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過ぎ去りし日を忍びつつ
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急いで車の中からハロゲンライトを降ろしてくる。
コンセントにつなぐと、最初はぼやーっと光るだけだったが、次第に熱を放って暖かくなってきた。
『これで大丈夫だろう』
真理は思い、再びうどんをすすり始めた。
寒い中で食べるうどんは、工学部食堂の寒々とした雰囲気を思い出させた。
『ええー。工学部~?』
高校の頃、仲の良かったグループで進学の話をしたときのことだった。
「工学部の電気課に行こうと思う」
と、話したときの反応がこれだった。
友人たちは英文学科とか、文化人類学科とかの文系学科に進学するようだった。
少数派であることは理解しているつもりだった。
しかし、その馬鹿にしたような態度に真理を大きく傷ついた。
その後、大学には無事に合格。
『みんな志望通りに合格したね~。よかったね~』
友人たちとはそう言ってお互いに喜びあったが、真理は心の底では冷めていた。
高校の友人たちとの付き合いは大学に入っても続いたが、疎遠になっていくのは早かった。
『この前合コンに参加したんだけどさ~』
『バイト先にすっごいカッコイイ先輩がいるの~』
そんな話ばかり聞かされる。真理はレポートに実験にと、大学の勉強についていくのに精一杯だった。
(私ももう少し遊んでいいのかな)
そう思い始めた時に、父の会社の先行きが怪しくなってきた。
給料もがっつり減らされたらしく、学費が出せなくなったと、真理は聞かされた。
学業以外の時間はバイトするしかなくなった。
きらびやかなカフェのバイトでもできれば、まだ華やかな大学生気分を味わえたかも知れないが、真理は時間の都合と身入りの関係から夜勤の弁当工場を選ぶことにした。
高校からの友人とは、もう会わなくなった。
あえば、みじめだから。
食いしばるように、大学の課題ととバイトをこなしていたある日、真理はついに倒れた。
弁当工場で白い服に着替えたあとだった。
更衣室を出て3進んだ瞬間に世界がぐらりと揺れた。
(あ、わたし、死ぬ)
淡々とそう思った。
「大丈夫か!?」
暖かい腕の温もりを感じたのはその瞬間だった。
視界の歪みがおさまり、ピントがあった瞬間に見えた「彼」の顔を、真理は今でも思い出せる。
それは、真里が生きてきた中で初めて見る真摯な男の顔だった。
「たびらせんぱい……」
と、呟いた自分の声で目を覚ました。
うどんを食べながら、すこし眠っていたようだ。
奇跡的にうどんは溢れていなかったが、どんぶりの中身はすっかり冷えていた。
ハロゲンライトは暖かそうな赤い光を放っていたが、やはりこれだけでは無理がある。
布団を出してして、くるまって過ごすことにした。
「あ~、あったかい」
布団の暖かさに包まれながら、さっきまで見ていた夢を思い出す。
「田平先輩……」
真理はもう一度、その名前を呟いた。
「就職先、決まりました」
そう田平に告げたとき、彼は何も言わずに真理のことを抱きしめてくれた。
何分だったか、何十分だったか。真理にはその時間がとても長く感じられた。
「照電っていう会社です。大学中退だから高卒扱いなんですけど、正社員で入れてくれるそうです。学科の知識を加味してくたみたいで」
「よかったじゃないか」とは、田平は言わなかった。ただ黙って真理を抱きしめるだけだった。
安易な言葉を発さないことが嬉しくもあり、歯痒くもあった。
何か言ってくれることも少しだけ期待していた。だけど、学費が払えず就職する人間に、何が言えるというのだろう。
父親の会社は破産していた。
世渡り不器用な父は転職することもままならず、未だに働き口が見つからない。
学費の支払いが見込めず、家計を支えるためにも、真里は就職するしかなかった。
『何か温かいものでも食べよう』
彼は言った。うん、と真理はうなずいた。
そういえば、この時もうどんを食べたのだった。
田平は3つ歳上の大学4年生。彼もまた苦学生で自身の学費を自分で稼いでいた。
弁当工場で出会ったのをきっかけに、真理は田平とよく話すようになった。
彼以上に、真理の境遇を理解してくれる人はいなかったのだ。
自然と、一緒に食事に行くようになった。
食事をしながらいろいろな話をした。
そして、ある日の帰り道にどちらからということもなく、2人はキスを交わした。
2人の気持ちは通い合っていたと真理は信じている。それでも就職を控えた真理は聞かずにはいられなかった。
「私が就職しても、また会ってくれますか?」
うどん屋から出て、駅に向かう途中で、真理は田平にたずねた。
『当たり前だろう?』
彼が答えたので、今度は真理のほうから抱きついた。
(けれど)
今になって思う。
(私たちは決定的な言葉を1度も交わさなかった)
なぜ、ちゃんと言葉にしておけなかったのか、今となっては悔やまれる。
