。文句の言える筋合いではなかった。
田平は奈美に話題を振って話していたようだが、やがて話題が尽きたのか、口数が少なくなっていく。
「そういえば田平さんは、何の仕事をやってるんですか」
見かねた柴田が助け舟をだす。
(仕事なんてしてない。大学院に通っているから……)
そういえば、こんなところでブラブラ遊んでいる余裕があるのだろうか。
「弁護士事務所で見習いとして働いています」
田平の答えに、真理は耳を疑った。
目を見開いて田平のほうを見るが、田平は真理を見ていなかった。
(どうして?)
疑問は湧いたが、結局、真理は何も聞けなかった。
別れてから1年経つが、1年の間に人は心変わりするものなのだろうか。
なぜか自分が取り残されていくような気分になった。
「ごめん、私、やっぱり帰るね」
いたたまれなくなり、真理は席を立った。
奈美が引き止めようとするのを感じたが、上着を素早く羽織ると、振り向きもせずに店を出た。
カランカランカラン
来た時と同じようにベルが鳴る。
柴田の車で帰るわけにも行かず、真理はとにかくまっすぐに歩いた。
(やっぱり来るんじゃなかった)
目の前は真っ暗だった。
どっちに向かっていいのか、さっぱり分からなかった。
そのとき。
カランカランカラン
もう一度ベルが鳴るのを真理は聞いた。
「真理、待ってくれ!」
彼の声が聞こえた。
真理の足は止まった。
「待ってくれ、真理」
もう一度彼が言った。
「もう一度やりなおしたいんだ」
彼は真理に追いついた。
「ずっと真里を探していたんだ。連絡先も分からなくなって心配してた」
そんなことを言う。
「今日。会えてよかった」
そんなことも言う。
泣きそうな顔をしながら、真理は田平のほうに振り返った。
「私も……今日会えて嬉しかった」
真理の声はしゃがれていた。
田平が真理の手を取る。
「少し歩こうか」
街灯の少ない道を、2人並んで歩く。
「……進学はやめたの?」
真理が聞いた。
「あれから、自分なりに考え直したんだ。僕が自分のことしか考えていないことに気づかされてね」
「ごめんなさい。私こそ、自分のことしか考えてなかった」
「そんなことはないよ。これから2人で生きていくんだ、っていう覚悟が足りてなかったんだ」
田平はそう言ってはにかんだ。
嬉しい一方で、申し訳ないような気持ちになった。
2人で生きていく覚悟なんて真理にもできていなかった。
あのときは、ちょっとイライラして意地悪してしまっただけなのに。
それだけのことだったのに。
それが彼の人生を変えてしまった。
(……彼の人生を?)
真理は何か忘れているような気がした。
「見てごらん」
彼の言葉に促されて前を見ると、煌びやかな光の群れが見えた。
住宅街の庭という庭に、LEDランプが飾り付けられており、街路を美しく輝かせていた。
周囲が暗いだけに、その光はいっそう輝いて見える。
「きれい……」
真理は思わず呟いた。
まるでおとぎの国にでも来たみたいだった。
「あそこまで行ってみよう」
田平が指す方向には、いっそう輝くように、家の形をしたイルミネーションがあった。
物好きな人が家全体にランプを飾り付けているのだろう。
そこに向かって田平が手を引く。
引かれるままに真理は田平についていく。
光の群れが目の中いっぱいに広がり、体はふわふわと浮いたように感じられる。
「真理。これから先、僕についてきてくれるかい?」
手を引きながら、田平が言う。
真理の体はさらに熱くなる。
(そんなの……決まってる……)
真理はすぐに返事をしようとした。
どさどさどさどさ
突然の物音にハッとした。
慌てて周囲を確認すると、そこは暗闇だった。
さっきまで、輝いていたはずのイルミネーションはどこにも見当たらない。
というより、そもそもここは
「私の部屋……」
しばらく何が起こったのか分からなかったが、頭がはっきりしてくるにつれ、状況が掴めてきた。
(全部……夢……?)
