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しおりを挟むずっと、貴方の事を見ていました。初めて貴方に会ったのは、高校一年の初め。生き生きと古文を教える姿に、古典文学を愛おしむ様な姿に、キラキラしたものを見て、気になった。
物心ついたころから、俺は冷たくて暗い場所にいた。少なくとも、俺にはそんな場所に感じる所に居た。
そこは真っ暗な場所で、何も無かった。でも、だからこそだろうか。いつも、どれ程、醜く、汚れ、汚く、闇に沈んでもなお、理性では無いと理解している、小さな光を探して惑っていた。闇の中には、光は無い。それでも、どうしてなのか分からないけど、どうしても光の残滓を探してしまう。そんな感じ。
苦しい。本当は分かっているんだ。ひかりなんてない。今見えるひかりは幻想で、そんなモノ存在していなくて。それでも、幻想が本物ではないかと錯覚して、どうしても、その光がほしくて、でも、手が届かなくて。あきらめられなかった。
ひかりとは何か。――分からない。でも、キラキラしているもの。綺麗なもの。眩しくて、憧れて、手に入れたくとも、手に入らないもの。誰もがもっていて、誰もがもっていないもの。
あなたはそれを持っている気がした。だから、ずっと目で追って。何時しか、貴方が好きになっていた。
本当は、見ているだけで満足だったのに。幸せそうな貴方のキラキラした綺麗なモノが見れれば満足だったのに。
いつしか消えた貴方の笑顔と、キラキラ。初めて見た時、すごく驚いて、どうしようもなく悲しくて。
気付いたら、声を掛けていた。貴方がずっと好きでしたって。
**********
「これから、どうしよっか」
じっくりと展示を堪能して、二人は外に出ていた。しかし、そんな風に話しながら一歩外に出た瞬間に、後悔した。
「暑い」
「ちょ、何処か入ろう。とける……」
むわっとした湿り気を多分に含んだ熱気が襲ってきて、二人は慌てて歩き出した。本音ではさっきの場所にとんぼ返りしたいところだが、いつまでもへばりつく訳にもいかない。あたりを見回して、涼めそうな場所を探す。
「カフェか、ショッピングモールか、適当なファストフード」
「ファミレスって手も……」
何処に入ったものか、と相談していたその時だった。突如足を止めた奈緒。数歩先に出た冴矢は、奈緒が立ち止まったのに気付き、怪訝そうな顔で振り返って息をのんだ。
暑い夏の日に似つかわしくない、血の気の引いた顔。白を通り越して青い顔で、虚ろに一点を見つめていた。
ぱっとその視線の先には、何人かの人や、色々な物が溢れていて。何が奈緒の琴線に触れたのかと視線を走らせた冴矢は、ある一点で視線を固定した。
一見何処にでもいそうな、男二人組。しかし、その距離は心なしか近く、長身の男は何処か甘い表情で傍らの男を見下ろしていた。一瞬見えた横顔に、冴矢は唇を噛みしめて奈緒の細い腕を掴んだ。
奈緒の腕は力を籠めれば簡単に折れそうなくらいに細く、ゆっくりと冴矢に向けられたその双眸には、何も映っていなかった。手を離せば、いや、目を一瞬でも離せば消えてしまいそうな姿に、冴矢の方が泣きそうな顔をしてそっと腕を引いた。
「こっち」
考える暇もなく、目の前にあった喫茶店に飛び込んだ。
「アイスコーヒー、お二つです。どうぞ」
「ありがとうございます」
飛び込んだ先は、偶然にも明るい雰囲気でありながら静かで、とても好印象の持てる場所だった。優雅な物腰の店員がコーヒーを運んできて、そっとテーブルに置いてくれる。礼を述べた冴矢は、ひとつを奈緒の元にそっと押しやった。奈緒はずっと俯いたまま動かない。
「先生、これ飲んで一息つこ」
そう促すも動かない奈緒をみて、そっと目を伏せた冴矢。小さく歪んだその唇から、小さく声が漏れる。
「そんなにショックだった?元カレをみて」
その瞬間、ばねが弾けとんだかの様に顔を上げた奈緒。信じられないものを見る目で冴矢を見つめる。切なげな瞳を伏せた冴矢が、口元に小さく笑みを乗せる。
「さっきの人でしょ。知ってたよ、先生が男と付き合ってたの」
「な、どうし……」
動揺のあまり声が出ない奈緒。ずずっと音を立ててコーヒーを啜った冴矢。カラカラとストローで氷の入ったコーヒーをかき混ぜる。
