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とろんと州イズ、カナダ
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アイス買いに行ってくるねー、と言って陽気に揺れながら出て行った二人を見送って、リカコはエアコンのきいたワンルームの室内へ戻った。
腰に手を当ててぐるりとあたりを見まわす。
部屋の中は酒盛りのあとがそのままに、テーブルの上にはわずかに残ったおつまみやお菓子、入っているのだかいないのだか分からないビールやチューハイの缶がずらりと並び、床の上には高低さまざまな空き缶タワーが建築中。
中には倒壊しているものもあった。
リカコはキッチンからゴミ袋を拝借すると、床の上の缶を黙々と袋の中へと放りはじめた。
一つ二つ缶を放るごとに、そろそろタクミが戻ってくるのではと、手をとめて廊下の気配をうかがってみる。
こないと分かると、大きく息をついてみる。
はたまたテーブルの上の飲みさしの缶を一気にあおってみる。
とにかく、何かしていないと落ち着かなかった。
空き缶タワーの解体がいくらか進んだところで、タクミがトイレから戻ってきた。
リカコは缶を捨てる手をとめた。
「せんぱい、おかえりなさ~い」
「ただいまー。おしっこいっぱいでたわー」
「長かったですもんね~」
「でた分また飲めるぞ~」
っていうかリカコ何してんの、とタクミが胡坐をかきながら聞いてくるので、リカコは空き缶の詰まった袋を掲げて、ボランティアですえっへん、と胸を張った。
「ええ、いいよ明日オレがやっとくから。そんなことより飲もうぜ~!」
「せんぱ~い、そんなに飲んで大丈夫なんですか~?」
「大丈ー夫だいじょうぶ。自分ちだと酔いつぶれて路上で倒れる心配しなくていいからサイコー!」
「それはそうですけど~」
リカコはタクミに近づくと、肩に手をおいて顔をのぞきこんだ。
顔を傾けた拍子に、耳にかけていた黒髪がさらりと外れて頬にかかる。
「もうだいぶ酔ってますよね? 目がとろんとしてますよ」
「と」
「と?」
「とろんと州イズ、カナダ~!」
タクミはテーブルの上にのっていた黒ラベルをつかんでひと息に飲んだ。
「ぬるい! 暑い! エアコンの温度下げたくない?」
「あたしはいまのでとっても涼しくなったので大丈夫かな~」
リカコは買っておいたペットボトルの緑茶を空いたグラスに注いで、タクミに手渡した。
「お茶飲んだらほっとしますよ」
「ありがとう、心配してくれるなんて、リカコは優しいなあ」
「……やっぱりせんぱい、そーとー酔ってらっしゃる」
タクミは、人を評価する言葉をかんたんに口にする人間ではない。
本人はしょっちゅうサークル仲間からサボリ癖があってだらしがないとか、口調がバカっぽいとか、あいつはイイやつどまりだとか散々言われているが、タクミが他人に対して優しいとか可愛いとか、おっちょこちょいだとか言うところを、リカコは見たことがなかった。
シラフの時には、という条件付きだけれども。
「リカコちゃんはお酒もういいの? 飲み足りた~?」
「ええ~はい~! あたしは二人がコンビニから戻ってきたら帰ろうかなって思ってます」
「そかー。じゃ送れるくらいにはオレも酔い醒まさないとな!」
「何言ってんですかせんぱ~い! 送るも何も、あたしの家は上の階じゃないですかぁ~」
必要ないですってー! と言いながら、リカコはタクミの肩をぱしぱし叩いた。
ここは学生マンションだ。
だから多少のどんちゃん騒ぎはお互い様ということで大目に見てもらえる。
そうでなかったら、今頃横からも上からも下からも苦情が入り、リカコたちはマンションから叩き出されているだろう。
タクミは天井を見上げ目をすがめた。
そうすればリカコの部屋が透けて見えるとでもいうように。
