幻飾イルミネーション

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別れの歌を口ずさむ

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まぶたを貫く光を感じ、真理は目を覚ました。

光の残像は残っているが、あたりを見回すと薄暗い部屋にハロゲンライトが赤く光っているだけだった。

(ん? 暗い?)

なにかおかしい気がする。

10秒ほど考えたあげく、部屋が暗すぎることに気が付いた

そうだ。電球が切れているのだ。

そういえば、この前電球を替えたばかりで予備の電球を買い足していなかったことを思い出す。

こうも立て続けに使えなくなるなんて、ロット不良だったのだろうか。

少しイラっとしたが、明るくしたところで何かするわけでもない。

(このままでいいだろう)

と、真里は判断した。

ハロゲンライトの赤い光がじんわりと周囲を照らしている。

その光を見ていると、頭がぼんやりしてくる。

(なんだか気持ちいい。今日はいい夢が観れるかも。)

夢の続きが見たかった。
もう少しだけ、田平の夢が見たかった。


不安だらけの社会人生活だったが、照電に、就職した真理は意外と充実していた。

会社の先輩たちの人柄もよかった。
意地悪することなく、時には厳しく仕事を教えてくれた。

今までは理論ばかりで実技に乏しかったので、最初は失敗も多かった。しかし経験を積むにつれて、しっかりとした技術が身についてきた。

仕事は忙しい。

仕事がないより、よっぽど良いが、1日に3件も4件も現場を回らされると流石に疲弊する。

市内の端から端まで往復することもザラで、運転が達者になるのは早かった。

『いつも仕事ばかりで大変だろう。少し遠出しないか?』

ある時、田平からそんな電話があった。
気を使っているのはわかったが、少しうっとおしく感じた。

「すみません、今月もいそがしくて……」

いつも、この言葉で誘いを断っている気がする。

月に1度は会う時間を作るようにしていたが、いつの間にか、義務で会っているような感覚がしていた。

田平は優しかった。
真理の話も嫌がらずに聞いていた。
しかし、共感してくれることは少なかった。

ハンダだのコンデンサーだの、アノードだのカソードだの、用語の入り混じる真理の愚痴には、田平はついていけなかったのかもしれない。

会うたびに、苛立つことが増えた。

「あなたにはわからないと思うけど」

そう前置きをしては愚痴を言い、彼を責めるような言葉を投げかけていた。

そんな時の田平は、いつも困ったような笑顔を浮かべていた。
 
そして、クリスマスイブがきた。

「大学院に進もうと思っている」

広場の売店で買ったホットココアを飲みながら、彼がこう言った。

「大学院?」

眉間にシワを寄せながら真理は言った。

「そんな学費あるの?」

その声は冷たく響いた。

「このまま学部を卒業しただけだと、たいした知識が身につけられないんだよ。まだしばらくバイトと学業に追われそうだ」

理由はわからないが、その言葉にカチンときた。

「あっそ。2年でも3年でも中途半端なことして過ごしてたらいいんじゃない?」

「中途半端って言い方はないだろ。自分に必要だと思うからやるんだよ」

さすがの田平も語気を荒くした。

「だってそうでしょ。中途半端に大学院とか行くくらいなら、とっとと就職して実務経験を積んだらいいのに」

「そんなにうまくいかないよ。何も知らないくせに、分かったように言うのやめてくれないかな」

「何も分かってないのは、そっちでしょ」

イライラが止まらなかった。
いちいち反論してくる田平に、ますますイライラしてきた。

「はあ……」

大きくため息をついてから、真理は続けた。

「先輩は、私と結婚するつもりはありますか?」

「え?」

「今から大学院に行って、2年? 3年ですか? それからやっと就職して、すぐに収入が安定するわけじゃないでしょう?」

「……」

「先輩と結婚できる頃には、私、もうベテラン電気工事士になってますよ」

「……」

「私、そんなに、待てない、です」

「……」

「……」

「……」

「何か、反論は無いんですか?」

「……」

「……そうですか」

「……」

「……さよなら」

真理は後を向いて歩き出した。

しばらく振り向かずに歩いて、公園の端まで来た時にようやく振り返る。

田平が追いかけている様子はなかった。
真理の視界に入るのは、見知らぬカップルの群れだけだった。

「田平先輩……」

そのとき、公園に設えられた舞台では、コーラス隊がクリスマスソングを歌い出した。

   ああ、小さい幼子よ
   バイバイ おやすみよ

それは、お祭りムードに似つかわしくない、しんみりとした歌だった。
公園の雰囲気が変わったような気がした。

   この日のために、何ができた?
   可哀想なお前のために、
   私は歌うことしかできはしない

歌を聞いていると、涙が出そうになってきた。
歌に感動したからなのか、それとも別の理由からなのか、真理にはもう分からなかった。

   ああ、愛しき幼子よ
   バイバイ おやすみよ

コーラス隊が歌い終わった。

真理は泣き顔を晒さないように俯くのに精一杯だった。

「……さようなら、さよなら」

目元をぬぐうと、真理は手に持ったままのココアを飲みほした。
ホットだったココアはとっく冷めていて、甘ったるくなっていた。
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