死せる聖堂とガーゴイル

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デスマスク(8)

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 次郎が死のうとしている。
 それを聞いても、理杏は自分でも驚くほど平静だった。すでに理杏の中では覚悟が出来上がっていたのだった。
 とはいえ、病室に入ると、室内の雰囲気に圧倒された。
 死の気配を、濃厚に感じた。
「次郎、わかるかい、僕だよ」
 病室に駆けつけた理杏は、次郎に語りかける。周りに次郎の家族もいるのだが、そんなことはお構いなく、次郎の寝ているベッドにすがりついた。
「大声出さなくても、聞こえてるよ」
 弱々しい声で次郎は答えた。そして
「ごめんな……」
 と、理杏に謝った。
「なんで謝るんだよ。謝るのはこっちのほうじゃないか。ごめんよ、次郎、僕は君に何もできない」
 次郎が何に対して謝ったのかわからない。そして、それを説明する気力はなさそうだった。
「いや、俺は……幸せだよ。もう病気で苦しまなくてもすむんだよ」
 次郎は微笑んだ。理杏はいつの間にか涙を流していた。
「俺、もう死ぬと思うけど、お前が、側にいてくれたことが嬉しいんだ。お前がいてくれて、本当によかったよ」
 次郎の声は更にか細くなっていく。まぶたは今にも閉じてしまいそうだった。そのまぶたは一度閉じれば、二度と開くことはないだろう。
「俺の顔を、描いてくれよ。そしたら、いつまでも俺と一緒にいられるだろ」
 いつのまにか、理杏の目からは涙が流れていた。理杏は泣きながらも首を縦に振ると、鞄からいつものスケッチブックを取り出した。
 次郎の命が尽きる前に。その前に描き上げなければ。その一心で鉛筆を動かす。
 早く。だけれど丁寧に。次郎の命に尊敬の念を込めて。
 その間、理杏は絵を描くことだけに集中していた。悲しいという気持ちも、次郎が死ぬという事実も忘れて、絵を描くためだけの存在と化していた。
「できたよ、次郎」
 描き終わった顔を、次郎に見せようとしたが、彼のまぶたはすでに閉じていた。
 間に合わなかったのか。理杏が絶望しかけたとき、
「……ありがとう、理杏」
 次郎が口だけ動かして呟いた。そしてそれから彼が口を開くことはなかった。
 周囲からすすり泣く声が響いてきたが、不思議と理杏の涙は止まっていた。
「次郎、君は幸せだったのかい?」
 自分が描いた絵のを覗き込みながら、次郎に語りかける。絵の中の次郎からはなんの返事もない。だが、それは予想できていた。次郎の絵に語りかけたところで、次郎の魂はそこにはないのだ。次郎は無になったのだ。
 だが、絵の中の次郎は、幸せそうな顔で理杏に微笑みかけている?
「なに笑ってるんだよ……」
 理杏も次郎の笑顔を見ながら、笑った。ひとしずくだけ、目から涙が溢れた。
 
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