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暗い部屋で
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「ありがとうございました~」
「気をつけてね」
駅のロータリーで奈美を降ろす。
軽く手を振ると、奈美はさっさと身をひるがえして駅の改札へ小走りで駆けて行った。
「さて、と」
気をとりなおして、本来の任務に戻る。
電飾の眩しい街の中、真里は倉庫に向かって車を走らせた。
現場は埠頭近くの倉庫。
ライブなどのイベントにも貸し出しているため、照明機材がたびたび貸し出されるのだ。
渋滞にはまりながらもなんとか到着した。
「照電です。機材の受け取りに参りました」
倉庫番をしているらしい金髪の若い男が
「は?」
みたいな顔をして真理のほうを見た。
「……………………こっちっす」
男は挨拶もせずに案内を始めた。
真理のほうを怪訝そうにジロジロと眺めながら。
(とっとと回収して帰ろう)
と、真里は思う。
案内された場所には、大きなハロゲンライトが台車に乗せて用意してあった。赤色の温かみのある光を発するライトだ。
これを車に積めば今日の仕事は終了だ。明日そのまま会社に持っていけばいい。
「ありがとうございます。またお願いします」
それだけ言うと、真里はライトを積んでそそくさと車を発進させた。
男の嫌な視線がまとわりついている気がして、不快感が消えない。
「あ、会社に直帰の連絡してないや」
湾岸道路から脇道に逸れると丘に登る坂道に出る。
真理のアパートは丘の途中の坂にあった。
「ただいま」
荷物は全て車の中に置いたまま部屋に入る。一人暮らしなので返事はない。
帰ってきたばかりのワンルームは冷えきっており、寒さが身にしみた。
まずは電気ストーブだ。
スイッチをいれて、ボッと音がしたのを確認すると、真里はそのままその場に寝転がった。
「つかれたなぁ」
ともすれば、わびしくなりそうな思いを「つかれた」という気持ちに押し込めた。
いつまでも寝転がっているわけにもいかない。
物を食べるのも面倒だが、食べなければ体も心も弱る一方だ。
とはいえ、気合いを入れて料理をする気も起こらない。
冷蔵庫を開けると食材は何もなかった。
帰りに買い足しておけばよかった。
今から外に買い出しに出かけるなんて億劫だ。
冷凍庫を開けると冷凍うどんの袋が霜をかぶっていた。
これでいい。
コンロでお湯を沸かすと手早くうどんを湯がいてどんぶりにうつす。
「あつッ!」
少し汁が跳ねて手にかかってしまった。
やけどするほどでもないし、今は汁の温もりが心地いい。
熱(ねつ)。
思えば、それが分岐点だったのかもしれない。
うどんの麺を一本ずつすすりながら、真里は昔のことを思い出していた。
母からドライヤーを借りて初めて使ったときに、びっくりしてしまった。
熱い風が出るということが理解できなかったからだ。
あまりに怖くて、しばらくドライヤーに触るのを嫌がってしまったくらいだ。
抵抗や熱電対と呼ばれるものを知るのはそれから5年くらいたったときになり、
『あれがドライヤーの中にはいっているのか』
と思い、胸の中でなにかがストンと落ちたような気になった。
熱に対する、その「ストン」という感覚が、真理を電気工学に向かわせたのだろう。
電気の性質は多様だ。
抵抗がなければショートする。
極限まで抵抗を高めれば空中放電する。
熱から電気の性質に入り込んでいった自分は珍しい人種かもしれない。
電気といえばやはり照明だ。
夜を明るく照らして活動を可能にした人類の叡智。
フィラメントに通電させれば、スパークを起こし、まばゆい光を起こすことができる。
しかし、フィラメントが弱り負荷が高まると……。
フッ
と、突然部屋が真っ暗になった。
本当にフィラメントが飛んだのかと思ったが、電気ストーブのランプも消えているところを見ると停電のようだ。
「こんなとき、ひゃあとか叫ぶと女らしいのかな」
動じることなく状況を把握する自分に可愛げのなさを感じていると、再び明かりが灯った。一時的な停電だったようだ。落雷でもあったのだろうか。
気を取り直して、切れたままの電気ストーブを付けようとするが、どうしてもランプが点灯しない。
「サージでやられたかなぁ……」
いやいやいや。サージでもショートでも理由なんかどうでもいい。このままでは凍え死んでしまう。
代わりに暖房になるものはないか探すが、真理はカイロすら常備していなかった。
「なんでもいいから熱のでるもの……」
ふと、ドライヤーのことを思い出す。たしかに洗面所に置いてあるが……。
「ちょっとあんまりだよね」
ドライヤーではあまりにも熱の当たる範囲が極地的すぎる。
部分的にやけどを負うだけな気がする。
同じように熱を発するものがあればいいのだが……。
「あ」
真理は車に積んだままのハロゲンライトを思い出した。