呆然とした。
あんなにもリアルだったのに。
しかし考えてみれば、都合のいいことだらけだった気がする。
(でも、せめて最後まで夢見ていたかった)
そう思ったとき、ふと異臭がするのに気がついた。何かがコゲる臭いだ。
異常を感じてあたりを探ってみる。
「ああ!!」
布団の先っぽがハロゲンライトに接触しており、熱で燃え始めていた。
もうしばらくすると布団全体に燃え広がるだろう。
部屋中のものに燃え移るのも時間の問題だ。
「火、消さなきゃ!!」
甘い夢で火照っていた体から、冷や汗がどっと吹き出ていた。
しかし、真理にはその言葉がまったく聞こえていなかった。
体が熱い。
田平は真理の姿を見て、
『はじめまして』
とは言わなかったが、
『ひさしぶり」
とも言わなかった。
真理のことには気づいているが、なんでもないフリをして奈美の左の席に座っていた。
(奈美の誘いに乗るなんて)
という気持ちが真理の中に湧いてきたが、今は彼氏彼女の関係ではない。文句の言える筋合いではなかった。
田平は奈美に話題を振って話していたようだが、やがて話題が尽きたのか、口数が少なくなっていく。
「そういえば田平さんは、何の仕事をやってるんですか」
見かねた柴田が助け舟をだす。
(仕事なんてしてない。大学院に通っているから……)
そういえば、こんなところでブラブラ遊んでいる余裕があるのだろうか。
「弁護士事務所で見習いとして働いています」
田平の答えに、真理は耳を疑った。
目を見開いて田平のほうを見るが、田平は真理を見ていなかった。
(どうして?)
疑問は湧いたが、結局、真理は何も聞けなかった。
別れてから1年経つが、1年の間に人は心変わりするものなのだろうか。
なぜか自分が取り残されていくような気分になった。
「ごめん、私、やっぱり帰るね」
いたたまれなくなり、真理は席を立った。
奈美が引き止めようとするのを感じたが、上着を素早く羽織ると、振り向きもせずに店を出た。
カランカランカラン
来た時と同じようにベルが鳴る。
柴田の車で帰るわけにも行かず、真理はとにかくまっすぐに歩いた。
(やっぱり来るんじゃなかった)
目の前は真っ暗だった。
どっちに向かっていいのか、さっぱり分からなかった。
そのとき。
カランカランカラン
もう一度ベルが鳴るのを真理は聞いた。
「真理、待ってくれ!」
彼の声が聞こえた。
真理の足は止まった。
「待ってくれ、真理」
もう一度彼が言った。
「もう一度やりなおしたいんだ」
彼は真理に追いついた。
「ずっと真里を探していたんだ。連絡先も分からなくなって心配してた」
そんなことを言う。
「今日。会えてよかった」
そんなことも言う。
泣きそうな顔をしながら、真理は田平のほうに振り返った。
「私も……今日会えて嬉しかった」
真理の声はしゃがれていた。
田平が真理の手を取る。
「少し歩こうか」
街灯の少ない道を、2人並んで歩く。
「……進学はやめたの?」
真理が聞いた。
「あれから、自分なりに考え直したんだ。僕が自分のことしか考えていないことに気づかされてね」
「ごめんなさい。私こそ、自分のことしか考えてなかった」
「そんなことはないよ。これから2人で生きていくんだ、っていう覚悟が足りてなかったんだ」
田平はそう言ってはにかんだ。
嬉しい一方で、申し訳ないような気持ちになった。
2人で生きていく覚悟なんて真理にもできていなかった。
あのときは、ちょっとイライラして意地悪してしまっただけなのに。
それだけのことだったのに。
それが彼の人生を変えてしまった。
(……彼の人生を?)
真理は何か忘れているような気がした。
「見てごらん」
彼の言葉に促されて前を見ると、煌びやかな光の群れが見えた。
住宅街の庭という庭に、LEDランプが飾り付けられており、街路を美しく輝かせていた。
周囲が暗いだけに、その光はいっそう輝いて見える。
「きれい……」
真理は思わず呟いた。
まるでおとぎの国にでも来たみたいだった。
「あそこまで行ってみよう」
田平が指す方向には、いっそう輝くように、家の形をしたイルミネーションがあった。
物好きな人が家全体にランプを飾り付けているのだろう。
そこに向かって田平が手を引く。
引かれるままに真理は田平についていく。
光の群れが目の中いっぱいに広がり、体はふわふわと浮いたように感じられる。
「真理。これから先、僕についてきてくれるかい?」
手を引きながら、田平が言う。
真理の体はさらに熱くなる。
(そんなの……決まってる……)
真理はすぐに返事をしようとした。
どさどさどさどさ
突然の物音にハッとした。
慌てて周囲を確認すると、そこは暗闇だった。
さっきまで、輝いていたはずのイルミネーションはどこにも見当たらない。
というより、そもそもここは
「私の部屋……」
しばらく何が起こったのか分からなかったが、頭がはっきりしてくるにつれ、状況が掴めてきた。
(全部……夢……?)
呆然とした。
あんなにもリアルだったのに。
しかし考えてみれば、都合のいいことだらけだった気がする。
(でも、せめて最後まで夢見ていたかった)
そう思ったとき、ふと異臭がするのに気がついた。何かがコゲる臭いだ。
異常を感じてあたりを探ってみる。
「ああ!!」
布団の先っぽがハロゲンライトに接触しており、熱で燃え始めていた。
もうしばらくすると布団全体に燃え広がるだろう。
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「火、消さなきゃ!!」
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