一方通行の恋

天海みつき

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 季節は巡って、春。出会いと別れの季節。別れによって始まった時間は、出会いを経て、今に至る。

 奈緒は、古典準備室から外を眺め、そっと目を細めた。外では満開の桜が咲き誇っていた――と言いたいところだが、少しばかり早かったらしい。梅の咲き終わりと、桜の咲き始めが混然となっている。

 もう少しで、花開くかな。出会った日の様に、花びら舞う満開の桜に。奈緒は静かに微笑んだ。


 あの日、奈緒は言いたいことを言うだけ言って言い逃げしてきた。これでだめなら、一生その冷たい檻で腐ってろ、と言外に突き放しながら。でもそれは信頼しているからこそ、乗り越えてくるだろと信じているからだと冴矢が気付いてくれることを祈って。

 「お前は、ただ、心が傷ついてボロボロになってんだ。今にも途切れそうな呼吸を必死にしている状態だけど、それに気づいてないっていう重症。それはきっと、一人で抱え込むには痛すぎる。でも、傍に好き好き言いながらいつも楽しそうに笑っているヤツが一人いるだけで痛みが薄れるんだ。ウザいウザいなんて思うけど、でも本当は、本人も気付かないうちにほっとしてる」

 だからさ。そう言って奈緒は、冴矢に手を伸ばした。

 「俺の好きっていうのを嫌がらないで、怖がらないで、ウザがらないで、ちょっとでいいから触ってみて。そうすりゃきっと何かが変わる。何が変わるか、そもそも変わらないかも分からないけど、もしかしたら何かが劇的に変わるかもしれない。実体験だから、信用度高いぜ」

 それだけいって、奈緒は冴矢の部屋を後にした。

 あの部屋で、待ってるから。そう言って。


 それから、少し時間が空いた。古典準備室は、毎日扉が開いた。しかし、その取っ手に手をかけていたのは、ただの教え子たち。奈緒の愛しい傷ついた子供は現れなかった。

 結局、あの後冴矢がどうなったかは、奈緒は知らない。彰良に聞けば、それ以前に職員室に行けば何らかの情報は手に入ったかも知れない。でも、奈緒はそうしなかった。

 理由は一つ。信じていたから。信じたかったから。

 そして、あっという間に時が過ぎて今に至る。今日は、高校三年生にとって、最も重要な日。――卒業式だ。

 教員として出席義務のある奈緒も勿論出席していた。高校という、未来溢れる若者には狭すぎる箱庭を巣立つ、今は小さな、しかし、いずれは大きく成長するであろう数多の背中を見て目を細めていた。その内の一人、恋い焦がれた均整の取れたしなやかな後ろ姿を見てちょっと泣いたのは奈緒だけの秘密。

 卒業式の後、最後のホームルームを経て、生徒たちは巣立っていく。特に受け持つクラスのない奈緒は、さっさと古典準備室に引きあげていた。何人かは挨拶に来るかな、と頭の片隅で思いながら、たった一人を待ち続けた。

 コンコン。小さくためらいがちなノックが聞こえた。奈緒は思わず吹き出す。

 いつもは、すごく楽し気に、それこそ跳ねるようなノックをするくせに。そう思いつつ、でも、このためらいがちなノックだからこそ、相手が確信できた。

 ゆっくり振り向くと、途方に暮れたような、雨の日に擦れられた犬のような瞳をした青年が立っていた。

 「よう。どうした」

 敢えて、待っていたの言葉も、ようやく来たか、の言葉も無く。唯々、何時も投げていた言葉を冴矢に差し出す。はっとしたように目を瞬かせた冴矢は、泣き出す寸前のような、それでいて懐かしむような愛おしむ様な瞳をして笑った。

 「先生、分かんない。教えて」

 自分を大切にするっていう事を。好きって言われる事の意味を。それ以上にたくさんの事を。

 「全くしょうがない馬鹿犬め」

 そう言って差し出した奈緒の手を、冴矢はそっと宝物に触れるようにして取った。


 とある高校の、とある一年間のお話。
 一方通行の恋が、その形を変えたお話。

**********

 こんな話が読みたい、と思っていたところから妄想した結果、想像以上に荒れていました。
 天海にはこの程度のお話にならず、撃沈。
 これ以上の素敵なお話を書いてくれる方大募集。ぜひ、リメイクをお願いします。
 
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