「去年の冬、先生があの男の人と歩いてるの見たことあって。その時は凄く幸せそうな顔してたのに、今年にはいってからは、いきなり表情がなくなったんだもん。びっくりした」
その言葉に、奈緒は去年の冬を思い出す。幸せな記憶と、思いだしたくない記憶を一緒くたに。ぎゅっと小さな唇を噛みしめる奈緒を痛まし気に見つめた冴矢。ぽつぽつと続けた。
「で、冬休みが明けて暫く経った頃。先生の表情がどうしても気になってずっと見てた。そしたら、ある日、泣いてる先生を見た。なんで、どうして、って叫んでる先生。学校なのに、そんな風に泣き叫んでる先生に驚いて、それだけの事があったんだな、って思った。で、もしかしたらあの人と付き合ってて、そして振られたんじゃないかって思った。俺が好きって言ったときも、全然気持ち悪そうにしてなかったし」
男同士の恋愛には生理的嫌悪が無かったんでしょ。だったら、男と付き合っててもおかしくないかなって。
あまりにも的確な推測に、驚きを通り越して怒りが込み上げてくる。
「……ああ、そうだよ、あの時振られた。まさか見られてたとはな」
ストーカーかよ。そう言って奈緒は軽蔑の眼差しを冴矢に向けた。そんな冷たい瞳にも冴矢は動じなかった。ただ、そっと悲し気な微苦笑を浮かべただけ。
「ふふ。ストーカーか。そう言われてもしょうがないかな。学校以外で先生を見たのは、彼氏と一緒にいたあの時だけで。それ以外は学校で見かけた時に目で追ってただけだけど」
理不尽な怒りを向けられても笑顔のまま。そんな彼が無性に腹立たしくて、イライラして、傷付けたいと思った。後になって八つ当たりだ、と思ったけれど、この時はギリギリの精神状態で自分を押さえる事が出来なかった。
「男好きだから、俺にしたってか。好奇心を満たす対象としてはちょうどいいよな。身近で、男狂いで、大した人間じゃないからすぐに捨てられて」
「止めろ」
低い声で、遮られる。どんな言葉を言われても笑顔を消さなかった男が、一転して鋭く睨みつけてくる。その視線の強さに、息が詰まって、でも、混乱した精神状態では込み上げてくるどす黒いモヤモヤしたモノを堪えきれなくて。
「だって、その通りだろ。アイツとは何年も付き合ってたけど、簡単に捨てられた。男同士ってのはそんなモンだけどさ。散々ヤル事やって、尽くして、でも結局あっさり捨てられて。俺にはそれだけの魅力しかなかったのかも知れないけど、でも」
「やめろって言ってんだろ」
ガタン、とテーブルが揺れる。骨ばった大きな拳が震えている。初めて見る冴矢の激昂。奈緒は、ぎゅっと唇を噛みしめる。
「言ったでしょ。俺は、先生がすきだって。そんな風に言われると、腹立つ」
「なんだよソレ。一時の気の迷いと好奇心の癖に生意気だっつってんの」
「気の迷いでも、好奇心でもない。俺は先生が好き。先生だから、好きになった。それだけ」
偶然好きになったのが、同性で、年上で、通う学校の教師だっただけ。そう言って、強い視線で射抜かれると、奈緒どうしていいか分からなくなって、でも、一つだけはっきりしたことがあって。歪な嗤いを零した。
「俺は好きなんて、信じない。これ以上、傷つきたくないし、恋愛なんてもうまっぴらだ」
「でも、俺が先生を好きなのは変わらない事実だ」
その一点張り。冴矢の瞳には僅かな曇りもなくて、だからこそだろうか。その純粋な心を無性に傷つけたくなった。頭の片隅で、僅かに残った理性が何かを叫んでいたが、その声は今の奈緒に届かず。唯々、重苦しい痛みともやに飲み込まれていた。
「だったら、付き合ってやるよ」
脈絡ない台詞に冴矢の視線が鋭くなる。奈緒は冷たい笑みを浮かべて、槍をはなつ。
「そんなに俺が好きって言うんなら付き合ってやる。俺はお前を好きにならないし、好きなんて絶対に言わない。お前の想いも拒絶する一方通行の恋だ。それでもいいなら付き合ってやる。そして、それがどれほど不毛で、下らない感情か教えてやるよ」
雲一つなかった青空に突如として雨雲がかかり、夕立が降り始める。雷まで連れてきた雨雲は、張り切って重たく鋭い雨を降らし始めた。
これが夏真っ盛りの、嫌に冷え込んだ日の話。
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