ちなみに、彼女の部屋はタクミの真上にあるわけではない。
「あれ~? そうだったっけ? てかそんなに近いなら帰らなくていいじゃん、ここ住んじゃえよ」
「いーえ、だめですよ~」
「えーなんでーオレリカコと一緒に住みたい~」
「……もう、この酔っ払いめ~」
リカコは頬をふくらませて、怒ったような表情でタクミの眉間を人差し指でつついた。
つつかれたタクミは何が嬉しいのか、破顔しながらテーブルに両肘を乗せる。
「いやでもまじ。リカコ可愛いし気が利くし。実のところ、超好みです」
「……」
リカコもテーブルの上に肘をついた。
続きをうながすように、やんわりと微笑を浮かべる。
「ほらリカコって世話焼きじゃん。友だちや後輩のみならず、見知らぬ学生でも困ってるとみるや平気で話しかけに行くし。その行動力はソンケーに値します。授業サボってると絶対ラインくれるのも嬉しい。毎回サボりたくなる」
「単位落としちゃいますよ」
「黄緑色が好きだからコンソメスープのキャベツが好物なところとか意味分からんくて好きだし、たまに持ってくるおにぎりかじってるとことか可愛いし、あ、梅干し食べるときすげー顔しかめるの好き。初めて会った時は髪の毛長くて美人きたって思ったけど、ショートになった今もキュートだし、くしゃみがおやじっぽいし、不機嫌な時にがしがし頭かくのも分かりやすくていいと思う」
「な、なんかもうそれ、好みってより、まんま好きなポイントじゃないですか~」
リカコは頬杖をついて目を細めた。
手のひらに支えられて顎はやや上向き、ゆるゆると半開きに笑う口から白い八重歯がのぞく。
更にその奥に、熟れた果実のように赤い舌がちらりと見えた。
潤んだ瞳は満月に照らされた湖面のようにキラキラと輝いている。
タクミは相好を崩してその湖面に飛び込んだ。
「うん。オレリカコのこと好きだよ」
「あたしも、せんぱいのこと好きですよ」
「ほんと? 両想い? やった! ちゅーしよちゅー」
タクミが目をつぶって唇を突き出す。
リカコは笑ったままその顔を眺めていた。
瞳の湖面は凪いだまま、タクミのタコ顔を映している。
腰に手を当ててぐるりとあたりを見まわす。
部屋の中は酒盛りのあとがそのままに、テーブルの上にはわずかに残ったおつまみやお菓子、入っているのだかいないのだか分からないビールやチューハイの缶がずらりと並び、床の上には高低さまざまな空き缶タワーが建築中。
中には倒壊しているものもあった。
リカコはキッチンからゴミ袋を拝借すると、床の上の缶を黙々と袋の中へと放りはじめた。
一つ二つ缶を放るごとに、そろそろタクミが戻ってくるのではと、手をとめて廊下の気配をうかがってみる。
こないと分かると、大きく息をついてみる。
はたまたテーブルの上の飲みさしの缶を一気にあおってみる。
とにかく、何かしていないと落ち着かなかった。
空き缶タワーの解体がいくらか進んだところで、タクミがトイレから戻ってきた。
リカコは缶を捨てる手をとめた。
「せんぱい、おかえりなさ~い」
「ただいまー。おしっこいっぱいでたわー」
「長かったですもんね~」
「でた分また飲めるぞ~」
っていうかリカコ何してんの、とタクミが胡坐をかきながら聞いてくるので、リカコは空き缶の詰まった袋を掲げて、ボランティアですえっへん、と胸を張った。
「ええ、いいよ明日オレがやっとくから。そんなことより飲もうぜ~!」
「せんぱ~い、そんなに飲んで大丈夫なんですか~?」
「大丈ー夫だいじょうぶ。自分ちだと酔いつぶれて路上で倒れる心配しなくていいからサイコー!」
「それはそうですけど~」
リカコはタクミに近づくと、肩に手をおいて顔をのぞきこんだ。
顔を傾けた拍子に、耳にかけていた黒髪がさらりと外れて頬にかかる。
「もうだいぶ酔ってますよね? 目がとろんとしてますよ」
「と」
「と?」
「とろんと州イズ、カナダ~!」