だが、あの時の真理には、田平のはっきりとしない言葉をきいただけで、目の前が、まばゆいばかりに輝いて見えたのだった。
コンセントにつなぐと、最初はぼやーっと光るだけだったが、次第に熱を放って暖かくなってきた。
『これで大丈夫だろう』
真理は思い、再びうどんをすすり始めた。
寒い中で食べるうどんは、工学部食堂の寒々とした雰囲気を思い出させた。
『ええー。工学部~?』
高校の頃、仲の良かったグループで進学の話をしたときのことだった。
「工学部の電気課に行こうと思う」
と、話したときの反応がこれだった。
友人たちは英文学科とか、文化人類学科とかの文系学科に進学するようだった。
少数派であることは理解しているつもりだった。
しかし、その馬鹿にしたような態度に真理を大きく傷ついた。
その後、大学には無事に合格。
『みんな志望通りに合格したね~。よかったね~』
友人たちとはそう言ってお互いに喜びあったが、真理は心の底では冷めていた。
高校の友人たちとの付き合いは大学に入っても続いたが、疎遠になっていくのは早かった。
『この前合コンに参加したんだけどさ~』
『バイト先にすっごいカッコイイ先輩がいるの~』
そんな話ばかり聞かされる。真理はレポートに実験にと、大学の勉強についていくのに精一杯だった。
(私ももう少し遊んでいいのかな)
そう思い始めた時に、父の会社の先行きが怪しくなってきた。
給料もがっつり減らされたらしく、学費が出せなくなったと、真理は聞かされた。
学業以外の時間はバイトするしかなくなった。
きらびやかなカフェのバイトでもできれば、まだ華やかな大学生気分を味わえたかも知れないが、真理は時間の都合と身入りの関係から夜勤の弁当工場を選ぶことにした。
高校からの友人とは、もう会わなくなった。
あえば、みじめだから。
食いしばるように、大学の課題ととバイトをこなしていたある日、真理はついに倒れた。
弁当工場で白い服に着替えたあとだった。
更衣室を出て3進んだ瞬間に世界がぐらりと揺れた。
(あ、わたし、死ぬ)
淡々とそう思った。
「大丈夫か!?」
暖かい腕の温もりを感じたのはその瞬間だった。
視界の歪みがおさまり、ピントがあった瞬間に見えた「彼」の顔を、真理は今でも思い出せる。
それは、真里が生きてきた中で初めて見る真摯な男の顔だった。
「たびらせんぱい……」
と、呟いた自分の声で目を覚ました。
うどんを食べながら、すこし眠っていたようだ。
奇跡的にうどんは溢れていなかったが、どんぶりの中身はすっかり冷えていた。
ハロゲンライトは暖かそうな赤い光を放っていたが、やはりこれだけでは無理がある。
布団を出してして、くるまって過ごすことにした。
「あ~、あったかい」
布団の暖かさに包まれながら、さっきまで見ていた夢を思い出す。
「田平先輩……」
真理はもう一度、その名前を呟いた。
「就職先、決まりました」
そう田平に告げたとき、彼は何も言わずに真理のことを抱きしめてくれた。
何分だったか、何十分だったか。真理にはその時間がとても長く感じられた。
「照電っていう会社です。大学中退だから高卒扱いなんですけど、正社員で入れてくれるそうです。学科の知識を加味してくたみたいで」
「よかったじゃないか」とは、田平は言わなかった。ただ黙って真理を抱きしめるだけだった。
安易な言葉を発さないことが嬉しくもあり、歯痒くもあった。
何か言ってくれることも少しだけ期待していた。だけど、学費が払えず就職する人間に、何が言えるというのだろう。
父親の会社は破産していた。
世渡り不器用な父は転職することもままならず、未だに働き口が見つからない。
学費の支払いが見込めず、家計を支えるためにも、真里は就職するしかなかった。
『何か温かいものでも食べよう』
彼は言った。うん、と真理はうなずいた。
そういえば、この時もうどんを食べたのだった。
田平は3つ歳上の大学4年生。彼もまた苦学生で自身の学費を自分で稼いでいた。
弁当工場で出会ったのをきっかけに、真理は田平とよく話すようになった。
彼以上に、真理の境遇を理解してくれる人はいなかったのだ。
自然と、一緒に食事に行くようになった。
食事をしながらいろいろな話をした。
そして、ある日の帰り道にどちらからということもなく、2人はキスを交わした。
2人の気持ちは通い合っていたと真理は信じている。それでも就職を控えた真理は聞かずにはいられなかった。
「私が就職しても、また会ってくれますか?」
うどん屋から出て、駅に向かう途中で、真理は田平にたずねた。
『当たり前だろう?』
彼が答えたので、今度は真理のほうから抱きついた。
(けれど)
今になって思う。
(私たちは決定的な言葉を1度も交わさなかった)
なぜ、ちゃんと言葉にしておけなかったのか、今となっては悔やまれる。
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