ハロゲンライトの光源であるハロゲン球はヒーターとしても使われるものだ。
「あれならあったかい」
真理はいそいそと車に向かった。
「気をつけてね」
駅のロータリーで奈美を降ろす。
軽く手を振ると、奈美はさっさと身をひるがえして駅の改札へ小走りで駆けて行った。
「さて、と」
気をとりなおして、本来の任務に戻る。
電飾の眩しい街の中、真里は倉庫に向かって車を走らせた。
現場は埠頭近くの倉庫。
ライブなどのイベントにも貸し出しているため、照明機材がたびたび貸し出されるのだ。
渋滞にはまりながらもなんとか到着した。
「照電です。機材の受け取りに参りました」
倉庫番をしているらしい金髪の若い男が
「は?」
みたいな顔をして真理のほうを見た。
「……………………こっちっす」
男は挨拶もせずに案内を始めた。
真理のほうを怪訝そうにジロジロと眺めながら。
(とっとと回収して帰ろう)
と、真里は思う。
案内された場所には、大きなハロゲンライトが台車に乗せて用意してあった。赤色の温かみのある光を発するライトだ。
これを車に積めば今日の仕事は終了だ。明日そのまま会社に持っていけばいい。
「ありがとうございます。またお願いします」
それだけ言うと、真里はライトを積んでそそくさと車を発進させた。
男の嫌な視線がまとわりついている気がして、不快感が消えない。
「あ、会社に直帰の連絡してないや」
湾岸道路から脇道に逸れると丘に登る坂道に出る。
真理のアパートは丘の途中の坂にあった。
「ただいま」
荷物は全て車の中に置いたまま部屋に入る。一人暮らしなので返事はない。
帰ってきたばかりのワンルームは冷えきっており、寒さが身にしみた。
まずは電気ストーブだ。
スイッチをいれて、ボッと音がしたのを確認すると、真里はそのままその場に寝転がった。
「つかれたなぁ」
ともすれば、わびしくなりそうな思いを「つかれた」という気持ちに押し込めた。
いつまでも寝転がっているわけにもいかない。
物を食べるのも面倒だが、食べなければ体も心も弱る一方だ。
とはいえ、気合いを入れて料理をする気も起こらない。
冷蔵庫を開けると食材は何もなかった。
帰りに買い足しておけばよかった。
今から外に買い出しに出かけるなんて億劫だ。
冷凍庫を開けると冷凍うどんの袋が霜をかぶっていた。
これでいい。
コンロでお湯を沸かすと手早くうどんを湯がいてどんぶりにうつす。
「あつッ!」
少し汁が跳ねて手にかかってしまった。
やけどするほどでもないし、今は汁の温もりが心地いい。
熱(ねつ)。
思えば、それが分岐点だったのかもしれない。
うどんの麺を一本ずつすすりながら、真里は昔のことを思い出していた。
母からドライヤーを借りて初めて使ったときに、びっくりしてしまった。
熱い風が出るということが理解できなかったからだ。
あまりに怖くて、しばらくドライヤーに触るのを嫌がってしまったくらいだ。
抵抗や熱電対と呼ばれるものを知るのはそれから5年くらいたったときになり、
『あれがドライヤーの中にはいっているのか』
と思い、胸の中でなにかがストンと落ちたような気になった。
熱に対する、その「ストン」という感覚が、真理を電気工学に向かわせたのだろう。
電気の性質は多様だ。
抵抗がなければショートする。
極限まで抵抗を高めれば空中放電する。
熱から電気の性質に入り込んでいった自分は珍しい人種かもしれない。
電気といえばやはり照明だ。
夜を明るく照らして活動を可能にした人類の叡智。
フィラメントに通電させれば、スパークを起こし、まばゆい光を起こすことができる。
しかし、フィラメントが弱り負荷が高まると……。
フッ
と、突然部屋が真っ暗になった。
本当にフィラメントが飛んだのかと思ったが、電気ストーブのランプも消えているところを見ると停電のようだ。
「こんなとき、ひゃあとか叫ぶと女らしいのかな」
動じることなく状況を把握する自分に可愛げのなさを感じていると、再び明かりが灯った。一時的な停電だったようだ。落雷でもあったのだろうか。
気を取り直して、切れたままの電気ストーブを付けようとするが、どうしてもランプが点灯しない。
「サージでやられたかなぁ……」
いやいやいや。サージでもショートでも理由なんかどうでもいい。このままでは凍え死んでしまう。
代わりに暖房になるものはないか探すが、真理はカイロすら常備していなかった。
「なんでもいいから熱のでるもの……」
ふと、ドライヤーのことを思い出す。たしかに洗面所に置いてあるが……。
「ちょっとあんまりだよね」
ドライヤーではあまりにも熱の当たる範囲が極地的すぎる。
部分的にやけどを負うだけな気がする。
同じように熱を発するものがあればいいのだが……。
「あ」
真理は車に積んだままのハロゲンライトを思い出した。
ハロゲンライトの光源であるハロゲン球はヒーターとしても使われるものだ。
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