タクミはテーブルの上にのっていた黒ラベルをつかんでひと息に飲んだ。
「ぬるい! 暑い! エアコンの温度下げたくない?」
「あたしはいまのでとっても涼しくなったので大丈夫かな~」
リカコは買っておいたペットボトルの緑茶を空いたグラスに注いで、タクミに手渡した。
「お茶飲んだらほっとしますよ」
「ありがとう、心配してくれるなんて、リカコは優しいなあ」
「……やっぱりせんぱい、そーとー酔ってらっしゃる」
タクミは、人を評価する言葉をかんたんに口にする人間ではない。
本人はしょっちゅうサークル仲間からサボリ癖があってだらしがないとか、口調がバカっぽいとか、あいつはイイやつどまりだとか散々言われているが、タクミが他人に対して優しいとか可愛いとか、おっちょこちょいだとか言うところを、リカコは見たことがなかった。
シラフの時には、という条件付きだけれども。
「リカコちゃんはお酒もういいの? 飲み足りた~?」
「ええ~はい~! あたしは二人がコンビニから戻ってきたら帰ろうかなって思ってます」
「そかー。じゃ送れるくらいにはオレも酔い醒まさないとな!」
「何言ってんですかせんぱ~い! 送るも何も、あたしの家は上の階じゃないですかぁ~」
必要ないですってー! と言いながら、リカコはタクミの肩をぱしぱし叩いた。
ここは学生マンションだ。
だから多少のどんちゃん騒ぎはお互い様ということで大目に見てもらえる。
そうでなかったら、今頃横からも上からも下からも苦情が入り、リカコたちはマンションから叩き出されているだろう。
タクミは天井を見上げ目をすがめた。
そうすればリカコの部屋が透けて見えるとでもいうように。
ちなみに、彼女の部屋はタクミの真上にあるわけではない。
「あれ~? そうだったっけ? てかそんなに近いなら帰らなくていいじゃん、ここ住んじゃえよ」
「いーえ、だめですよ~」
「えーなんでーオレリカコと一緒に住みたい~」
「……もう、この酔っ払いめ~」
リカコは頬をふくらませて、怒ったような表情でタクミの眉間を人差し指でつついた。
つつかれたタクミは何が嬉しいのか、破顔しながらテーブルに両肘を乗せる。
「いやでもまじ。リカコ可愛いし気が利くし。実のところ、超好みです」
「……」
リカコもテーブルの上に肘をついた。
続きをうながすように、やんわりと微笑を浮かべる。
「ほらリカコって世話焼きじゃん。友だちや後輩のみならず、見知らぬ学生でも困ってるとみるや平気で話しかけに行くし。その行動力はソンケーに値します。授業サボってると絶対ラインくれるのも嬉しい。毎回サボりたくなる」
「単位落としちゃいますよ」
「黄緑色が好きだからコンソメスープのキャベツが好物なところとか意味分からんくて好きだし、たまに持ってくるおにぎりかじってるとことか可愛いし、あ、梅干し食べるときすげー顔しかめるの好き。初めて会った時は髪の毛長くて美人きたって思ったけど、ショートになった今もキュートだし、くしゃみがおやじっぽいし、不機嫌な時にがしがし頭かくのも分かりやすくていいと思う」
「な、なんかもうそれ、好みってより、まんま好きなポイントじゃないですか~」
リカコは頬杖をついて目を細めた。
手のひらに支えられて顎はやや上向き、ゆるゆると半開きに笑う口から白い八重歯がのぞく。
更にその奥に、熟れた果実のように赤い舌がちらりと見えた。
潤んだ瞳は満月に照らされた湖面のようにキラキラと輝いている。
タクミは相好を崩してその湖面に飛び込んだ。
「うん。オレリカコのこと好きだよ」
「あたしも、せんぱいのこと好きですよ」
「ほんと? 両想い? やった! ちゅーしよちゅー」
タクミが目をつぶって唇を突き出す。
リカコは笑ったままその顔を眺めていた。
瞳の湖面は凪いだまま、タクミのタコ顔を映している。
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